第47話
少しすると演劇部のリハが終わって、セットがこっちに運ばれてきたから、私は一緒に立ち上がって後ろの壁に背中を付けて、演劇部が出ていってから元の位置に戻った。
それと入れ替わりで、吹奏楽部が舞台に上がって、舞台の奥にあったひな壇を手前に引き出すと、その上や手前に個々で椅子とか譜面台を並べていく。
手伝おうか? という感じで、先輩が知り合いらしい部長へ目線を送ると、彼女は、大丈夫、といった感じでこっちに顔の高さで手の平を見せた。
それが終わって、吹部の部員が定位置につくと、今度はチューニングが始まって、間延びした音が体育館に響く。
それが終わるのを待って、舞台に上がる階段の横にある、小さな台の上にあるマイクをとった先輩が、演目とか諸々《もろもろ》のアナウンスを何も見ずにした。
「相変わらず完璧ですね」
「どうもー」
マイクのスイッチを切った先輩は、うへへ、とゆるい表情で笑った。
「ところで先輩。逆光で私のこと見えてなかったですよね?」
「えっ、分かった?」
「そりゃ見てれば」
「そっかー」
そっかー、そっかー、と繰り返しながら、先輩はなんかゆるふわな顔で、嬉しそうにゆらゆらと揺れていた。
多分、私が気付いてた事が嬉しいんだろうなあ。
「先輩。足元なんかありますよ」
「そ――、いてっ!」
揺れながらそのまま反対側に行った先輩は、黒いカーテンの陰に隠れていた電子タイマーに脚をぶつけた。
先輩は脛を押えてうずくまると、ぬおお……、と言ってプルプル震えていた。
「……大丈夫ですか?」
「うん……。打っただけ……」
「気を付けてくださいよ先輩」
「うぇへーい……」
涙目の先輩は、しばらく脛を撫でてからすごすごと戻ってきた。
その後、弦楽部や軽音部に合唱部と、音楽系の部活がそれぞれ15分ずつリハをして、やっと私の出番が来たから、2階のところに戻った。
先輩はものすごく名残惜しそうに私を見てきたけど、ワガママ言うわけには当然行かないから、引き留めようとはしてこなかったけど。
所定の位置についた私は、100均で買ったクリップライトをスポットライトのスタンドに付けて、念のため流れをメモした紙を見られる様にした。
準備万端で、生徒会役員以外には当日まで伏せられていた、3年部教員パートに私は臨む。
寸劇だったり隠し芸みたいな、生徒受けしそうなコミカルな演目が続いた。
私は特に目立ったミスもないまま、シメの演目の前まで進んだ。
それは、教員のコピーバンドによるライブ、ということしか知らされて無くて、メモにも役割ぐらいしか書いてない。
音出しとマイクチェックが終わって、しん、と静まりかえった中で、私はステージ真ん中に光を完全に絞った状態でライトを向けた。
まあ、て言っても手順を確認するだけだから、役名が書かれた紙を胸の辺りに張り紙した先生が、右往左往するだけで演奏は音源だった。
その後は、先輩と校長先生と理事長先生がスピーチして、ビデオレターを流すだけで私の出番は無いから、逆サイドの人が先に降りてしばらくして私も下に降りようとする。
2階との踊り場まで来たところで、なんか揉めてるみたいな声が、1階の体育館玄関の方から聞こえてきた。
揉めてる人達に見付からない様に、私はこっそり1階との踊り場に向かった。
「あのですね、吉野さん。ここまでご勝手されると、我々としても大変困るのですが」
「私は自分で確かめて判断する主義なのでね。娘が嘘をついていることだってあるだろう?」
「そうだとしてもですね、アポを取った以上の事をされるのは……」
「なに? 自分の娘の生活態度を確認するなら、これもその一環だろう?」
「恐れながら申し上げますが、過干渉は頂けないと思われますが」
そこに居たのは、先輩の担任教師と先輩の父親だった。
話を聞く限り、どうやら何かの用事で来て、ついでに先輩へ小言でも言いに来たらしい。
「娘の将来の事を思ってやっているんだ。そのためなら、こんなお遊びであっても手を抜いていないかを確認して何が悪い」
そう言う先輩の父親は、それが正しいと信じて疑わない、堂々とした態度だった。
福嶋先輩が思っているより、先輩の父親はもう一回りぐらい常識がないらしい。
その後も口を開く度、先輩に対して我が子へのそれとは思えない様な、とにかく信用してないのがよく分かる酷い物言いをしていた。
「娘はどこぞの馬の骨達とは違って、他の者の人生を背負っていかなければならないのだ。失敗した場合、あなたに責任がとれるのか?」
先輩の父親がそこまで言ったところで、先輩の担任教師が、
「吉野さん。流石にその発言はいかがなものかと思われますが」
若干声を荒げつつ強めにもの申した。
先輩の担任教師は、かなり温厚な性格で有名なんだけど、そう言われると流石に頭にきたらしい。
「申し訳ありませんが、生徒の親御さんの都合で対応を変える、という事は致せませんので、今回はお引き取り願います」
ちょっと強めの言い方には、これを拒否したら強制的な対応をとる、という最後通告みたいなものを感じた。
その直後、上の方から体育館出入口の引き戸が開く音がした。多分、なにかしら感じ取って様子見しようとしてるんだろう。
「――。……今日の所は、このくらいにしておこう」
何か言おうとして引っ込めた様な間を空けた先輩の父親は、渋々、という感じでそう言った後、ドアの開く音がしたから、どうやら出ていったらしい。
息の詰まるやりとりに、面と向かってるわけでもないのに、なんか疲れた私は、へた、と座り込んで同時に深いため息が漏れた。
その数秒後にリハが終わったらしく、生徒のざわつきが聞こえてきた。
私がすぐに立ち上がって2階へと上がると、先輩がちょうど出てきた。
危ない。もう少しで先輩と父親が遭遇するところだった。
笑顔を浮かべてはいるけれど、先輩はメンタル的に凄く疲れている様に見える。
――こんな状態であの人と対面してたら、と思うと、とにかく肝が冷えた。




