その19
成瀬が何やら気になる動きをして、意味深に納得してます
「今日のこの時間はちょうど女子バレー部が体育館で練習していますね」
部室から飛び出し、靴に履き替えた俺と岩崎は体育館に向かっていた。
うちの体育館は世間一般の高校と比べてとても大きい。普通の大学に匹敵するくらいの大きさだろう。しかしいくら大きいと言っても全ての部活が一度に練習できるはずもなく、一日交代だったり、時間で区切ったりして折り合いをつけて練習をしているのだ。
「今日は他に男子バスケ部や女子バスケ部なんかも練習しています。残念ながら女子バドミントン部はやっていませんね」
いつもどおり手帳らしき物体を見ながら堪える岩崎。体育館の部活の使用パターンを、どうやら全て把握しているらしい。俺が体育館の使用状況について聞いたのはつい数分前。ということは当然調べる時間もなかったわけで、つまり以前から情報として知っていたということになるな。その手帳には何でも書いてあるのだろうか。まさかこれから起こる出来事についても書かれているんじゃないだろうな。
いろいろいぶかしみながら歩を進めていると、ようやく体育館に到着する。大きく開かれている扉から侵入すると、岩崎の情報どおり女子バレー部の練習している姿を確認することができた。
「あれがバレー部ですね」
見れば解る。いくらなんでも俺だってそれくらいの常識は持っているのだ。………たぶんだけど。
「それよりこういうのって許可なしに見学していてもいいのか?」
「たぶん成瀬さんだけなら許可が必要だと思います。けど、私が一緒にいれば大丈夫じゃないですか?」
さらっと結構すごいことを言った。
「どういうことだ?」
俺は瞬時に想像した。一人でかいソファーにふんぞり返る岩崎。そしてその目の前には学校長を始めとする教師たち、生徒会の連中に加えて各部の部長たちがひれ伏しており、その目には恐怖の色が浮かんでいる。そしてそんな彼らに向かって岩崎が一言。
「私を敵に回したくなかったら大人しくいうことを聞きなさい」
・・・・・・・・・。やはりこの女、学内ではある程度の権力を持っているのではないか。それも決して表には立つことのない、いわゆる裏の顔。そう考えると一気に寒気がしてきた。俺は何か粗相をしてないだろうか。岩崎に対する接し方を改めようと考え始めていた俺だったが、岩崎の口から出てきた言葉は、
「成瀬さん一人だとただの覗きですからね。ですが女性である私が一緒にいればきっと大丈夫でしょう」
実につまらん理由だった。面白くないな。むしろ不愉快だ。若干反省してしまった俺のこの気持ちは一体どうすればいいのだろうか。
「その考え方だと、一緒にいるのは別にあんたじゃなくてもいいな。女子であれば誰でも事足りるってわけだ」
「む」
俺の返答が気に入らなかったようで、岩崎は眉をしかめた。すると、
「解りました。私とともに来てよかったと思わせて差し上げましょう」
そう言うと、岩崎は体育館の中をずんずん歩いていってしまった。一体何をするのだろうか。若干怯えながら見ていると、何のことはない、その行動を理解することができた。それは向かった先が女子バレー部の元だったからだ。つまりは協力してくれるよう、交渉しに行ったのだろう。
岩崎は練習中であるにもかかわらず、部員を呼び出した。結構非常識なことをするな、と思って見ていると、さらに非常識なことに何やら談笑を始めた。いったい何がしたいのだ。
俺は、思惑が外れたのかと思ったのだが、やはり当たっていたと確信した。
しばらく、世間話をしているとしか思えないような穏やかな表情で会話を楽しんでいたが、岩崎が不意に振り返りこっちを見た。すると、何かを思い出したように若干慌て出し、バレー部員のほうに視線を戻すと、再び何やら話し始めた。あいつ、もしかして何のためにここに来たか忘れていたんじゃないだろうな。
用が済んだのか、岩崎は駆け足でこっちに戻ってくる。
「部活中の見学を許可してもらいました。これからはいつ来ても大丈夫ですよ。成瀬さん一人でも大丈夫です。あと、事件の捜査にも協力してくれるそうです」
本当に忘れていたかどうかは解らないが、どうやらやることはやったようだ。このことは不問にしてやる。
「じゃあ遠慮なく見学させてもらおう」
俺は体育館の二階に移動し、キャットウォークと呼ばれる細い通路からバレー部の練習を見学させてもらうことにした。
「な、成瀬さん。さすがにここじゃ目立ちすぎます。練習の邪魔にならないよう、もっと目立たないところに行きましょう。ほら、みんな見てますよ!」
「あんたが一緒にいればきっと大丈夫だよ」
岩崎の注意を適当に受け流した俺には、ある目論見があった。そいつを成功させるためには目立つことが絶対条件なのだ。
何だが落ち着かない様子の岩崎を隣に置き、しばらく練習を眺めていると、集合の号令がかかり、先ほど岩崎が交渉をしていた女子を中心に部員たちが集まった。おそらく彼女が部長なのだろう。そう考えると、岩崎が交渉しに行った理由も解る。着ているジャージを見ると彼女も俺たちと同学年だった。聞いたところによると、三原はバドミントン部の部長らしい。同学年の連中が部活動で部長を務めているという話を聞くと、つくづく時の流れの早さを感じる。俺ももうそんな年になったのか。早いな。まあ、実際まだ高校に入ってから一年ちょっとしか経過していないのだが。
どんな内容の話をしていたのか解らないが、どうやら彼女の話が終わったようだ。すると、一人の部員が躊躇いがちに手を挙げた。そして、その部員に注目が集まると、おそらく一年であろうその部員が口を開いた。途端、そこにいた部員たちが一斉に俺たちのほうを見上げ、今度は俺たちに注目が集まった。ここで俺は目論見の成功を半ば確信した。
「成瀬さん、まずいですよ」
若干俺の背中に隠れ気味の岩崎が慌てた様子で俺にささやく。こら、上着の裾を引っ張るな。
「きっと、あの人たち誰ですか?気が散って練習に集中できません、とか言っているんですよ!成瀬さん帰りましょう」
何をそんなに怯えているのか知らないが、とりあえず裾を引っ張らないでもらいたい。もし本当にそんなことを言っているようならば、公式戦のつもりでやれ、とでも言っておけばいいんだ。まああんなことがあったんだ、少々神経質になるのも解るんだが。
下界はしばらくざわついていたが、事情を知っている部長が説明を始めたようだ。俺の目論見はここからが本番だ。
俺は一人ひとりの表情を見やる。ほとんどの部員は説明が進むにつれ、安堵の表情に変化する。
「・・・・・・・・・」
そんな中、一人だけまったく逆に表情を変化させる部員がいた。
「おい」
「はい?何ですか?」
岩崎が俺の背中から顔をのぞかせる。
「あの部員の名前解るか?一番向こう側にいる、背の低い・・・」
「え?ああ、解りますけど…」
着ているジャージからおそらく一年と予想するのだが、すでに一年の名前も調査済みか。
「よし、帰るぞ」
確認すると、俺はきびすを返すと階段を降り、体育館から退散した。
「ちょ、ちょっと!成瀬さん、待って下さいよ!」
岩崎が俺に追いつく。
「全然わけが解らないのですが、彼女がどうかしたのですか?彼女が嫌がらせのターゲットだったとか?」
「詳しいことは俺にも解らない」
「・・・・・・・・・はあ?」
「ただ、何らかの形で事件に関わっているのは間違いない」
俺の直感が叫んでいる。間違いない、と。これで各部に一人ずつ、俺の第六感に引っかかる人物が現れた。
「一人で解ったような顔をしないで下さい!何がどうしたんですか?教えて下さい!」
解ったからそう耳元で叫ばないでくれ。少しは静かにしていろ。というか、俺にも頭の中を整理する時間くらいはほしいぜ。
「部室で言う。みんなそろってからな」
まだ確信するには早い。早いが仕方がない。どっちみち俺一人では情報収集すらままならないのだ。情報を集める上でこいつ、加えて麻生・真嶋の協力ははずせない。まだ中途半端ではあるが話さざるを得まい。
とりあえず麻生と真嶋に、一度部室に集まるよう連絡を入れた。