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その17

 放課後、俺は岩崎から鍵を受け取ると、部室へ直行した。岩崎はというと、かばんを片手にどこかへ行ってしまった。おそらく情報収集だろう。真嶋もいろいろ動いているだし、麻生はどうだろうか。俺はというと動くつもりはないね。というか、俺が動いて得ることができる情報はとても少ない。下手に動くよりは、新たな情報を持ってうちの部室に足を運んでくれる誰かを待つほうが有意義ってもんだ。このキーホルダーをもらったときみたいにな。


 部室に着き、開錠して中に入る。かばんを適当に置き、イスに座って一息つく。ふう。


 しかし、何となく疲れているような気がするな。疲れるほど何かをしているわけではないのだが、周りがせわしなく動いているとこっちまで忙しい気分になってくる。それが精神的に疲労を生んでいるのだろう。


 そのおかげか、重要か否かは置いておいて、事件の情報は滞りなく入ってくる。協力的な人間が多いのも関係あるだろう。キーホルダーのおかげであまり難しい事件ではなくなったので、このまま情報が集まり続ければ、おそらく一週間くらいで事件は解決できるだろう。まあ、警察に任せることができるのならば、もっと話は簡単だったのだが、学校側の許しが出ないのでは仕方がない。世の中、そんな単純ではないのだ。


 俺は適当に転がっていた雑誌を手に取りながら、漠然と考えた。この事件の犯人は一体何がしたかったのだろう。部室を荒らす、その行為に一体どんな思惑があったのだろうか。背景を鑑みるに、どうも突発的な犯行であると考えることはできない。おそらく綿密に計画され、実行されたのだろう。短時間に複数の部室が狙われたのだ。岩崎も言っていたが、複数による共同行為である可能性が高い。そういった側面から見ても、計画的犯行である可能性が高い。


 つまり、物理的なものにしろ抽象的なものにしろ、何かを得るために複数で集まり、計画して実行したということだろう。果たして、部室を荒らすことによって犯人たちは何を得たのか。今のところ紛失したものがあるという情報は入ってきていないので、おそらく物的な何かが欲しかったわけではないのだろう。そうなると残すところはやはり、


「精神的な話になるのか」


 おそらくターゲットがいたのだろう。犯人が部室荒らしという行為をすることによって、ターゲットである相手に精神的なダメージを与える、もしくは自分が精神的に優位に立つ。それが目的なのだろう。岩崎は嫌がらせであると考えているようだ。その可能性は高い。現にバドミントン部には精神的なショックにより、体調を崩したものがいるという話を聞いている。


「・・・・・・・・・」


 駄目だ。如何せん情報が曖昧すぎるな。情報量はともかく、この程度の内容でははっきり言ってどうにでも推測できてしまう。いくらでも仮定ができてしまう。これでは特定の人物に絞り込むことなんて到底出来やしない。


 俺はかばんから例のキーホルダーを取り出した。


「やはりこいつ頼みだな」


 目的も不明。目撃者も指紋も今となっては難しい。アリバイは現在進行形で調べてはいるが、正直そこまで絞り込むことはできないだろう。


 このキーホルダーがなければ犯人を捕まえるどころか、容疑者を数人に絞り込むことすら出来ない。


 こいつを持っているやつは、全国でも百人。たとえその百人が全員うちの生徒だったとしても、在校生千人を超えるうちの生徒全員が容疑者である今の状況より格段に範囲が絞れる。そして、その百人が全員うちの生徒であるはずなどないのだ。全国規模で開催されたイベントで配られた先着百名限定のレアアイテム。こいつを持っている生徒は、普通に考えたら一人か二人、多くても五、六人だろう。そこまで絞り込めれば勝利と言える。


 そこでふと思い出す。占い研のやつら、こいつの存在を知らないはず。このリーサルウェポンを使わずに事件を解決できるのだろうか。もしそんなことが出来たならば、それは本当に超能力と呼べるのかもしれない。そこまで考えて、俺は心の中で頭を振った。ありえない。超能力などあるはずがない。ならばあいつらは事件を解決できない。この認識で間違いなかった。間違いなかったのだが、またしても俺は勝手に難しく考えてしまったようだ。そう気がついたのはずいぶんあとになってからのことである。




 不意にノックされることなくドアが開く。前にも言ったが、俺はこの部室のドアにノックをするような輩に心当たりはない。つまりノックすることなく入ってくるやつには心当たりがあるというわけなのだが、入ってきたやつはその心当たりに該当しない人物だった。


「・・・・・・・・・」


 そいつはドアを開けた手をそのまま、部室の中をじろりと見渡す。そして俺と通り過ぎた視線が再び俺に向くと口を開いた。


「あんただけ?」

「ああ」


 俺はそいつの意図が解らず、簡単な返事をするにとどめた。


「そう。ちょうどいいわ、あんたに聞きたいことがあるの。お邪魔させてもらうわ」


 まるで遠慮という言葉を知らないように振舞うそいつは、後ろ手でドアを閉めると、慣れた雰囲気で部室の中に入ってきて、俺の目の前に座った。


「どういう風の吹き回しだ?あんたがここに来るなんて、さすがに予想外だぜ」


 そいつは俺のことを親の敵のように嫌っている、天野沙耶だった。俺は記憶にないのだが、こいつが俺のことを嫌っている理由はどうやら前年度に起こった出来事に由来しているようだ。とは言え、俺には全く記憶がないのだ。俺のあずかり知らないところで起こった出来事について、俺がとやかく言われるのはさすがに納得いかないぜ。


「あたしもできれば来たくなかったわ」


 天野の言葉は嘘ではないと思う。なぜならその顔は苦虫を噛み潰したようだったからだ。これが演技だったら、二度と他人なんて信じられない。


「でも、そんなことも言ってられなくてね」


 俺は若干動揺した。天野は、悲しそうに目を伏せている。天野のこんな顔を見るとは思わなかったね。何となく新鮮に思う一方、とてつもなく嫌な予感がした。あの天野が聞きたいことがある、などと言って俺を頼って来ているのだ。一体何事か、と思っているのに、こんな表情をされたら背中に冷や汗が流れることを止めることはできない。


 それからしばらく黙り込んでいたのだが、天野は意を決したように、その重く閉ざされた口を開いた。


「綾と何かあった?」

「・・・・・・は?」


 俺は聞き間違えたのかと思った。


「綾って真嶋のことか?」

「他に誰がいるのよ」

「何かあって、何が?」

「それが解らないから、こうしてここに来て聞いているんでしょ」


 完全に話がかみ合っていない。しかし、俺の言い分も当然解っているはずだ。いきなりそんな風に質問されても答えられるはずがない。


「さっぱり解らん。何でそんな質問が飛び出したのか教えてくれ」


 天野は小さく舌打ちすると、とりあえず大きくため息をついた。おそらく的が外れたことに落胆したのだろう。察するに『何か』あったのは真嶋のほうだ。そいつの原因をここに探りに来たのだろう。


「今日の昼休みに、綾に呼び出されたのよ。そこで、頼まれちゃったのよ」

「頼まれた?何を?」


 すると天野は何かを思い出したように、自嘲的に笑った。そして、


「あんたに協力してやってくれ、って」


 協力してくれ、とはおそらく事件の捜査に、ということだろう。それは以前真嶋が目論み失敗したことだった。もう天野は俺たちに協力してくれないだろう。それがそのときの結論だったのだが、真嶋はまだ終わったと考えていなかったのかもしれない。


「すごい勢いだったわ。綾とは中学からの付き合いだけど、あの娘があそこまで真剣に頼み事するのは初めてだったわ。そもそも何かを頼まれたのもあまりなかった」


 俺はとても複雑な気持ちになる。また真嶋が無茶をしている。俺は、無理をするな、と言っておいたはずだ。特に二人の関係を悪くするようなことはしないでくれと言っておいたはずだ。


「最初は当然断ったんだけど、何か様子がいつもと違ったのよ。最終的には土下座でもするんじゃないかってくらい迫力があったの」


 真嶋は一体何を考えているのだろうか。事件を何よりも早く解決したいのか、その上で天野の情報が欠かせないほど重要なものなのか。考えてみたが、やはり違うように感じた。


「それであんたに何か言われたんじゃないかって思ったの。その様子じゃ的外れだったようだけど」


 当然知らない。真嶋とは、そもそもそんなに話をしないからな。


「あいつは一体何を考えているんだ?」


 この、独り言のように何となく俺の口から出た質問は、おそらく天野も繰り返し自分に向かって問いかけていただろうと思う。


 天野は若干時間を空けて、


「あたしに解るわけないでしょ」


 あんたに解らなければ、誰が解ると言うのか。部室に妙な空気が立ち込めてきた。真嶋の行動は事件とは無関係に、何か嫌な予感をさせた。


 と、ここで二人黙っていても仕方があるまい。俺は話を戻すことにする。


「ところで、あんたは俺たちに力を貸してくれるためにここに来たってことでいいのか?」

「ああ、うん。一応ね」


 真嶋の様子はかなり気になるが、そればかり気にしていたら、せっかくの真嶋の計らいが無駄になってしまう。


 俺は、とりあえず現時点で俺たちが持っている情報について、簡潔に話をした。だいたい十分ほどだろうか。俺は岩崎のノートを見ながら言っていたのだが、その間天野は相づちすら入れてこなかった。




「今言ったのが、俺たちが持っている情報だ。間違っていたり、もっと別の情報があったりしないか?」


 俺は天野に向かって言った。当然だ。他にいないからな。しかし、返事はなかった。俺はいぶかしみ、顔を上げるとそこには驚いたような顔をしている天野がいた。


「おい、聞いているのか?」


 俺が再び声をかけると、やっと意識を取り戻す。よもや寝ていたのではないだろうな。


「どうした?」

「いや・・・」


 そう言うと天野はまたしても黙り込んだ。そして、


「あんたたち、結構真面目に調べているのね」


 最初は嫌味なのかと思ったが、話す天野の表情に、そんな様子は一切感じない。先ほどの、驚いたような顔、という表現に間違いはなかったようだ。天野は驚いていたのだ。おそらく俺たちの保有している情報量の多さに。


「あたしが友達に直接聞いた話とほとんど同じだわ。たぶん物取りじゃないんだろうって話みたい。もう部室も片付けて、部活再開した今でもまだ何かが紛失したものはないみたいだし」


 そこはもう決定事項としてもいいだろう。部室が荒らされた、ということ以外に物理的な被害はない。ではもう一つの可能性はどうだろうか。


「どんな話でもいい。いじめや嫌がらせの可能性はないだろうか?」


 先ほど、バドミントン部には精神的にダメージを受けた部員がいたという。その手の方向から考えてみると、各部にターゲットがいたのではないだろうか。


「そうね。その考え方が一番可能性高いでしょう。部室荒らしが発覚したとき、何人か体調不良を訴えたそうよ。今でも学校休んでいる娘がいるみたい」


 それだ。


「そいつは何部の話だ?」

「あたしが聞いたのはバスケ部だけだけど」


 これは偶然なのか?それとも誰かが仕組んだものなのか。正直嫌がらせならもっと別のアプローチを考えたほうが早いし正確だろう。わざわざこう言った形で、精神的なダメージを狙ったとしたら、何かわけがあるはずだ。


 嫌なことがあったら、気分を害するのは当たり前のことだ。それがきっかけで体調を崩すこともあるかもしれない。しかし俺は普通じゃない違和感を覚えている。三原・戸塚のときにも感じた。あの時は深く考えていなかったが、二度続くとそれか気のせいではないのかもしれない。


「残るはバレー部か」


 バレー部でもこの違和感を覚えたら、それは確かなものとなる。自分の才能について何一つ自慢するものがない俺だが、あえて一つ挙げろと言われたらこの不吉を感じる第六感を示すね。今では天気予報並に信じている。


「あんた、今から時間あるか?」

「今すぐにでも帰りたい気分だけど、何?」


 拒絶の意思表示を隠そうとしないあたり、本当に嫌なのだろう。


「バレー部の部員の様子が知りたい。話を通してくれないか?」

「そんなのあんたの相方に頼めばいいじゃない」


 相方とはおそらく岩崎のことだろう。相方と呼ばれるのはいささか不愉快だが、あいつと二人でいる時間は結構長いから仕方がないのかもしれない。


「別にそれでも構わない。ただ、あんたが手を貸してくれるなら、今から行動に移れる」


 俺の言葉に天野は黙る。ここで即答しないあたり、こいつも早く解決したいと考えているのだろう。それとも挑発に聞こえただろうか。俺は普通に言っただけなのだが。岩崎は電話をかければいいだけの話だ。多少手間だが、問題はない。


 俺の思惑は置いておいて、天野はしばらく考えていた。そして出した答えが、


「いいわ。紹介してあげる。その代わりこの事件さっさと解決してよね。この事件が終わらないと、あんたとの関係もきれそうにないし。綾のこともあるしね」


 もっともだな。しかし、


「あまり期待してくれるな。俺はエルキュール・ポアロじゃない。普通の高校生なんだ」


 天野も、俺が解決することに疑問はないらしい。最近妙に俺の株が上昇しているが、俺はそれに似合うだけの実績も実力も持ち合わせていないのだ。勝手に期待するのは構わないが、あまり期待されすぎるもの気持ちが悪い。そして、期待されて結果が出せなかったとき、何かされるのではないかと思うと若干怖い。


 当然俺はこの言い分を理解してくれると思った。それに加えて、何か嫌味を言ってくると思った。しかし、その予想は大きく外れる。


 俺の言葉を聞いた天野の表情が激変する。


「あんた、あたし達をバカにしているの?」


 その表情は怒りを露にしていた。声にも怒気を孕んでいる。


「どういうことだ?」


 俺は、返事をくれそうにないと理解しながらも、思わず聞き返していた。あたし達とは誰だ?バカにしているとは?理解の及ばない言葉に俺は眉をしかめる。


「あたしは、あんたのそういうところが嫌いなのよ。解っていたけど再確認したわ」


 そういうと天野はさっさと部室から出て行った。どうやら俺が怒らせてしまったらしい。らしい、というのは怒らせたという結果しか理解できていないからだ。


 結局あいつとはそりが合わないのだろう。俺はイスに座りなおすと、大きくため息を吐いた。



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