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番外編6

ひびきー、晩ご飯なんに――」

「はいはいっ! ラーメン食べたい! かえでがつくるやつ!」


 スーパーに行くから買う物のメモを書いているときに、寝転がったままカーペットをコロコロしている響へ訊くと、その体勢のままピッと手を挙げて食い気味に言ってきた。


「いつもそう言いますけど、ラーメン屋さんの方が美味しいですよ。ウチで作るんだったらスープも出来合いですし」

「んー、なんでかよく分からないけど、楓のつくるのが1番なんだよねぇー」

「どう違うんです?」

「愛の総量」

「えらくまた非科学的な方向から来ましたね……」


 スッと起き上がった響は、恥ずかしげもなく微笑んでそう言ってくるから、私の方がなんか恥ずかしくなってきた。


「愛をなめたらあかん――でっ」

「何故に関西弁なんですか。のど飴のCMじゃないんですから」

「私ハチミツと金柑の方が好きかなー」

「そこ膨らませます?」


 全く内容のないやりとりをしながら、コロコロをやめて立ち上がった響は伸びをしてから、壁際にあるプラスチックの箪笥たんすの中を探りはじめた。


「探したらちゃんと戻してくださいねー。この前しわくちゃになってましたよ」

「うーい」


 放っておくとちゃんとやらないから、私はメモする手を止めて、パーカーとデニムパンツを引っ張り出した響を監視する。


「ちゃ、ちゃんとやるよー……」


 振り返って私と目が合った響は、にへっと苦笑いしてそう言うと、服をダイニングテーブルの椅子に引っかけて引き出しの中を直す。


「なんかないものありましたっけ?」

「トイレの消臭剤がなかったと思うー」

「ああ、ですね。ありがとうございます」


 そう言った以上はやるのが響だから、私は細かくチェックはせずにメモを再開する。


「ほら見て、終わったよー」

「はいはい」


 まあ、言わなくてもドヤ顔で勝手に見せてくるし。


「おやつって買っていい?」


 引き出しをパタリと閉めた響は、モコモコの部屋着のまま私の後ろにやってきて、そのまま前に手を回してきた。


「良いですけど自腹でお願いします」

「ぬあ」

「たかろうとしないでください」

「ぬう……。おっぱい揉んでいい?」

「だめです」


 そのまま手が胸まで下りてきたから、軽く払う様に叩いて止めさせた。


「えー」

「時間を考えてくださいよ。買い物行けなくなるじゃないですか」

「ちょっとスキンシップしたいなーって」

「罰としてメンマ抜きにしましょうか」

「ごめんなさい」


 抗議の目を向けて言うけど、響は手をわきわきしながら笑みを堪えていたから、そう言って脅すとすぐ止めて大人しく着替え始めた。


 最近響と一旦()()()と、私の方が持たないのに欲しがっちゃうから、寝る前以外とかは下手に興が乗らない様にしないと結構マズい。


「――楓って結構えっちだよね」

「うっ」


 しれっと小さな声で言った響は、図星を突かれて顔が引きつった私を見て、ニヤッとすごく悪そうな笑顔をした。


 ややあって。私達は近所にある中くらいの広さのスーパーにやって来た。


「楓ー、なんかスロットみたいなのあるねー」

「自分で買って下さい」

「これシャキッと飴が出てくるのなんかいいよね?」

「自分で買って下さい」

「これコーラの缶みたいで可愛いと思わない?」

「自分で買って下さい」

「まだこのダイヤの指輪みたいな飴――」

「自分で買って――」

「眼鏡に出来る――」

「自分で――」

「見たこと無いチョコ――」

「……響。何回私は同じ事を言えば良いんですかね?」


 お菓子コーナーではしゃぎまくる響を最初は可愛いと思ったけど、流石に23回もやられたらうざくなったから、少し抑えた低い声で怒って止めさせた。


「アッ、ハイ……。もうやめます……」


 すると響は、スン、と反省はしているのが分かる、明らかにションボリした顔になった。


 私が最近大学が休みの日もバイトばっかりで、一緒に買い物出かけたのは久しぶりだから、って言うのはわかるから、そんな顔をされるとちょっと心がチクッとする。


「……仕方ないですね。1個買ってあげますから」

「わーい。楓しゅきしゅきー」

「現金過ぎません……?」


 1つため息を吐いてそう言うと、響の表情がやたら無邪気なものに切り替わって、私はその早さにもう苦笑いしてしまった。


 そんな具合でゆるふわな事を言い合いながら、入って1番右奥にある野菜コーナーを歩いていると、


「あっ。この音楽、なんかよく分からないけど好きなんだよねぇ」


 呼び込みの例のアレが、軽快な音楽と一緒に鍋物にオススメな野菜を、録音した店員さんの声で紹介していた。


 白菜の黒い点々について説明されているポップの後ろに、目当てのキャベツがあったから、私は前を通過してそっちに回った。


「ほうほう」


 だけど響はその前で立ち止まって、音楽に合わせて揺れながら、熱心にその写真付き説明文を読み込んでいた。


 白菜か。ちょっと高いんだよなあ……。叔母さんが作ってたはずだし、規格外のを貰えるか訊いてみよう。


 4分の1カットで売ってある白菜をちらっと見た私は、目線を手元のキャベツに戻して根元の切り口の新鮮さをチェックする。


 1番重くて新鮮そうなのを選んでカートのカゴに入れても、響がまだ熱心にポップを眺めていたから、レジに行きますよ、と伝えてそこで待たせておいた。


「帰りますよ」

「あっ、うんっ」


 会計を済ませてもまだ見ていた響は、私が呼ぶと名残惜しそうに見ながらこっちに来た。


 なんか嫌な予感はしたんだけど、響が何も言わないからとりあえずそのまま家まで帰ったところで、


「あのー、楓……」

「まさかお鍋が食べたいとか?」

「うん……。なんか気が変わっちゃって……」


 案の定、あの展示を見たせいか響の食べたい物が変わっていた。


「別にいくらでも変更しましたよ?」

「あっ、そうなの……」


 大分申し訳なさそうにしている響は、私の言葉を聞いて深めのため息を吐いた。


 ……今度から一応訊こう。


「今言われても困るよね……」


 レジ袋の中に入っている、チャーシューとかが真空パックされたセットと生麺を見ながら、諦めた様子で響は私に謝ってきた。


「仕方ないですし、妥協して煮込みうどんのラーメン版でも作りますか」

「……あっ! それがあった!」


 どうやらその存在をうっかり忘れていた様で、私の手をガッシリと握った響は、それ作って! と上目使いで頼んできた。


 というわけで今日の晩ご飯は、


「ちょっと伸びるの早いかもなので、先に麺取っちゃって下さいね」

「うわぁい!」


 キャベツを一玉分と野菜室にあった野菜を使って、煮込みラーメン鍋を作ってあげた。

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