表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/63

第47話

 少しすると演劇部のリハが終わって、セットがこっちに運ばれてきたから、私は一緒に立ち上がって後ろの壁に背中を付けて、演劇部が出ていってから元の位置に戻った。

 

 それと入れ替わりで、吹奏楽部が舞台に上がって、舞台の奥にあったひな壇を手前に引き出すと、その上や手前に個々で椅子とか譜面台を並べていく。


 手伝おうか? という感じで、先輩が知り合いらしい部長へ目線を送ると、彼女は、大丈夫、といった感じでこっちに顔の高さで手の平を見せた。



 それが終わって、吹部すいぶの部員が定位置につくと、今度はチューニングが始まって、間延びした音が体育館に響く。


 それが終わるのを待って、舞台に上がる階段の横にある、小さな台の上にあるマイクをとった先輩が、演目とか諸々《もろもろ》のアナウンスを何も見ずにした。


「相変わらず完璧ですね」

「どうもー」


 マイクのスイッチを切った先輩は、うへへ、とゆるい表情で笑った。


「ところで先輩。逆光で私のこと見えてなかったですよね?」

「えっ、分かった?」

「そりゃ見てれば」

「そっかー」


 そっかー、そっかー、と繰り返しながら、先輩はなんかゆるふわな顔で、嬉しそうにゆらゆらと揺れていた。


 多分、私が気付いてた事が嬉しいんだろうなあ。


「先輩。足元なんかありますよ」

「そ――、いてっ!」


 揺れながらそのまま反対側に行った先輩は、黒いカーテンの陰に隠れていた電子タイマーに脚をぶつけた。

 

 先輩は脛を押えてうずくまると、ぬおお……、と言ってプルプル震えていた。


「……大丈夫ですか?」

「うん……。打っただけ……」

「気を付けてくださいよ先輩」

「うぇへーい……」


 涙目の先輩は、しばらくずねを撫でてからすごすごと戻ってきた。


 その後、弦楽部や軽音部に合唱部と、音楽系の部活がそれぞれ15分ずつリハをして、やっと私の出番が来たから、2階のところに戻った。


 先輩はものすごく名残惜しそうに私を見てきたけど、ワガママ言うわけには当然行かないから、引き留めようとはしてこなかったけど。


 所定の位置についた私は、100きんで買ったクリップライトをスポットライトのスタンドに付けて、念のため流れをメモした紙を見られる様にした。


 準備万端で、生徒会役員以外には当日まで伏せられていた、3年部教員パートに私は臨む。


 寸劇だったり隠し芸みたいな、生徒受けしそうなコミカルな演目が続いた。


 私は特に目立ったミスもないまま、シメの演目の前まで進んだ。


 それは、教員のコピーバンドによるライブ、ということしか知らされて無くて、メモにも役割ぐらいしか書いてない。


 音出しとマイクチェックが終わって、しん、と静まりかえった中で、私はステージ真ん中に光を完全に絞った状態でライトを向けた。


 まあ、て言っても手順を確認するだけだから、役名が書かれた紙を胸の辺りに張り紙した先生が、右往左往するだけで演奏は音源だった。


 その後は、先輩と校長先生と理事長先生がスピーチして、ビデオレターを流すだけで私の出番は無いから、逆サイドの人が先に降りてしばらくして私も下に降りようとする。


 2階との踊り場まで来たところで、なんかめてるみたいな声が、1階の体育館玄関の方から聞こえてきた。


 揉めてる人達に見付からない様に、私はこっそり1階との踊り場に向かった。


「あのですね、吉野さん。ここまでご勝手されると、我々としても大変困るのですが」

「私は自分で確かめて判断する主義なのでね。娘が嘘をついていることだってあるだろう?」

「そうだとしてもですね、アポを取った以上の事をされるのは……」

「なに? 自分の娘の生活態度を確認するなら、これもその一環いつかんだろう?」

「恐れながら申し上げますが、過干渉は頂けないと思われますが」


 そこに居たのは、先輩の担任教師と先輩の父親だった。


 話を聞く限り、どうやら何かの用事で来て、ついでに先輩へ小言でも言いに来たらしい。


「娘の将来の事を思ってやっているんだ。そのためなら、こんなお遊びであっても手を抜いていないかを確認して何が悪い」


 そう言う先輩の父親は、それが正しいと信じて疑わない、堂々とした態度だった。


 福嶋先輩が思っているより、先輩の父親はもう一回りぐらい常識がないらしい。


 その後も口を開く度、先輩に対して我が子へのそれとは思えない様な、とにかく信用してないのがよく分かる酷い物言いをしていた。


「娘はどこぞの馬の骨達とは違って、他の者の人生を背負っていかなければならないのだ。失敗した場合、あなたに責任がとれるのか?」


 先輩の父親がそこまで言ったところで、先輩の担任教師が、


「吉野さん。流石にその発言はいかがなものかと思われますが」


 若干声を荒げつつ強めにもの申した。


 先輩の担任教師は、かなり温厚な性格で有名なんだけど、そう言われると流石に頭にきたらしい。


「申し訳ありませんが、生徒の親御さんの都合で対応を変える、という事は致せませんので、今回はお引き取り願います」


 ちょっと強めの言い方には、これを拒否したら強制的な対応をとる、という最後通告みたいなものを感じた。


 その直後、上の方から体育館出入口の引き戸が開く音がした。多分、なにかしら感じ取って様子見しようとしてるんだろう。


「――。……今日の所は、このくらいにしておこう」


 何か言おうとして引っ込めた様な間を空けた先輩の父親は、渋々、という感じでそう言った後、ドアの開く音がしたから、どうやら出ていったらしい。


 息の詰まるやりとりに、面と向かってるわけでもないのに、なんか疲れた私は、へた、と座り込んで同時に深いため息が漏れた。


 その数秒後にリハが終わったらしく、生徒のざわつきが聞こえてきた。


 私がすぐに立ち上がって2階へと上がると、先輩がちょうど出てきた。


 危ない。もう少しで先輩と父親が遭遇するところだった。


 笑顔を浮かべてはいるけれど、先輩はメンタル的に凄く疲れている様に見える。


 ――こんな状態であの人と対面してたら、と思うと、とにかく肝が冷えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ