第39話 日曜日 飯島視点
「本当に使えねえな! まあいい。それでインタビューは出来るんだろうな」
「ええ、それは問題ありません。木島さんもすでに突き当たりの部屋に入っています。騒動の最中なので一人になれるように楽屋を離しているので、あと30分は誰も来ません」
「わかった。それとお前はついて来てくれ。シャッターチャンスが来たら写真を撮るんだ。今度はへまをしないでくれよ」
「わかりました」
飯島は舌打ちしながらそのADを軽く睨む。
それにしても神野の奴、もう少し使える奴を用意できなかったのか?
Dに殴られるようなADなんて使うからへまするんだよ。
計画が丸潰れじゃねえか!
飯島はかなりいらだっていた。
神野に頼んで独占インタビューをセッティングしてもらっていたのだが……。
誰かが木島の楽屋で煙草を吸ったらしく、警報が鳴る騒ぎがあったらしい。点検するので場所を替えることになったそうだ。
事前に部屋には隠しカメラを仕込んで置いたのにこれでは水の泡だ。
まあ、ここまでは不可抗力なのでそれは仕方がない。だけど、替えられた部屋の方にカメラを仕掛け直すくらいの機転を利かせられなかったのだろうか。
あのダメADは本当に使えない。
だから、30近くでADなんてやっているのだろう。目の前にいる男に飯島は頭の中で一通り罵っていた。
そして、幾分、気を取り直したのか大きく深呼吸をする。
まあ、動画は無くても最悪、写真があれば問題ないだろう。一応、音声も取っておこう。
そう思いながら準備を整える。
そして、気合いを入れなおした。
ここからがオレの仕事だ。
飯島は木島奏太の楽屋のドアをノックした。
「はい。どうぞ」
木島奏太の声が返ってくる。
飯島は一つ深呼吸してから部屋の中に入った。
木島はこちらの顔に見覚えのないようで首を傾げている。そんな彼を内心でほくそ笑みながら飯島は近づいていく。
「あんた誰? 見ない顔だけど」
ソファーに座っている木島の対面に腰掛けながら、不審そうに眉を潜める彼に名刺を差し出した。
「わたしはこういう者です」
「フリーの記者? なんで記者さんがこんなところに入ってきてるんだ! ADさん。なんでこんな奴入れてるんだよ。早く追い出してくれ!」
ソファーから立ち上がり、大きな声を上げる木島にニヤニヤ笑いながら飯島は告げる。
「そんな大声を出さないでくださいよ。ADと一緒にここまで来れてるんですよ。察してください。周囲には話は通っているんですよ」
「なっ、ふざけるなよ。マネージャー! マネージャー!」
部屋の外に大声で呼びかけるが反応はない。
「無駄ですよ。マネージャーさんはいまプロデューサーと打ち合わせ中です。最低でも30分は誰も来ません」
肩を竦めて木島を挑発する。
こいつが頭に血が上りやすい人間であることは調査済みだ。このまま煽って墓穴を掘らしてやろう。カメラがないのは残念だが、ここは逆に考えよう。思いっきり怒らせて殴らせられればこっちが被害者だ。
取材中に理不尽に殴られた記者。しかし、暴力に負けず真実を叫ぶ。
そんな感じでメディアに出ればその後の仕事にもつながるだろう。
うん、もしかしたら隠しカメラのインタビューより上手くいくかもしれない。
そんな計算が立って飯島はニヤリと笑う。
「てめえ、何笑ってるんだよ」
「そう怒らないでくださいよ。落ち着いて座ってください。これは木島さんにもチャンスじゃないですか。ちゃんと弁解しないと騒ぎは収まりませんよ」
「何を言ってるんだ。あんたがオレの言ったことをちゃんと伝えるとは限らないだろう。どうせ、都合のいいように言葉尻を取って記事にするんだろ。お前等のやることなんてお見通しなんだよ」
そう言いながらも木島はソファーに座り直した。
以外に冷静な木島に内心感心しながらも飯島は踏み込む。
「でも、反論しないと言われ放題ですよ。それともあの記事は全部事実だったと認めるんですか?」
「そんな訳ないだろう。あの記事は全部出鱈目だ。オレは近くのバーで映画のスタッフ数人と四宮麗華さんとで飲んでたんだ。それで四宮さんが飲み過ぎたからタクシーで送るところを写真に撮られたんだ」
「写真を見るとラブホテルの入り口で抱き合ってたようにしか見えませんでしたけど?」
「あれは大通りに出る途中で彼女が酔ってふらついたところを支えただけだ」
「そうなんですか? でも、四宮麗華さんは違うことを言ってましたよ」
嫌な笑顔で飯島は木島奏太に顔を寄せる。
「四宮さんが少し休憩していこうと言ったら、貴方は何の反論もせずにホテルに入って行ったんでしょ」
「なっ」
絶句する、木島。
そんな彼の反応を楽しみながらさらに追い打ちをかける。
「あと、スタッフにもちゃんと裏を取りました。あの晩、飲み会があったかどうかね。もちろん回答はNOです。神野さんの証言も取れてますよ」
「そんなはずないだろう。あの日は間違いなくスタッフと一緒だった。なんでそんな嘘を吐くんだ」
「そうですか? そうやって口裏を合わすように頼んだんじゃないですか?」
「なっ!」
目を見開き絶句している、木島。
少し間が空く。
そして何かに気付いたのか、彼は何度か口を開け締めさせている。
丁度いい編集点が出来た、と飯島は笑いを抑え込みながら白状する。
「ええ、貴方の考えている通りです。木島さん。貴方は神野達、映画スタッフ全員にはめられたんですよ。ちなみに、あのラブホ前の写真を撮ったのはわたしです」
さあ、どう出る。殴るか?
殴るだろう。
一発ぐらいは殴らせてやるぞ。
そんなことを思いながら木島を見下ろす。
木島は肩をわなつかせて俯き、何とか怒りを抑えているようだ。
ここまで言われても殴りかかってこないのは少々意外だった。
だが……
木島が顔を上げた。
飯島は見下しながら声を出さずに嘲笑する。
「ふざけんなよ!」
木島が立ち上がりこちらに向かって駆け寄ってくる。
そして、胸倉を掴んで口を開きかけたところで
『パシャリ』
部屋にシャッター音が鳴り響いた。
木島がカメラを構えるADを呆然とした表情で見ている。
その後も連続してシャッターが切られる。
「やめろ。撮るな! そのカメラをよこせ」
そう言ってADに向かって駆け寄ろうとする木島に向かって飯島が
「都合が悪くなると暴力ですか? 暴力行為の上にカメラを壊して証拠隠滅を図る気ですか。これ以上は犯罪ですよ」
再度、こちらを向く木島を確認して視線でADに逃げるように指示する。
それを察したのかADは素早く部屋を出ていった。
「テメエ。逃げるな!」
木島が後を追いかけようとするが飯島は前に立ちふさがる。
無言でにらみ合う二人。
そして
「これ以上は止めておいた方が良いんじゃないですかね。いまなら芸能界引退で済みまずが、これ以上やれば警察沙汰ですよ。子供を犯罪者の息子にはしたくないでしょ」
それを聞いて木島は膝から崩れ落ちた。
飯島は笑いがこらえきれずに大きな声を上げて笑いその部屋から出ていった。
「飯島さん。これカメラです」
角を曲がったところで待っていたADがカメラを差し出してきた。
飯島はそれを受け取ってデータを確認する。
木島の暴力シーンがはっきりと撮られている。
「やれば出来るじゃないか。ありがとう。これは少ないけど取っておいてくれ」
気が大きくなっていたのか財布から一万円を出して彼に握らす。
「いいんですか?」
下卑た笑みを浮かべてこちらを見上げるADに向かって
「ああ、なんかうまいもんでも食べてくれ」
そう言ってそこから立ち去る。
それにしてもこうも上手く行くとは思わなかった。写真はバッチリ撮れているし、音声データも編集の仕方で十分使える。
最初、カメラが使えなくなってどうなることかと思ったが、結果だけ見れば最高の仕上がりだ。
「さて、とりあえず頬に殴られた痕でも作ってから記事を纏めようか」
そんなことを呟きながら、これからのことに夢をはせる飯島だった。
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