第42話
「疑う訳では無いんですけど、そんな風に見てないと、そこまでめちゃくちゃな事をする人なんですか?」
私にあんな事を言ってきた時点で、まあちょっとおかしいんだけど、流石にあれ以上の事をするとは思えない。
「まあ、そう思うよね。でもあの人、中学校の時に響と仲が良かった子の成績が下位だから、って理由でトラブルになりかけたんだよね」
「ええ……」
「あり得ないって事はないでしょ?」
「まあ、そうです、ね……」
福嶋先輩の話だと、その子の親が穏便に済ませてくれたから、大したトラブルには発展しなかったらしい。
「あの人は多分、響の事を根っこで信用してないんだと思う」
響がやりたいって言った事は、何1つやらせなかったみたいだし、と続けた福嶋先輩は、心が痛そうに俯いていた。
私の育った環境とは全然違うけど、それがどこまでも窮屈だ、って事はよく分かる。
「先輩、そんなので大丈夫なんでしょうか……」
「んー、限界ギリギリだろうね。今の環境が精一杯の反抗なんだろうけど、響はそんなに強い子じゃないし」
「反抗……」
ギリギリ、っていう言葉に先輩が時々見せる、様子のおかしい顔が脳裏に浮かんだ。
先輩の完璧とからしさへのこだわりは、実の父親に認めさせるためなんだろう。
そんなんじゃ、部屋を片づける気力が出ないのも無理はないよね……。
初めて出会ったときの世界の終わりみたいな顔とか、私の言葉を聞いて大げさに安心してたのは、そういうことだったらしい。
「あっ、もうそろそろ20分だね」
私がそう思い至ったところで、福嶋先輩は腕時計をちらっと見て私にそう告げた。
「重ね重ね押しつけるようで悪いんだけど、響の事、出来ればお願いね」
福嶋先輩は私の目を真っ直ぐ見据えて、少しゆっくりとはっきりした声で言って、それじゃ、と外に出ようとする。
「あの、1ついいですか」
「どうぞ」
「なんでそこまで、吉野先輩の事を気にかけるんですか?」
幼なじみとはいえ、そこまでして守ろうとするのは、少し私には理解出来なかった。
「んー、そうだね」
福嶋先輩は立ち止まったけど、私の方を向かないまま、
「好きな人だから、だよ」
両手を後ろに回して重ねながら、少し気恥ずかしそうに言う。
「初めて会った瞬間にね、私は気がついたんだよ。この子と一緒にいるのが何より幸せなんだって」
その顔は見えないけど、話し方的には多分、うっとりした様子で話しているんだろう。
「でも響は、私じゃなくてあなたの方に惹かれたんだよね」
正直嫉妬しちゃったよ、と言って、少し下を向く福嶋先輩だけど、それにしては妙にスッキリした感じだった。
「そのくらいで、諦めても良いんですか?」
「うん。だって、響が幸せになってくれるのが私には大事な事だから。それに――」
「それに?」
「ああいや。なんでもないよ」
何か言おうとして、ハッとした様子で留まって振り返った福嶋先輩は、弟子を見守る師匠みたいな目をしていた。
「ま、いろいろあるだろうけど、頑張って」
じゃあねー、と言って、手をヒラヒラさせつつ、福嶋先輩はそう言って先に出ていった。
……何だったんだろ、あの意味深な感じのリアクション……。
私はその真意を考えて少しぼうっとしていたけど、先輩が待ってることを思い出して、部屋へ駆け足で向かった。




