番外編7
「おお……」
「うう……」
「あけまして……」
「おめでとうございます……」
大晦日の夜から朝まで響と事に及んだせいで、2人揃って新年は昼からだる重い腰痛で始まった。
「ぐえー……。楓ー……。お腹空いた……」
「おせち出してください響……」
「うえーい……。……」
「気持ちは痛いほど分かります……」
そのせいで私達はお腹は空いているけど、下着のままベッドの上でうぞうぞする以外できない。
エアコンつけとこ……。
布団からすら出られそうにもないから、私は床に落ちていたリモコンを手だけ出して拾って暖房にした。
「キッチンまでがこんなに遠いなんて……」
「実はこんなこともあろうかと、これを用意しておきました……」
私は始まる前に、1階のコンビニで夜中に調達したパウチゼリーをベッドサイドに置いていて、そのビニール袋から青いパッケージを2つ出して響にも渡す。
「準備がいいねぇ……」
「ちょっとなんかそういう気分だったので……」
「つまり超ムラムラきてたから、楓はあんなにがっついて……?」
「オブラート剥ぎ取るの止めてくださいよ……」
わざわざぼかして言ったのに、顔的に思考回路がゆるふわになってる様子の響が、他意も無くドストレートにそう言ってきた。
とりあえず暖房が効いてきたから、ゼリーを食べるために私と響は上半身だけ起こす。
「あけて」
「自分でやってください」
開封すら面倒くさがって、上目使いで私へゼリーを差し出して言ってきたけど、私が取り合わなかったら、けちー、と言って仕方なく響は自分で開けた。
「うーん……。足りない……」
「そう思うならおせち取ってきてくださいねー……」
「ぬあーん……。仕方ない……」
あんまり満足してなさげな響は、したかなくベッドから降りて床に散らばるスエットをのそのそ着て、四つん這いでキッチンまで歩いて行った。
流石に歩いて重箱を運んできた響は、テレビの前にあるこたつの上にそれを並べた。
「ふと思ったけどさー」
「はい」
黒豆をひょいひょいつまんで食べながら、響は妙に真剣そうな顔をしてそう言った。
「おせちって炭水化物足りなくない?」
「あー、確かに精々栗きんとんぐらいですもんね」
「で、ちょっと思ったんだけど」
「はい」
「お餅を食べる前提……って事?」
「ですかねえ」
「あれっ、今の笑うところじゃないの?」
「はい?」
何かのネタだったんだろうか……。まあいいや。
「食べたいならお雑煮作りますよ」
「いるいるー」
いつもの遠回しの催促だったらしく、待ってました、とばかりに手をビシッと上げて響は答えた。
「出汁だけで良いですか?」
「おけおけ」
「はい」
私はパック詰めされて実家から送られてきた、手のひらサイズの丸いお餅を冷蔵庫から出して8分割した。
「分けすぎじゃない?」
「そうですか?」
作り置きの出汁を鍋で暖めていると響がひょっこりと覗きに来て、まな板の上にある切り分けられたお餅を見て複雑そうな顔をする。
「こうしないと詰まっちゃいますからね」
「そ、そこまで弱々しくないよー」
「この前パン詰めかけた人に言われても説得力ないです」
「うう……」
響はちょっと抗議したけど、私がそう言うとすぐにその勢いがしぼんだ。
講義に遅れそうで急いでいた響は、無茶な食べ方をして危うく病院沙汰になりかけていた。
「後、すぐ出来るんであっちで待っててくださいね」
「うん……」
思い出して恥ずかしくなったらしく、赤い顔でうなだれて引っ込んでいった。
汁椀に入れて持って行くと、響は肩まですっぽりはまっていた。
「響、座ってください」
「出して」
「今、私が何を持ってるか見てください」
「はい……」
ズリズリと出てきた響は座椅子を引き寄せると、そこにかかっていたブランケットを肩にかけた。
「小さく切ったとはいっても、一気に食べたら危ないですからね」
「うい」
「よく噛んでくださいね」
「うい……」
気を遣ってあれこれ言っていると、響の顔がちょっとずつ曇り始めたから、私はもうその辺でやめておいた。
「味とかどうです?」
モゴモゴとよく噛んでいる響は、機嫌良さそうに私の質問へ両手で丸を作って返してきた。
「それは良かったです」
それを確認して、私もお椀の底に沈んでいる切り分けられたお餅を1つつまんで口に運ぶ。
「……ん?」
「どしたの?」
思ってた様な味には何か足りなくて私が止まると、汁と一緒に飲み下した響がそう訊いてきた。
その事を説明すると、
「ほえー、なんだろね。なんかヒントとかある?」
響は箸を置いて腕組みをしてさらにそう訊いてくる。
「とりあえず魚介類とかその辺りだった気がします」
「ベタなところで鰹節?」
「たぶんそっち方面じゃないと思います」
「ありゃ。エビとかかな」
「じゃないと思いますけど、ちょっと高いものだった気はします」
「そっか。ちょっと質問変えるけど、どこで食べたとか覚えてる?」
「実家ですね。祖父の家じゃなかったと思います」
「じゃあ鯛の切り身かな」
「あー……。いや、もう少し地味だったと思います」
「地味……。色は分かる?」
「色ですか……。明るい感じでは無かったかもしれません」
「魚介類で暗い色ねぇ……。で、それなりに高い物……」
響はそこで一旦質問を止めて、首を左右にゆっくり揺らして考え始めた。
「――もしかして、海藻類じゃない?」
ハッと気が付いて、姿勢を真っ直ぐに伸ばした響は、確信めいた様子で私にそう訊いた。
「あー、そうかもしれません」
「じゃあたぶん分かった。ちょっと待ってて」
素早くこたつから出てキッチンの方に行った響は、冷蔵庫の中をゴソゴソと探って、
「これじゃない?」
年末に安売りされていた板のりを持ってきた。
「のり、ですか?」
「これは安物だけど、良いヤツは高いでしょ?」
「あ、確かに」
「じゃ、早速入れてみよー」
完全に思い出すかもだし、と言う響は、のりを手で砕いてお椀の中に投入した。
「じゃあ――」
「どう?」
「あっ、多分これです」
「やったぜ」
それはちょっと味わいは違うけど、十二分に磯の香りがして実家で食べたお雑煮とほぼ一致していた。
「すいません、わざわざ」
「良いって良いってー。私と楓の仲でしょ」
「そうですね」
「ん」
とは言うものの、響の目線はまだ褒め足りない様子だったから、
「ありがとうございます。本当に助かりましたよ響」
「えっへへー。そーうー?」
追加で褒めると響はご満悦の様子で、にへっと笑った。




