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第四話

「先輩」

「んー?」


 空になった食器を洗い終えた私は、


「そういえば、今日はやけに帰りが遅かったですね」


 ペーパータオルで手を拭きつつ、私のベッドでゴロゴロしている先輩に訊ねる。


「三者面談がちょっと長引いちゃって……」


 水回りと部屋を仕切るドアを閉めて先輩の隣に座ると、すかさず彼女は私にくっついてきた。


「なるほど」


 一瞬、先輩の表情に陰が見えたので、詮索するのはやめておく事にした。


「……ところで先輩、なんで私のベッドに?」


 上半身を起こした彼女が寄りかかろうとしてきたので、私は座る位置を下側にずらして避けた。


「あー」


 パタンと横倒しになった先輩は、捨て猫みたいな目で私を見上げてくる。


「いやー、寝てると楓さんが、お布団掛けてくれるからね」


 にこやかにそう言った先輩は、寝返りをうって枕を勝手に使う。


「降りてください」


 私は壁際の方に移動して、先輩の身体をぐいぐい押す。


「やー」


 彼女は、じょ、冗談だからー! と訴えながら、シーツにしがみついて抵抗する。


「じゃあ、本当の理由はなんですか」


 そう言って押すのをやめると、先輩は私の太ももに頭を乗せてきた。


「人肌恋しいの……」


 あんまりにも幸せそうなので、流石にやめてくれとは言えなかった。


「なら、最初からそう言ってくださいよ」


 今日の先輩はなぜか、いつも以上にスキンシップをとってくる。


「楓さん……、頭、撫でて……」


 普段の彼女は、こういうことも態度で示してくるだけなのに、珍しく私に口で頼んできた。


「いいですけど……、先輩、熱でもあります?」


 彼女の額に手を触れたけれど、特に熱くもないし、目が潤んでるわけでもない。


「……そういう訳じゃ、ないんだけどね」


 だけど彼女は精神的に、かなり弱っているようだった。


「なんていうか……、家庭の事情っていうか……」

「言いづらいなら、言わなくて良いですよ。先輩」


 普段よりもっと優しい声で、私はそう言ってその頭を撫でる。


「うん……」


 弱っている人には、側にいてあげるぐらいがちょうど良い。




 ――不用意に深入りしたって、誰も得をしないから。



                    *



 ここに転校してくる前にいた学校で、身内に不幸が続いて肉親が誰一人いなくなってしまった女子生徒がいた。

 その子はいつも伏し目がちで、どことなく悲しげな雰囲気を纏っていた。


 彼女は、お世辞抜きでかなりの美少女だった。けれど、クラスのみんなが気を遣いすぎるせいで、誰も話しかけようともしなかった。

 それに、その子自身も誰とも話そうとせず、休み時間は一人でずっと空を見ていた。


「悩んでいる事があったら、私に言ってみて?」


 そんな彼女に、よせば良いのに勝手な親切心から、私は積極的に関わろうとした。


「大丈夫……、です……」


 ビクッと身体を震わせた彼女は、小さな声でそう言った。腰まで届くほど長いその黒髪の間から、怯えたその子の表情が覗いた。


「我慢しない方がいいよ」


 悩みを話せば楽になる、なんていう考えしか頭になかった私は、毎日しつこく話しかけ続けた。


 そんな無神経な事をしていたせいで、ある日その子は、突然に行方不明になってしまった。


 クラスのみんなも担任の先生も、私のせいじゃないとは言ってくれたけど、どう考えても私があの子を追い詰めたに違いなかった。


 その事に責任を感じるあまり、クラスに入れなくなった私は、遠く離れたこの学校に転入することになった。



 

 だから私は……、もう二度と誰かの事情に、踏み込むような事はしない。絶対に。

第五話に続く

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