その21
今日はいいことがあったので、うPしたいと思います。
「さっきの、どういう意味だったのでしょうか?」
「知らん」
俺たちは占い研究部の連中と別れると、再び部室を目指した。
「そういえば麻生たちに連絡は入れたか?」
「はい、二人ともすぐに部室に向かうそうです」
そもそもあいつらはどこに行っているのだろうか。正直行く場所なんて限られるだろうが。
それにしても、ずいぶん頑張るね。確かに現時点では情報収集が一番大切なことではあり、それに一躍買っているのは認めるが、どうも根つめすぎな気がするね。頑張るのはいいが、前ばかり見て突っ走っていると足元すくわれるぞ。たまには左右や後ろも見ないと。何より怖いのは前後不覚になってしまうことだ。その辺り解っているのだろうか。何となく解っていない気がするね。麻生は適当すぎるし、真嶋は真面目すぎる。すでに手遅れ、なんてことになっていないといいが。
ようやく旧校舎に到着した俺と岩崎は、上履きに履き替えると屋内に入った。すでに日は沈みかけていたため、
「建物の中のほうが暗いですね」
「・・・そうだな」
俺は照明をつけようと、電源を探した。そこで思い出す。
「電源ってどこだっけ?」
考えてみれば、廊下の照明など点けたことも消したこともなかった。点いているのが当たり前で、いつでも点きっぱなしだったからな。他の部活の連中はもう帰ってしまったのだろうか。外から見た限り、部屋の電気は点いていたと思うのだが。
「照明のスイッチは入り口のところにありますが…」
岩崎が口ごもる。入り口なんてとうに過ぎてしまっている。
「何で点けなかったんだよ」
「成瀬さんがどんどん先に行っちゃうからです!」
頼むぜ。子供じゃないんだから、俺が先に行こうと照明くらいつけてくれよ。
「使えないな」
「・・・今なんて言いました?」
思わず俺の口からこぼれ出てしまった独り言に、岩崎が耳ざとく反応する。聞こえてしまったか。本当に地獄耳だな。
「私のせいにしないで下さい!もう半年もここを使っているにもかかわらず電源の場所を知らない成瀬さんがいけないのでしょう!それに、使えないって何ですか!私は物じゃないんですよ!」
面倒なことになってしまった。ここは何とかなだめないと。
「解ったよ。俺が悪かった」
引き際を瞬時に察知して、潔く謝った俺だったのだが、
「いいえ、ちっとも解っていません!面倒だからといってそんな気もないのに謝らないで下さい。そもそも成瀬さんは面倒だと言っていろいろなことから逃げすぎです。その辺りもう少し真面目に考えたらいかがですか?私はずいぶん前から気になっていました」
どうやら火にガソリンを注いでしまったようだ。これでは独り言も迂闊に言えないではないか。とは言え、独り言とは自らの意志と関係ないところで出てしまうことがある。そいつをコントロールするのは至難の技である。そもそも、コントロールすることができるようになったとして、こいつは口に出してもいいものである、と確認した時点で、もはや口に出す必要などないのではないか。頭の中で済むものならばわざわざ口に出す必要はない。頭の中で考えるのではなく、無意識的に言葉に出してしまうものを独り言と呼ぶのであって、言葉を発しようとして口に出す独り言など果たして独り言と呼べるのだろうか。
「ちょっと、聞いているんですか?また下らないこと考えているんじゃないでしょうね?」
・・・・・・・・・。さすがの俺もいらっとしたね。
「別に面倒なこと全てから逃げているわけじゃない。不必要だと判断したから回避しているんだ。今のあんたの話は俺にとって不要な情報なんだよ」
「そこが成瀬さんのいけないところです。一見不要な情報かもしれませんが、あるときそれは突然必要不可欠なものになるかもしれないんです。情報は力です。ですが、いくつ持っていても荷物にならないのです。そう、それは思い出も同じですね。思い出も情報も荷物にならないのです。ならばたくさん持っているに越したことはありません。ですから、つまり・・・・・・」
この情報が一体いつ必要不可欠なものになると言うのだろうか。何で思い出の話が出てくるんだよ。あんたの話のほうが突然だ。こいつの話は必要不要の前に聞くのが面倒だ。前言撤回。
「聞いているんですか、成瀬さん」
同じことの繰り返しになりそうだな。また怒鳴ってみようか。いや、あれは効果がありすぎる。思いつきでやるのはよそう。
そんなことを考えていると、ようやくTCCの部室が見えてきた。これで岩崎の全然ありがたくない説教から脱出することができる。俺は安堵した。しかしその安堵は奴が現れたため、一瞬で霧散してしまった。奴とは、嫌な予感である。またしても俺の目の前に現れやがった。最近かなり頻出しているな。
しかし今回に限っては俺の前だけに出現したわけではなく、隣にいる岩崎の下にも現れたようだ。その証拠に、先ほどまで嬉しそうに動いていた口が半開き状態のまま固まっている。
暗闇の中、俺と岩崎の目に飛び込んできたのは、全開になった我がTCCの部室のドアだった。
「私、ドア閉めましたよね?」
ああ。ドアどころか鍵も閉めていた。間違いない。しかし、現実として目の前のドアは全開になっている。となると、これは一体どういうことになる?俺が俺自身に質問する。するとすぐさま脳内人格が正解を教えてくれた。だが、俺の身体は無意識的に拒否反応を起こしているようで、全然理解できなかった。
そんな俺に解りやすく丁寧に答えを教えてくれたのは、現実だった。
俺と岩崎がそろって間抜け面をさらして呆けていると、窓から差し込んでいるのであろう、若干の光が漏れる部室から誰かが出てくる。
「誰だ!」
俺の声に反応したそいつは、一瞬俺たちのほうに振り向くと、すぐさまきびすを返して一目散に逃走した。
「ま、待ちなさい!」
「よせ」
あとを追おうとする岩崎に、俺は制止をかける。
「もう遅い」
けたたましく旧校舎に鳴り響いていた足音はすぐに聞こえなくなった。おそらく外に出たのだろう。
「それより、被害状況の確認が先だ」
「はい・・・」
脳内人格及び現実が教えてくれた答えは、TCCの部室が部室荒らしのターゲットになった、ということだった。
「くそったれが・・・」
何が起こった?なぜうちの部室が狙われる?
俺の頭には、先ほど姫に言われた『忠告』とやらがぐるぐる回っていた。
『あなた方にこの事件を解くのは無理ですわ。これから、今以上に複雑になりますから』