番外編2
――まさか、こんなことになるなんて……。
「こ、これどうしよ……」
なにが起きたかというと、今は集中講座で学校に行っている、楓が昨日買ったばかり、と嬉しそうに話していた携帯を壊してしまったからだった。
『響。ちゃんと手元見てないと、また膝がソース浴びますよ』
『んー……』
半分寝ぼけて、楓とこの会話をした事を思い出したのは、
『……。――あーッ!』
ボケッとして、皿の脇に置きざりにされていた楓の携帯に、ソースを思い切りかけた後だった。
ひたひたになった携帯をキッチンペーパーで拭いて確認すると、ちゃんと動いていてはいた。
『良かった……。匂いは……。……するよね、やっぱり』
だけど、楓お気に入りの、隅っこにいるシロクマとかのキャラクター柄ケースと本体からは、いかにもコクのありそうな匂いがした。
確か洗えるん、だっけ……?
楓が帰ってくる前にやっちゃおう、と思って居ると、私の携帯に公衆電話からの着信があった。
『あー、響? 楓ですけど、教授がぎっくり腰で運ばれちゃって、講義中止になっちゃったんで、帰ってきますね』
『あ、うんっ! 分かった!』
『……響、お皿でも割ったんですか?』
『えっ、チガウヨ? なんで?』
『いや、なんか慌ててるなあ、って気がしただ――あっ、お金切れちゃうんで、違うならいいです』
それじゃ、と早口で言ったところで、ちょうど電話が切れた。
『ああああっ、どうしよ!?』
1階がコンビニのこのワンルームアパートは、大学から徒歩5分ぐらいの距離で、何回も洗って匂いを確認して、とやってると間に合わない。
しかも、公衆電話は正門のすぐ脇にあるから、実質3分ぐらいだ。
そうだ! シャワー使えば勢いですぐ落ちるかも!
慌てふためいた私は何を血迷ったか、風呂場に走って、全開のシャワーをケースと携帯に浴びせた。
その結果、楓の携帯は浸水したらしく、カメラの所が曇ってしまった。
『うわあああ! 乾かさなきゃ!』
さらに慌てた私は、クールのつもりでドライヤーを至近距離でフルパワーを浴びせた。
だけど、それは普通にホットだったし、ポンチョみたいな寝間着の袖で吸気口を塞いでいて、もの凄く熱い風をかけてしまった。
『あっつ! うわああああッ!?』
本能的に手を離した携帯は、洗濯機に激突して画面が粉砕されてしまった。
『……』
頭が真っ白になって、私は引きつった笑いを浮かべるしかできなかった。
で、今。私は火傷した指を洗面台で冷やして、どう弁明しようかと震えてる中、
「ただいまー」
何も知らないパーカー姿の楓が、いつもの様に帰ってきた。
「響ー?」
ひょこっと顔を覗かせてきた楓は、奥のユニットバスにある、便座のフタ上の携帯ケース、洗面所の床に転がるドライヤーと本体、そして冷や汗だくだくの私を順番に見た。
「……あー。なーるほど?」
大体のことを察したらしい楓は、半笑いになって頷きながら腕を組んだ。
「かかかかかかかか――ッ」
「それ前のやつなんで、別に壊れても良いですよ。データも移しましたし」
「……へっ!? でもケース新しかったけど……」
「うっかり前の機種のを買ったんで、一応付けただけですよ」
「そ、そうなんだ……」
なーんだ。完全に慌て損だったんだ……。
水を止めて、はー、と安心してぐんにゃり深いため息を吐いた私だったけど、
「でも、隠そうとしたのは良くないですねぇ?」
恐る恐る顔を上げて、楓の目が全然笑ってないのを見てしまった。
「大変申し訳ありませんでしたァ!」
シュタタッと楓の目の前に行った私は、潔く土下座して謝った。
「最初から素直に言って下さいよ。それなら怒りませんから」
「いやぁ、焦っちゃって……」
「だからちゃんと手元見て下さい、って言ったんですよー」
と、クスリと笑いながら、やれやれ、という感じでいる楓は、顔を上げる様に私へ言いつつしゃがんで、目線を合わせてきた。
「まあ、携帯は良いんですけど、火傷ですか?」
「あーうん、ちょっとだけね。冷やしたら大丈夫なぐらい」
「なら良かったです。物なら替わりを探せば良いですけど、響はそういうわけにはいかないんで」
気を付けて下さいね、と言う楓は、
「私のためにもお願いします」
私をぎゅっと抱きしめて、耳元で甘めの声で囁いた。




