その12
今回は結構長め。話の展開はありませんが、ニヤニヤです笑
この前並みにげんなりとした気分になっていたのだが、今日はさすがに帰宅するわけには行かないので、部室に向かうことにした。その間、真嶋が何やらわめいていた。しかし面倒なのでずっと無視していたところ、部室に着くころにはなぜか暗くなっていた。
「どうかしたのか?」
俺が部室の鍵を開けながら真嶋に聞いてみたが、返事はなかった。
俺は普通に中に入り、荷物を置き、腰を落ち着けたのだが、真嶋は入り口付近で立ち尽くしていた。俺は気にせず、別のことを聞く。
「何であんなにケンカ腰だったんだ?」
「け、ケンカ腰?」
どうやら自分では気が付いていなかったようだ。
「あんた、結構迫力あったぜ。口調も強かったし。まあ天野もなかなか恐ろしかったが」
「・・・・・・」
「天野が怒っていたのは、あんたに責任がある。知っているだろう、天野が俺のことを毛虫のように嫌っていることを。何か深い考えでもあったのか?」
俺の質問に対し、しばらく黙っていた真嶋だったのだが、
「別に何でも、ない」
最後のほうはほとんど何を言っているのか聞こえなかった。こんなこいつは珍しい。五年ほど年少になってしまったような印象すら受ける。何だが今にも泣き出しそうな雰囲気だ。加えて、座っている俺、ドア付近から動かずに建っている真嶋という現在のこの構図。客観的にも俺の心情的にも、俺が真嶋を叱っているような感じがしてきた。
「とにかくこっちに来て座れ。飲み物出してやるから」
俺が言ったあと、しばらくそこから動かなかったのだが、俺がティーセットを準備していると、ロボットのような足取りで長テーブルにやってきて、最後はまるで電池が切れたようにパタッと着席した。
俺も紅茶の準備が終わり、先ほど座っていた席に着こうと思ったのだが、そこは真嶋の正面になってしまうので、その隣に着席した。思ったのだが、俺は精神的に弱いのか?先ほどのドア付近に立ち尽くしていた真嶋をそのまま放置できなかったのもそのせいなのではないだろうか。まあどうでもいいか。
さて。真嶋の協力は、こうして失敗に終わったわけなのだが、正直俺としては情報収集の手段がないのだ。つまり岩崎が来ないと新たに何もできないのだ。まあ、俺とて積極的に動きたいわけではないのだから、この状況を不幸であると嘆くことはないのだが、正直気まずくはある。その原因を、紅茶を飲みながらさりげなく見てみると、
「・・・・・・・・」
何やら落ち込んでいるようだった。岩崎ほどではないが、テンションの上下が激しい。先ほどは激情状態だったのが嘘のようである。
そのとき、目の前にあるティーカップを見つめるように、若干うつむき加減だった真嶋が、不意に顔を上げ、俺のほうを見た。俺も真嶋を見ていたので目が合う。
「っっ!」
すると、慌てて目線をはずされた。こいつはいつもそうだ。しかし、いつもと違う感じがした。それは、何か俺に言いたいが躊躇っているように見えた。
「・・・・・・」
照れくさいのか、迷っているのか解らないが、口を開いては閉じ、を繰り返していた。そんな真嶋を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「な、何よ!」
空白の状態から吹き出した俺の真意が読めず、混乱に若干怒りの色が見える真嶋。
「いや、別に何でもない」
俺としたことが、こみ上げる笑いをこらえ切れずに、若干笑いの成分を含む返事をしてしまった。
「い、言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ!」
やはり真嶋の耳にも俺の言葉が嘘であることが伝わってしまったようだ。しかし、当然俺は真実を言う気などさらさらなかった。
何を言おうとしていたのか知らないが、言うべきか言わざるべきか迷っていた真嶋は、普通に可愛かった。いつも機嫌悪そうな顔しか見ていない俺には、その表情は新鮮で、なぜか違った一面を見た気がした。そこで俺は気が付いた。かなり今更なのだが、どうやら俺は真嶋の渋面しか見ていなかったようだ。そりゃあ嫌われているのだから、当たり前言えば当たり前なのだが、先ほど見た真嶋の表情は、ある意味人間らしいしぐさで、なぜだか本当の真嶋の姿を見たような気がした。
「・・・・・・・・・・・・」
真嶋は何か粗相をしたと勘違いしているようで、顔を赤くしながら俺のことをにらんでいる。今回ばかりはにらまれたからといって白状するわけにはいかないので、黙ってその視線を受け流していた。
「言いたいことがあるなら言ってよ」
どうやら話題を変える気はないらしい。そこで俺は、
「俺はあんたのこと、別に嫌いじゃないぜ」
と言っておいた。まあ嘘ではないし、加えて言うと俺は最初から真嶋のことを嫌いではない。今でも苦手ではあるが、嫌いと苦手は違うと俺は認識している。
「い、いきなり何言っているのよ!」
真嶋はものすごく驚いた。そしてものすごく赤面させている。確かに急ではあったが、そんなに驚く内容ではないはずだ。それとも真嶋は俺に嫌われていると思っていたのだろうか。俺はそんなに誰かを嫌いにならないのだが。
「顔真っ赤だぞ」
なぜだか急に落ち着きをなくした真嶋に、適当に声をかけた。
「あ、あんたが変なことを言うからでしょ!」
真嶋は両頬に手を当て、そっぽを向いた。そして、何やらぶつぶつ呟き始めたのだが、不意に、
「あ、あたしも・・・」
「あ?言いたいことがあるならはっきり言え」
「あたしも!別にあんたのこと嫌いじゃないよ!」
何か妙に迫力があった。先ほどといい、今といい、こいつはセリフや雰囲気と迫力があっていないな。そして、ようやく真嶋が発した言葉の意味を理解した俺は、
思いっきり笑ってしまった。
「な、何で笑うのよ!」
「いや、すまない」
謝りつつも、俺はまだ笑いを止められていなかった。しかし、真嶋はおそらく結構な勇気を振り絞って言ってくれたに違いない。それを笑ってしまったのは、とても失礼である。ましてや、真嶋はふざけて言ったわけでもなく、内容もおそらく真面目なものだったのだからなおさらだ。
「やっぱりあたしは、成瀬のこと大嫌いだ!」
やはり怒ってしまったようだ。イスを吹っ飛ばして立ち上がると、窓に向かってすたすた歩いていった。悪いとは思ったが、これ以上謝っても、真嶋は機嫌を直してはくれないだろうと思い、俺は話を戻した。
「協力してくれるのはありがたいが、あまり無理してくれるな」
俺の声に真剣みが混じっていたことに気が付いたのか、真嶋も真面目な顔をしてこちらを向いた。
「さっきの図書室での話しだが、別にあそこまで真面目に協力してくれる必要はない。天野とこれ以上険悪になったらどうするんだ?一応前科もあるんだ、俺としては二人が疎遠になってしまったら申し訳ない。もっと適当にやってくれ」
「そう・・・」
今の状況を理解したのか、悲しそうにうつむいた。俺は一応付け足す。
「別に協力することを拒んでいるわけじゃない。ただ、さっきみたいな無理はしないでくれ」
「うん、解っている。解っているけど・・・」
そう言うとまたしても黙り込んでしまった。先ほどから真嶋の行動・言動が若干気になる。
「さっきから何か俺に言いたいことでもあるのか?」
真嶋は、
「え?い、いや・・・」
と言ってまた黙り込んだ。そしてしばらく考えているようなしぐさをしてから、
「あ、あのさ、成瀬・・・」
と、ようやく口を開いた。しかしその先の言葉を聞くことはできなかった。
「お待たせしました!」
勢いよくドアを開けて岩崎が登場した。しかし間の悪いやつだ。俺はため息を付いた。真嶋は本気で驚いているようだ。
「あれ?真嶋さんいらしていたんですか?」
ドアを開けた勢いそのまま部室内に入ってきた岩崎は、かばんを机の上に置くと真嶋に向かって尋ねた。
「え?ああ、うん」
「そうですか。成瀬さんと二人きりで大丈夫でしたか?何か妙なことを言われませんでしたか?」
変なことを言うな。失敬なやつだな、こいつは。それでは俺が妙なことをしょっちゅう言う妙なやつみたいではないか。まあ、俺はあえて突っ込みを入れたりはしない。なぜなら、これは岩崎にとっての挨拶みたいなものだからだ。だから真面目に答える必要はないのである。岩崎だって本当にこんなことを思っているわけではないのだ。・・・たぶん。
しかし根が真面目な真嶋には、この挨拶は高度すぎたようで、やはりというか何というか、リアクションを取ってしまった。そんな真嶋に、岩崎が目ざとく反応する。
「まさか!本当に何か妙なことを口走ったのですか?」
岩崎は真嶋に詰め寄る。真嶋は顔を赤くして、
「い、いや、何でもないよ!」
と言い、両手を振って否定する。真嶋よ、否定するならもっとちゃんと否定してくれ。俺から見ても明らかに疑わしいぞ。勘のいい岩崎も当然疑いのまなざしを向けている。
「それで、何を言われたんですか?」
むしろ頭から真嶋の話など信じていなかったのかもしれない。俺は見守ることしかできない。言っておくが、俺は妙なことなど言っていないと自信をもって言うことができる。しかし、俺がこの場で何か発言しようものなら、俺は間違いなく既遂犯として連行されてしまうであろう。つまり、この場で俺が取るべき行動は沈黙。もしこれ以外に何かできることがあるなら、目で真嶋に訴えることくらいだ。
真嶋は恥ずかしそうに顔をうつむかせている。そして、上目遣いで岩崎を見上げると、
「え、えっと、」
よもや否定以外の言葉を言うんじゃないだろうな。
「や、やっぱりノーコメントで・・・」
真嶋は赤くなった両頬を両の手のひらで押さえて顔をそらした。
・・・・・・微妙な発言だ。というか、何かあったと思う人が多いのではないだろうか。ノーコメントは、質問されたことについて何も発言したくないということであり、その言葉通り否定でも肯定でもない言葉のはずなのだが、今の真嶋の表情や雰囲気や間合いなどを考慮すると、何だかとても嫌な気がする。しかし、
「・・・まあいいでしょう」
意外にも岩崎は、真嶋に対する追求を諦めた。殊勝な心がけだ。ついに、というかやっとプライバシーという言葉の意味を調べたのだろうか。ところが、
「で、成瀬さん。一体何を言ったんですか?」
矛先は俺のほうに向いた。真嶋に対する、追求が終わっただけで、この話題に対する追求は終わっていなかったようだ。
「俺は妙なことなど何も言っていない」
「嘘言わないで下さい!真嶋さんの様子を見ていれば解ります!どう考えても成瀬さんが妙なことを言ったからああなっているのでしょう」
ああなっている、とは顔を真っ赤にしているということか?比較的俺にはなじみの表情なのだが、岩崎には違うようだ。
「俺は何も言っていないと言っている。仮に言っていたとしてもあんたには関係ない」
「関係あります!真嶋さんの次に関係あると思います」
意味が解らない。いったいなぜこいつに関係あるというのか。理由が知りたいね。とは言え、すでに面倒になってきている俺。岩崎とは基本的に反りが合わないのかもしれないな。たった数回の会話でこれほど意欲を減少させられる相手も滅多にいないだろう。
「何がそんなに聞きたいのか解らないが、俺には妙なことを言ったという意識がないんでね、あんたの質問には答えられない」
「自覚がないとは最悪ですね。では会話の内容を全て、恙無く、一部始終教えて下さい」
「そんな面倒なことするか!」
「あ、あの二人とも落ち着いて」
俺と岩崎の言い争いの間に落ち着いたのか、間に入る真嶋。
「本当に何も言われてないから。岩崎さんも落ち着いて」
真嶋にこう言われた岩崎は、ヒートアップした頭をどうにか落ち着かせ、俺たちは一度着席することにした。しかし、
「いいご身分ですね、成瀬さん」
どうやら岩崎の気持ちは変わらなかったようだ。どういう意味だ?
「私が汗水流して走り回っているときに部室でナンパですか」
岩崎の目は完全に据わっていた。口調は落ち着いていると言えるかもしれないが、胸中は穏やかでないらしい。しかし何たる言い草だ。俺も消極的にとは言、情報収集していたのだ。しかも先ほどまでの、妙な発言、はナンパということになってしまっている。こいつ、やはり早いとこ何とかしないと、そのうち悪い噂が学校中に流れていそうだ。
「いい加減白状したらどうですか?今ならまだ刑は軽いですよ」
何だ、刑って。
「俺は何もしていないと言っているだろうが。この解らず屋が」
「解らず屋は成瀬さんのほうです!もう知りません!」
残像が見えそうな勢いで、ふん!とばかりにそっぽを向いた。面倒なやつだ。加えてやはり意味が解らない。しかし、岩崎との付き合いも一年を超えている。岩崎がどんな人間であるか、うちの学校で俺が一番理解していると自身をもって言うことができる。すなわちこういう状態になった岩崎への対応も心得ているつもりだ。ずばり無視。これに限る。
俺は、心配そうな顔をして何か言いたそうにしている真嶋に話しかけた。
「さっき天野のところに行ったのは、天野が今回の事件に関係があるからか?」
「あ、うん。沙耶は顔が広いから被害にあった部活に知り合いが多いの」
なるほどね。つまり共通点が探せるわけだ。荒らされた部室内部の状況で、何か同じあるいは似通った点があれば、それは狙われた理由・犯人の癖・犯行の目的などが解るかもしれない。確かに重要な情報だな。
しかし、もう天野に聞くという選択肢はない。先ほどのことで天野はすでに警戒心を持ってしまっているだろうからな。また後日真嶋単体で質問をしても疑念をすでに持ってしまっているので、簡単には聞き出せはしないだろう。
「やっぱ俺がいなければいろいろ聞けたんだろうな」
漠然と思った。これも自虐ではない。客観的な事実を確認してみて、感じたことだ。天野は明らかに、真嶋が俺を連れてきたことを警戒していた。俺がいなければ妙な警戒心などなく、世間話程度に質問に答えてくれたのではないか。
俺のこの呟きは、本当に思わず出てきたものなので、別に反応を求めてなどいなかったのだが、真嶋はきっちり返事をしてくれた。
「それは違うよ!」
それは否定の言葉だった。何に対しての否定だって?おそらく俺の自虐に対してだろう。だから自虐じゃないって。
「成瀬が事件解決を目指しているってことを先に言えば、きっと沙耶も話してくれたと思うの。だからあれはあたしのミス。成瀬は悪くないよ」
「だが、俺がいなかったほうが話はスムーズに進んだだろう」
「そうかもしれないけど、あたしが無理矢理成瀬の事を連れて行ったんだし、それにあたしだけじゃ何を聞いたらいいか解らなかったから、どっちにしても成瀬があそこにいたことは悪くなかったの!」
俺はここで黙り込んだ。真嶋の言い分がもっともで反論すべき点がなかった、というわけではない。今でも、やはり俺がいなければ、と思っているのだが、なぜそれを言わないのかというと、別のことが気になっているからだ。
なぜ真嶋は俺をここまでかばうのか?
こいつは、さっき俺のことが嫌いではないと言っていた。しかし、ついこの間まで嫌いだったはずだ。真嶋の言葉を信じるとして、いつの間にここまで熱くかばってくれるほど、俺の株は上昇したのだろうか。理解できないな。俺はこのとき、女心と秋の空というフレーズを思い出していた。
「あ、あの、成瀬・・・・・・?」
まあ、深く考えても仕方ないし、どうせどれだけ考えても答えは出ない。真嶋に直接聞いたところで答えてはくれないだろうし、そこまでするほど興味もない。俺は思考を元に戻した。
「どっちにしても、天野からの情報はもう望めないだろうな」
その考えには真嶋も同感のようで、先ほどの勢いはどこへやら、口を閉ざしうつむいた。
「あんたも、そろそろ調べてきたことを教えたらどうなんだ?」
俺は部室内にいるもう一人の人物に話しかけたのだが、そいつはあさっての方向を向いたまま返答をよこさない。
「おい」
俺がもう一度呼びかけると、
「私の情報なんて当てにしないで真嶋さんと二人で仲良く調べたらどうですか?」
こいつはまだ拗ねているのか。子供じゃないんだからあまり面倒をかけないでほしいね。
「下らないこと言ってないで、さっさと情報を教えろ」
「成瀬さんはこの捜査自体下らないことだとお考えなのでしょう?」
どうしていつも俺は面倒を引き受ける立ち位置なのだろうか。たまには全部放り出して帰ってやろうか。もしくは堪忍袋の緒が切れた、とばかりに暴れてみるとか。やってみてもいいよな?俺はいつも我慢しているし。
「いい加減にしろよ」
俺はいつもより若干低い声を出してみた。
「成瀬さん?」
「成瀬?」
「俺がいつまでもあんたのわがままに付き合っていると思うなよ。俺はいつ抜けたって構わないんだからな。これ以上あんたが好き勝手やるなら・・・」
駄目だ。俺の性格には合わないな。昔から怒るのは苦手なんだ。しかも演技のほうもただ声を低くしただけで全然迫力ないし、はっきり言って興ざめだ。やってる自分が一番バカバカしく思えてきた。セリフを最後まで言うのも嫌になってしまったね。やはり肌に合わないらしい。こんなことをやるくらいならささっと適当に謝って、情報を聞きだしたほうがよかった。しかし本気で怒ったのは、一体いつが最後なのだろうか。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
岩崎も真嶋の呆然としている。こいつはよくない兆候だ。何か言わないと。
「何でもない。忘れてくれ」
これで完璧に忘れてくれたのならどんなにいいことか。人間の脳はそんな簡単な仕組みをしていないことは俺にだって常識として理解できている。しかし忘れてくれないと解っていても、こう言わないと俺の心情的にどうにもやりきれない状態だった。何か今になって唐突に恥ずかしくなってきた。この二人を前にして恥ずかしいと言う感情を抱くことになるとは思わなかった。今考えると、何でこんなことを思いついて、しかも実行に移してしまったのだろうか。我ながら理解不能だ。
「あの、成瀬さん・・・?」
岩崎が申し訳なさそうな感じで口を開く。
「何だ?」
さっきの発言についての言及は全て却下だぜ。
「あの、すみませんでした。私も調子に乗ってしまって、つい・・・。成瀬さんは悪くないと解ってはいたのですが、何というか、私の心理的にああ言わないとちょっと気がすまなかったので・・・。少し度が過ぎてしまったみたいです。本当にすみませんでした・・・」
「は?」
何だ、これは。ドッキリか?
何だか解らないまま、真嶋のほうを見てみると、真嶋は、
「あ、」
と言って、落ち着かない様子で視線を空中に漂わせ、最終的に顔をうつむかせて上目遣いで俺を見ながら、
「あたしも、ごめん・・・」
と言って頭を下げた。
どうやら俺の三文芝居がこいつらには通用したようだ。おそらく俺が本気で怒ったと勘違いして、謝っているに違いない。まさか本気で勘違いするとはね、あの小学校の学芸会みたいな演技で。俺は思わず笑ってしまいそうになったのだが、ここで笑うと台無しなので、何とかこらえることに成功した。
しかし妙な雰囲気になってしまったな。うーむ、どうしたもんか。怒ったことなど、記憶にないのでこの後の対応方法が解らない。岩崎と真嶋も、まさか俺が怒るとは思わなかったみたいで、動揺を隠せない様子。空気的にも心情的にも沈んでしまっている。こんな状態で話を戻してもいいのだろうか?
俺が困っていると、ナイスなタイミングで部室のドアが開いた。
「・・・なんだこの空気。初めて感じるぞ」
ノックもなしに入ってきたのは、この部室の住人の一人、麻生だった。
「同感だ。俺も初めて感じた空気だ」
まあその空気を作り出したのは、他ならぬ俺なのだが。
「何かあった?」
麻生のこの質問に、岩崎と真嶋はそろって顔をうつむかせる。
「何でもない」
答えたのは俺だ。とてもじゃないが、俺から説明できる話じゃない。
麻生は、まあいいや、といい真嶋の隣に座る。ちなみに岩崎は俺の隣に座っていて、その正面が真嶋である。
「それはそうと、天野から妙な情報を得てきたぞ」
麻生のその言葉に全員が反応する。
「それは例の部室荒らしのことか?」
「そう、それ。あいつ、被害にあった部活に知り合いが多いらしく、かなりいらいらしていたね。お前らも見たと思うが。」
そうかい。俺はあいつの機嫌悪いところしか見てないから、いつもどおりとしか思わなかったけど。
「それで、何て言っていた?」
俺は話を促す。いつの間にか岩崎が復活していて、麻生の話に身を乗り出してきた。真嶋も集中して聞いている様子。
「まだ詮索中なんだけど、今のところ盗難の被害が出てきていないらしい」
「つまり荒らされていただけ、ってことか」
盗難に見せかける、という意味で荒らしたのかもしれない。つまり他に目的があるということだろう。情報収集はまだ途中だが、この事件の一角が見えてきているように感じた。
「それで?」
俺がさらに話を促すと、
「それだけ」
麻生はあっさり言ってのけた。何だって?
「もう終わりなのか?事件の起きた時間とか、他に怪しい点とか、犯人の手がかりとか」
「そんなこと聞けねえよ。事件探っていると思われると、警戒されるだろ」
つまり俺のせいと言いたいわけか。当然だな。麻生が個人的に調べているとは考えにくいから、そうなるとどうしても俺や岩崎の影がちらつく。あの女が俺らの介入を快く思うとは考えられないからな。
「そりゃそうだ」
俺は納得した。
「それに、そんなことくらい岩崎が調べているんじゃないのか?」
俺と麻生は同時に岩崎のほうを見た。
「やっぱり何かあった?」
「いろいろあってな。まあ今から発表してくれると思う。なあ?」
俺が岩崎に同意を求めると、
「解りました、お話します」
岩崎は慌てた様子でかばんから手帳らしきものを取り出すと、プレゼンを始めた。
「被害にあった部室は全部で三つなのですが、全て午後五時から五時半の間に犯行が行われたみたいです。現場はどれも同じような状況で、部室内にあったもの、荷物などがあからさまにわざと散らかしたような状況だったようです」
どうも物取りという線が薄れてきているな。
「このような状況なので、明確に被害者と呼べる人はいませんし、麻生さんが言うように何か盗まれたという人は現在出てきていません」
「通報とかしたの?」
質問したのは真嶋だ。やはりそういう細かいところも気になる様子。
「したみたいですね。結構な事件であるという印象が強いですし、生徒の犯行でしたらまだしも、外部犯でしたら完全に犯罪です。これは穏便に済ませるわけにはいきません。どちらにしても被害にあった人たちの気持ちを考えると適切な処置だったのではないかと思います。ですが、やはりというか何というか、警察はあまり信用がないようで、個人的にある組織に解決を依頼した人がいたみたいです」
「ある組織って?」
「占い研究部です」
想像通りの答えに、俺はげんなりする。全く素晴らしい信頼度だな。そこまで生徒の信頼を得るとは、高校の部活動の域を超えている気がするね。
「これでやつらがこの事件を解決したら、それこそ学校側から特別な賞が授与されそうだな」
それが一体なんの役に立つかは知らないが、大学受験のときの校内推薦に有利に働くかもしれない。そいつに関しては俺もあやかりたいね。
「冗談ではありません。成瀬さん、これは一大事です。我々の存在危機にも関わってきます」
TCCの存在意義については、いつぞや話したとおりである。当初から存在意義などあったかどうか不明である。
「我々も捜査に乗り出しましょう。これは戦争です。やるかやられるかの弱肉強食です!」
全くもって物騒な話である。
「そうと決まればこうして黙って座っているわけにはいきません。善は急げ、思い立ったが吉日です!早速行動に移りましょう」
決めたのは岩崎一人である。そして岩崎の場合、善でなくても急いでいて、どんなときも思い立ったら即行動なので必ずしもその言葉は当てはまらない。
しかし、俺はいつだって少数派なのだ。岩崎はいつもこうだし、麻生はいつも楽しければ結果オーライなのだ。そして今回は真嶋もいる。こいつはとにかく真面目なので、こう言った解りやすい悪に対して、対抗心を燃やしてしまうのは、もはや既定事項だ。つまり俺一人が反対しても、結果に変化は皆無なのである。
また来週!