第31話
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それから少しして、1時間目を使った立ち会い演説会の日になった。
「またですか先輩」
「うう……」
また直前になって、ちゃんと出来るか不安になったらしく、体育館1階のトイレの個室で、私はビビってガクブルする先輩に抱きしめられていた。
「大丈夫ですよ。先輩なら」
大体多少噛んだところで、影響なんか全然無いと思いますよ、と言いつつ、私は先輩の背中に片手を回してそっと撫でる。
「言っちゃえばそうかも知れないけど、それじゃ示しが付かないというか……」
それでも、今回は一段と不安らしくて、励ましの効果が薄い様に感じた。
「……じゃあ分かりました。その……、今日帰ったら、き、キスしても良いですよ」
「……ヘっ!?」
私が少し抑えめにそう言ったのを聞いて、先輩は一瞬遅れてビクッとした。
先輩と同じぐらい、そんな事を言ったのを自分でも驚いている。
「な、なんで急に……?」
「ほら、ご褒美が貰えるなら、やっぱり気合いが入るものじゃないですか」
「た、確かに」
半分こじつけみたいな理由だったけど、とりあえず納得して貰えたらしい。
「うん。なんか行けそうな気がする……!」
「その意気です先輩」
いかにも気合いが入った感じで、キリッとした顔になった先輩だったけど、
「それで、ええっと……。どこまでしてもいいの……?」
私の顔を赤らめながら上目遣いで見て、そうおずおずと訊いてきた。
これは、答えに困る質問を貰ってしまった……。
「ええっと、その、舌とかは無しで……」
「わ、わかった……」
そんな話をしたせいで、今更ながらお互い距離の近さを意識したみたいで、同時に両サイドの壁際まで下がった。
「……」
「……」
なんか目が合わせにくくて、私は先輩の手元とかの辺りを目線を彷徨わせる。
「響ー。具合悪い?」
そんな、なんとも言えない微妙な空気が、心配して見に来たらしい福嶋先輩が、うやむやにしてくれたおかげで助かった。
「ううん。大丈夫!」
「それなら良いんだけど。バシッと決めて、高木ちゃんに良いとこ見せてやりなよ」
「分かった!」
唐突に私の名前が出てきたとき、いるのがバレたかと思って、2人してビクッとしたけど、ただの激励で胸をなで下ろした。
「そろそろ行きましょう先輩」
「だね」
福嶋先輩がいなくなってから、怪しまれない様に先輩が先に出て、私は少し時間を空けて、トイレから体育館に戻った。
正面の入り口から入って、舞台下の左側にある候補者席にいる先輩と、アイコンタクトをとってから自分の席に戻った。
「高木さん具合悪いの?」
「ちょっとだけね。でももう平気」
「なら良かった」
帰ってくるのが遅かったから、隣の女子の武中さんを含めて、周りの女子数人からちょっと心配された。
それが晴れたところで、ちょうど司会進行の選管委員長の男子が、立ち会い演説会開始を告げた。
委員長は二、三説明した後、先輩と福嶋先輩へ登壇する様に指示を出した。
先輩はいつも通りの外向けの雰囲気を出しつつ、無駄のない所作で舞台へと上がって、舞台奥の方にあるパイプ椅子に座った。
先に演説台に立った福嶋先輩の応援演説があって、彼女はそれなりの拍手を受けた。
それが止んでから場所を交代して、いよいよ先輩の演説が始まった。
一応手元に原稿があるはずだけど、先輩は一切それを見ずにすらすらと話す。
あんなに不安がってはいたけど、この辺は流石だなぁ……。
内容としては、前期の実績のアピールと、後期最大のイベントである卒業生送別会のプランを発表した。
その中でも、出し物の話のときに、先生達の枠がある事を言ったところで、先生達も含めて会場に笑いが起こった。
最後は、先輩達への感謝と一緒に投票を呼びかけて、先輩は一礼した。
先輩の顔が上がると同時に、特に3年生の席の方から、割れんばかりの拍手が起きた。
拍手が鳴り止まない中、先輩は私の方を見て口元に笑みを浮かべてから、委員長の指示に従って降壇していった。
その後は、放課後にポスター類を校内のあちこちに貼って、あとは投票日を待つばかり、のはずだったんだけど、
「小さいポスターが1枚足りないんだけど、なんか知ってたりする?」
『選挙事務所』で、その数をチェックしていた福嶋先輩が気がついて、紛失事件が発覚した。
「ううん。高木さんは?」
「持ってきた後は触ってません……」
「刷ったときは数あったんだよね?」
「ええ、まあ。3回ぐらい確認しました……」
「うーん、じゃあ盗られた、なんてことは無いよね」
「盗るメリット無いもんね」
動揺している私を責める様な事はせず、先輩達は冷静に頭を捻っていた。
「まあ最悪、刷り直せばいいよ」
「だね」
先輩の提案を聞いて、福嶋先輩は早速、職員室へ行ってくる、と言って出かけていった。
だけど、
「響。原田くんが、全部刷り直ししちゃって無いって」
「あちゃー」
他の候補の人が印刷ミスをして、それ用の用紙が全部無くなっている事が分かった。
「まあこの際、1枚ぐらい普通紙で良いと思うよ。由希」
「それしかないね」
「すいません……」
先輩を助けるどころか、これじゃ足を引っ張っちゃってるじゃん……。
この有様だと、先輩の父親に反論が出来ない。
「まーまー、高木ちゃん。そんな事もあるって」
「そうそう。1回ミスしたって、もう1回しなきゃいいんだよ」
私が相当酷い顔をしていたのか、2人とも大慌てでそうフォローしてくれた。
「もしかしたら、どっかから出てくるかもしれないし、もう1回探してみない?」
「そうだね」
先輩の提案に福嶋先輩が真っ先に、私も少し遅れてそれに賛同して、一から探し直すことになった。
3人で部屋の中をひっくり返す様に探している最中、
……あ。そういえば、印刷終わったときに転んで、ばらまいたよな……。
印刷したときの事を思い返していた私は、もの凄く心当たりのある出来事を思い出した。
焦ってたせいか、記憶からうっかり抜け落ちていたらしい。
「吉野先輩」
「何か思い出した?」
「はい。あくまで可能性なんですけど――」
私は先輩に、転んでポスターをばらまいたときの事を説明した。
「じゃあきっと、その辺りに落ちてるんじゃないかな」
それを聞いた先輩は、ぽん、と手を打ってそう言った。
「よっし、じゃあ早速探しに行こう!」
「はい!」
それからすぐ、管理棟1階の印刷室近くへ駆け足気味に向かって、3人でポスターを探し始めた。
「高木さん、花瓶持ってて」
「はいはい」
廊下にある花瓶置き台の下を探すために、私が花瓶を持って先輩が台をずらす。
「よっ」
「ここには無いですね……」
だけど、埃が溜まっているだけで、そこにポスターはなかった。
「あ! あったよ2人とも!」
花瓶とかを元の位置に戻したタイミングで、印刷室の中を探していた福嶋先輩が、そう声を上げながらポスターを手に駆け寄ってきた。
福嶋先輩曰く、印刷機の下に潜り込んでいたそれは、少しシワが付いていたけど、汚れてはいなかった。
「いやあ、良かった良かった」
「ご迷惑おかけしました」
ポスターが無事に見つかって、胸をなで下ろした私達は、手分けして大急ぎでポスターを貼りに回った。




