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第50話

                    *



 あれから1週間経ったけど、その間、先輩におかしいところは全然無かった。


 やっぱり、ただ単に疲れただけだったらしい。


 それはまあ良しとして、ふらつきはしないけれど、テストが近づくごとに微妙に余裕が無くなって行っている様に見える。


 これは毎度の事だし、甘えたいなら甘えさせてあげよう、と密かに構えていたけど、


 あれ、いつもなら膝枕とか頼んでくるのに……。


 今回は一切そういうのを求めて来なかった。


 ピリピリしてるとか、外向けの顔をしているとかは無くて、そこ以外は完全にいつも通りでしかない。


 それほど学年末テストが大事だ、って事なんだろうか。


 まあそういう事なら、と、私は自分の勉強もしながらだけど、布団をはねてないかとかを確認したり、湿度を調節したり、栄養が偏らない食事にするとか、先輩の体調に気を遣ったりしていた。


 その甲斐あってか、極端に疲れたりとかみたいな様子は一切無いまま、テストの3日前になった。


 1週間前から今日まで、また先輩は帰ってくるのが遅くなっていた。前より帰ってくるのが遅いけど、まあそれ以外は特に変わったことはない。


 流石に先輩の父親も、先輩の担任の先生に言われて考えを改めてくれた、……と思うのはちょっと楽観的過ぎるな。


 まあ、それは無いにしても、少なくとも直接的な干渉はしていないらしい。


 それはとれとして、今日は朝からずっと雪が降ってて寒いから、夕ご飯は鍋焼きうどんにした。


 具材がしっかり煮えているのを確認したから、あとはうどんを入れれば完成する。


「ただいまー……」

「お帰りな――って、顔色悪くないですか?」


 7時前に戻ってきた先輩は、やけに青白い顔をしていて、どう見ても寒いだけではなさそうだった。


「ああうん。なんかずっと胃が痛くてね……」


 お腹の辺りをさすりながら、先輩は大した事無い感じに振る舞う。


「薬ありましたっけ」

「あー大丈夫。保健室で貰ったから……」

「そうですか……。ご飯どうします? うどんなんですけど」

「それは食べる」

「分かりました。くたくたにしますので、ちょっと待っててください」

「うん。さっさとお風呂入ってくるねー」


 かばんをシンクの向かいにある壁に立て掛けた先輩は、そのままお風呂場に行ってしまった。


 そんなになるまでプレッシャーがかかっているなら、先輩の父親が考えを改めた可能性は、万に一つもなさそうだった。


 大丈夫そうなんて、私は何を見てるんだろうか……。


 この間の様子のおかしい顔は、メッセージで難題を押しつけられたから、だと考えると、先輩があそこまでになるのは納得できる。


 福嶋先輩に連絡しよう、と思ったけど、推測で動くのはあのときの二の舞だ、と考え直してやめた。


 万が一全然関係なかった場合はもちろん、あっても実の父親を悪く言われるのは、先輩だって不愉快に感じるはず。


 結構メンタルだってギリギリなところに、私がそんな事を言いだしたら、これもあのときみたいに、余計に追い詰めてしまう事だって考えられる。


 そうならない様に、とりあえず様子見をして、その辺は触れずに、普通に体調不良を心配している感じでいこう。


 そういう結論に行き着いた私が、2人用の小ぶりな鍋から必要な分だけ汁をとって、雪平鍋で煮ていると先輩がお風呂場から出てきた音がした。


「すいません。もう少しかかるんで、先輩はのんびりしてて下さい」

「わかったー」


 洗面所とのアコーディオンカーテン越しに、私とそう会話を交わした先輩は、そう返事してタオルを取ったのか、戸棚を開け閉めした音がした。


「先輩」

「んー?」

「病院とか行った方がいい感じですか?」

「あー、そこまでじゃないと思うよ。お腹減ってるは減ってるし」

「それなら良かったです。でも一応、朝ご飯おかゆにしましょうか」

「じゃーそーする。梅のヤツが良いかもー」

「ちょうどカリカリ梅あるんで、それで良いですか?」

「んー」


 先輩がそう答えた後、ドライヤーの大きめな音がし始めた。


 なんかやけに元気そうな声だったけど、無理してないか心配だなあ……。


 本当に、先輩の言う通りに大した事ないといいけど、と思っていると、うどんが良い感じにくたくたになっていた。


 雪平鍋の中身をかき回してから、溶き卵をその回転方向と逆に回し入れる。


 よし。上手い具合になった。


 そうすると、思ってた通りに、ふわっ、と繊維状に卵が広がったのを確認すると火を止めた。


 ちなみにこれは、私が小さい頃に板長さんが、暇つぶしに、と教えてくれた方法だった。


 どんぶりを引っ張り出してきて、菜箸でうどんを取って、つゆを7分目ぐらいまで注ぎ込んだ。


 それ以外は素うどんなのもどうかと思って、土鍋から細切りにした大根とニンジン、ささみとカマボコをある程度取って添えた。


 完成したところでドライヤーが止まって、肩にタオルを引っかけた、ふわふわした寝間着姿の先輩がカーテンを開けてこっちに来た。


「うー、楓さんと鍋つつきたかったなぁ」

「また作りますから、そんな顔しないでくださいよ」

「わー、やたー」


 思い切り眉を下げていた先輩は、一転してホクホク顔になった。


「ぬお。美味しそうだね」


 ひょこひょこ、と歩いて私の後ろを通過した先輩は、くるっと振り返ってどんぶりをのぞき込むとふにゃっと笑った。


「こたつで待ってて下さい。持って行きますんで」

「いやいや。私が持って行くよ」


 気持ちだけ貰っとくー、と言った先輩は、そそくさと居間の方へ行った。


 私が来るまで待っていた先輩の、うまいうまい、と笑顔ですする姿を見てると、恋愛感情通り越して母性愛的なものになりそうだった。

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