その10
何やら事件が起こったみたいです。 追伸。その10はさすがに短すぎるので明日もアップします。
ある日の朝。教室は一つの事件についての話題で持ち切りだった。俺は比較的朝早いほうなのだが、俺が教室に着いたときには、何やらすでに騒然とした雰囲気に包まれていた。
「何の騒ぎだ?」
相変わらず俺の席に鎮座していた岩崎に問うた。
「それが、昨日学校内で盗難があったみたいで・・・」
何とも情報の伝達が早いな。昨日の今日、しかもまだ朝っぱらなのにこれだけの生徒が知っているのか。それで、
「一体何が盗まれたんだ?」
当然即座に返事が来ると思ったのだが、岩崎は一瞬考えるそぶりを見せた。
「それが、まだ不明確らしくて・・・」
言葉を濁した。不明確?どういう意味だ?盗難であることが解っているのに、不明確なのか。何か紛失したものがあって、もしかしたら盗難かも、という認識なら理解できるのだが、盗難があったことが前提で何が盗まれたのか解らないというのは難解だな。
「場所はどこだ?」
「運動部の女子の部室棟です」
俺は岩崎から詳しいことを聞くと、その半端な情報量に納得した。どうやら部室棟のいくつかに何者かが侵入し、部室内を荒らしていったようだ。つまり、
「盗まれたものがあったかどうか詮索中ということか?」
「はい」
岩崎は若干気落ちしているようだ。察するに友人の何人かも被害にあってしまったみたいだ。隣にいる真嶋のいつもの迫力がない。
「外部犯の可能性は?」
「どうでしょう。ただ、被害があった時間はすでに結構遅い時間だったようなので、部活をやっていない人間がうろうろしていたら、たとえ内部の人間でも目立っていたと思います」
つまり全く特定できない状況か。しかし、女子専用の部室棟を狙うとは、一体どんな変態なんだか。しかもたった数時間で複数の部室を狙うからには、やはり相当綿密な犯行計画を立てていたのではないか。そうなると外部犯の線は薄いな。
俺の思案顔をどう捕らえたのか、岩崎は、
「どうですか、成瀬さん。犯人捕まえられそうですかね?」
正直、すでに事件捜査に加わってしまったのか?と思ったが、とりあえず一言。
「情報が少なすぎるから無理だな」
すると、岩崎はさも当然のように、
「では私が放課後までにある程度情報を集めておくので、そしたらまた考えてみて下さい。お願いします」
岩崎は俺の返事を待たずに、俺の席から立ち上がると、残り少ないホームルームまでの時間で何をするのか、教室から出て行った。やれやれ。また自ら事件に首を突っ込むのか。幸いにも巻き込まれていないのに。
「ねえ」
俺は席に座り、荷物を机に乗せ、ため息をつくと、真嶋が声をかけてきた。
「何だ?」
「あたしも友達に詳しい話聞いてみるから、あの、」
言葉を途中で濁したが、もちろん言いたいことは理解した。
「解ったよ」
どうやら今回は早くも逃げられないらしい。ついていないのは慣れているよ。
「一応言っておくが、俺はホームズじゃない。普通の高校生だし、事件解決にそこまで積極的じゃない。解決できなかったときは諦めて警察の報告を待ってくれ」
全く、我ながら呆れるくらいかっこ悪いな。正直言って口先だけでも格好のいいことを言ったらどうだと思うね。これでまた真嶋内での俺の株価が下落しただろうな、おそらく、俺の株など誰も保有していないだろうから、困るやつなど皆無だろうけど。
俺は自虐しながらため息を付いた。しかし、真嶋は俺の実にマイナス思考な答えに、
「うん!」
と大きく頷き、嬉しそうに微笑んだ。俺は思わず驚いてしまった。そりゃ真嶋だって人間だ、笑うこともあるだろう。実際岩崎やクラスの連中に対して笑いかけているところを目撃したこともある。しかし、俺を相手に笑顔を見せたことはなかったはずだ。
「な、なに?」
真嶋は若干迷惑そうに声を出した。どうやら俺は驚きのあまり、真嶋のことを凝視していたようだ。
「いや、笑っているの初めて見たな、と思って」
俺は一体何を口走っているんだ?
「は、はあ?」
真嶋も俺の言葉に思わず引いている。
「な、何言っているの?き、気持ち悪いわね!」
「いや、すまん」
俺自身気持ち悪いと思った。俺は何を言い出しているんだか。岩崎に聞かれていたら間違いなく殴られていただろう。まあ不幸中の幸いというべきか。
真嶋は何やらぶつぶつ呟いて席に座りなおした。顔はいつもの仏頂面に戻っている。耳まで真っ赤なのは、おそらく怒っているからに違いない。それから真嶋は俺のほうを一度も見ることはなかった。これで本格的に嫌われたかもな。正直今までは何となく濡れ衣のように感じていたが、今回のは間違いなく俺が悪い。黙って享受しよう。