その14
遅れました。事件の捜査に進展があります。
さて捜査についてだが、一体何をやるのかと言うと、聞き込みしかない。我々TCCは決して国家権力ではなく、強制的な任意同行などできるはずもないのだが、どうやら岩崎の巨大な人脈により、そこそこの情報を集めることに成功している。
俺も何か参加したほうがいいのかもしれないが、生憎俺は友人が多いほうではない。加えて愛想がないことも自覚しているので、俺に何か教えてくれる人間は少ないだろう。何気に麻生も少しずつ情報を集めているようなので何もしていないのは俺だけのようだ。若干心苦しくはあるが、誰も何も言ってこないので、たぶんいいのだろう、これで。
人にはそれぞれ向き不向きがある。できないことを無理にやる必要はない。できる人間がやればいいわけだ。ミスも減り、効率もアップする。これを適材適所と呼ぶ。いい言葉だ。
「あの、成瀬君?」
昼休み、俺は教室で一人昼食を摂取していると、女子二人が話しかけてきた。ちなみに岩崎も真嶋も教室にいない。おそらく情報収集にでも出かけているのだろう。
「何?」
確かクラスメートであるはずだが、名前がちっとも思い出せない。仮にそれぞれをA・Bと名づけておく。
「成瀬君って部室荒らしの犯人捜してくれているんでしょ?」
「まあそうだが・・・」
間違ってはいない、俺はまだ何もしてないが。
「あのさ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど・・・」
俺に話しかけているAの後ろに若干隠れ気味に立っていたBが近づいてきて、
「こ、これなんだけど・・・」
昼休みに教室の騒音にかき消されそうな小さな声で、俺に両手を突き出して何かを差し出す。怖がっているのか何なのか解らないが、上目遣いでおずおずと何かを差し出されると、俺はライオンか!と突っ込みたくなったが、黙ってそれを受け取ったそれは、
「キーホルダー?」
に見えた。座ったままの俺は、
「これは?」
Bを見上げて聞いた。
「え?あ、あああの・・・」
と急に挙動不審になった。何なんだ、一体。俺は続いてAに視線を移すと、Aは苦笑い気味で、
「それ私たちの部室に落ちてたんだ」
そのキーホルダーは、何かのキャラクターが先端についているごく普通なものだった。だが、力づくで引き千切られたようになっていて、連結部の輪がなくなっていた。
「あんたら何部?」
「バドミントンなんだけど」
Aの話によると、荒らされていた部室を片付けているときに、ロッカーの下にこのキーホルダーが落ちていたらしく、部員全員に聞いたのだが、持ち主はいなかったようだ。
「犯人の持ち主だと思うの」
「卒業した先輩のものとかじゃないのか?」
「この前新学期始まるときに大掃除したばかりなんだ。だからそれはないと思うの」
「部員と犯人以外にも部室に入るだろ。友達とか」
「もし部員の友達の落し物だったら、探しているはずだよね。そんな話、誰も聞いてないみたい」
一応冷静に考えていたみたいだ。
「それが物的証拠になれば犯人捕まえられるよね?」
生憎だが、俺たちは警察じゃないから指紋とか調べられないんだよね。
「それなら警察に持っていったほうがいいんじゃないか。そっちのほうが確実だぞ」
「それがそうでもないみたいなの」
俺は頭の上に疑問符を浮かべる。どういうことだ?
「私も又聞きだから確証はないんだけど、どうやら警察に連絡したのは形だけみたい。学校側としてもあまり大きな騒ぎにしたくないみたいで、警察の介入を拒んでいるの。だから、今回の事件警察はほとんど関わっていないと思っていいみたい」
よく解らないが、要は大人の事情ってことだろ。
「というわけだからよろしくね。またなんかあったら持ってくるから」
何だか解らないが、どうやらこいつらは俺たちに協力的らしい。俺たちの知名度がどのくらいか解らないが、今の占い研の人気度に比べたら天と地ほどの差があるだろう。それなのに俺たちに物証を持ってきてくれるとは、何か深い考えでもあるのか?
「あ、あの!」
突然Bがでかい声を出して、俺の前に姿を現した。
「よろしくお願いします!」
そう言って深々とお辞儀をすると、Bは勢いよく教室から飛び出して行った。何なんだ、一体。俺は解説を求めるように、Aのほうを見ると、Aは苦笑するだけで、
「じゃあよろしくね」
と言って、Bのあとを追いかけるように教室から姿を消した。
どいつもこいつも自分勝手すぎるぞ。そもそも俺は事件に関与するとは、一言も言っていないのに、まず真っ先に俺に何かを言いやがる。俺に何を期待しているのか知らないが、俺はみんなの期待に応えられる様な技量を持ち合わせてはいないぞ。この、俺の株が妙に高騰しているのは一体誰の仕業なんだ?これは誰かの目論見なのか?いい加減にしてもらいたいもんだ。迷惑を受けるのはいつも俺の役割なのだから。
「とは言え」
こんなものをもらってしまったのだ、動かないわけにはいかないだろうな。連中の口ぶりから、おそらく見つけてからすぐに俺のところに持って来たのだろう。つまり、教師も占い研の連中も知らないはずだ。
俺はちぎれた鎖を持ち上げ、キーホルダーを顔の前にぶら下げてみる。何かのキャラクターなのだろう、間抜け面して妙なポーズを取っているこいつは誰のものなのか。はっきり言って現在容疑者はいない。調べようがないからな。それどころか、おそらく男子であろう程度の曖昧な情報しか入ってきていないのだ。
「お前が口を聞けたら、な」
何を言っているんだ、俺は。そんなバカな話があってたまるか。俺はそんなに参っているのか。仮に本当に口を利いたら、気持ち悪くて困る。しかし、こいつどこかで見たことあるような・・・。
「成瀬さん」
再び名前を呼ばれ、そちらを振り向く。またしても女子二人だったが、今度は知っているやつだった。昼休みも終わりに近づき、岩崎と真嶋が同時に戻ってきたようだ。しかし、様子がおかしい。
「何だ?何かあったのか?」
若干呆然としている様子の岩崎。真嶋もいつもと違うような気がする。情報収集の間に何かあったのか。そう思って聞いてみたのだが、岩崎は、
「あ、いえ、大した事ではないのですが、」
と前置きをして、
「先ほど、三原さんと戸塚さんに話しかけられていませんでしたか?」
三原と戸塚、というのはおそらくバドミントン部の二人のことだろう。そんな前から帰ってきていたのか。
「ああ、それがどうかしたのか?」
「え?ああ、いや大した事ではないのですが、その、珍しいですね、クラスの方と話しているのは」
まあ確かにな。俺もあまり話しかけられた覚えがない。しかし、そんなに驚くことではないだろう。俺とて高校生なのだ、クラスメートの女子に話しかけられるくらいはあるだろう。まあ、日常会話とは程遠いのだが。
「戸塚さんから、何かお願いされていたようですが、一体何を?」
戸塚さんというのが、おそらくBのことだろう。どうやらこいつら、結構前から教室に帰ってきていたようだ。盗み見とはいい趣味だな。
「戸塚さん、顔真っ赤にしていたけど」
真嶋も会話に加わる。それより、二人がどうしてそんなに興味津々なのか教えてもらいたいね。
「あんたら、これが何か知らないか?」
俺はB、もとい戸塚からもらった例のキーホルダーを示す。どこかで見たことあるような気がするのだが、どうも思い出せない。答えはすぐに返ってきた。
「それは三月ごろにあったイベント限定発売のテレビアニメのキャラクターグッズですね。確か、先着百名限定のレアアイテムとかで、そのころテレビでもコマーシャルがしょっちゅう流れていました」
岩崎の言葉で思い出す。こいつを見たのはテレビのCMだ。限定のレアアイテム。こいつは武器になるかもしれないな。
「それを戸塚さんからもらったのですか?」
「ああ。もらったと言えばそうだな」
俺の所有物になったわけではないのだが。加えて、これがどんなに希少価値の高いものだとしても、俺は興味ない。
「それで、よろしくお願いします、と?」
「そうだが、何が言いたい?」
何か含みのある言い回しをする岩崎に、違和感を覚える。なんだその言い回しは。
「何をお願いされたのですか?」
妙に重い空気を作り出す岩崎に対して、俺はさらっと返答する。
「部室荒らしの件に決まっているだろう」
普通の推測で簡単に理解できると思うのだが。自慢じゃないが、岩崎の言うとおり俺はあまり女子に話しかけられるほうではない。その俺が、バドミントン部の女子に話しかけられていたのだ。まずそっちの可能性を考えるのではないだろうか。お願いします、と言う言葉を聞き取れていたのならば、なおさらである。
「ああ、そうですか。そうですね、そうです。彼女たちはバドミントン部でしたね」
今思い出したかのように、納得したようだ。真嶋も隣で大きく頷いている。何だこいつらは。今更だが、変なやつらである。
「それで、結局それは何なのですか?」
「部室に落ちていたらしい。部員の所有物ではないようだ」
「つまり、犯人のものである確率が高い、と?」
「そういうことだな」
そこで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ったので、話は終わりにして、続きは放課後ということになった。
やる気のないまま、捜査は順調に進んでいるな。最初は不可能だと思った犯人探しもある程度先が見えるようになってしまっている。これが偶然であるか否かは置いておいて、これで事件は進展を見せるだろう。