第17話
2日目の朝。
昨日の一件を反省したらしく、校長先生の挨拶はかなり短めだった。
その後、ステージでは吹奏楽部や軽音楽部、ジャズ研、合唱部、三味線同好会とかの音楽系の出し物が披露された。
それが全部終わって、大トリの演劇部の前座になる生徒会劇の時間になった。
舞台袖に繋がる用具室で、私は他の生徒会メンバーと一緒に開演を待つ。
あー、端役でも結構緊張するんだな……。
まだ幕すら上がってないのに、私の心拍数はかなり早くなっていた。
こういうときは、手に人って書いて飲むと良いんだっけ、なんて事を考えていると、
「大丈夫大丈夫。みんな練習してきたんだから、絶対成功するよ!」
私の隣にいた先輩が、私だけじゃ無く、みんなに向けてそう鼓舞した。
そのおかげで、私と同じ様に緊張がほぐれたのか、他の人の表情に自信みたいなものを感じた。
こういうときは、やっぱり頼りになるなあ。
と、思いながらふと先輩を見ると、その手が小刻みに震えているのに気がついた。
さっきのは、自分に言い聞かせる言葉でもあったんだ……。
私がそんな先輩の手をそっと握ると、先輩はちょっとびっくりした様にこっちを見てくる。
先輩に目を合わせて、私が小さく笑ってみせると、先輩は少し赤い顔で同じ様に笑って頷いた。
先輩と親役の生徒会顧問の先生2人が位置に着くと、まもなく放送部のアナウンスが入って、幕がゆっくりと上がっていく。
のっけから抜群の演技力を披露する先輩に、観客がぐんと引き込まれている空気を私は感じた。
これを台無しにしてしまわないだろうか、と不安になりながら袖から舞台に出た私は、ごく自然体な演技をする先輩達の後ろを歩いていく。
先輩の言葉のおかげか、不思議と不安さを感じなかった私は、きっちり一言だけ台詞を言って、無事に反対側の袖へと引っ込んだ。
少しして。
主人公が乗り移ったみたいな迫真の演技を貫いて、観客を最後まで魅了した先輩のおかげで、贔屓目に見ても劇は大成功に終わった。
カーテンコールが終わって、私達生徒会は幕が下りきるまで大喝采を浴びた。
「お疲れさまー」
「お疲れー」
「いやー、台詞間違えかけっちゃたよ」
「危なかったね」
「まあ、ミスってないからノーカンノーカン」
高揚感に包まれてる役員のみんなは、袖に引き上げながら、そんな風にお互いを労っている。
「会長完璧でしたよ!」
「流石吉野さんだね」
「会長のおかげで大成功ですよ!」
「ありがとうね響さん!」
「私だけじゃなくて、皆のおかげだよ」
輪の中心で口々に称賛される先輩は、外向けの顔で照れ笑いをしてそう謙遜した。
「生徒会の人は早くはけてくださーい」
「あっ、すいません」
そんな感じでもたもたしていたら、次の演劇部員にそう急かされてしまって、私達は小走りで用具室へと引き上げた。
片付けをした後、生徒会役員席に戻ったところで、先輩が近くの先生に何かを言って、席のすぐ後ろにある引き戸から出ていった。
どうしたんだろう?
そんな先輩の表情が、どこかぼうっとしている様に見えて気になった私は、外の空気を吸いたいから、と先生に言って同じ引き戸から出た。
えっと、どっちに……。あ、いた。
戸を閉めて先輩の姿を探すと、私の居る位置から、5メートルぐらい出入り口側に進んだところで、心ここにあらず、みたいな感じで薄曇りの空を見ていた。
「先輩?」
「……」
「先輩ー?」
「……」
2回呼んでもなんの反応もないので、私はすぐ隣まで行ってから、
「先輩」
目の前で手を振ってそう言った。
「えっ、何?」
それでやっと先輩はビクッと驚いて、素早くこっちを見てそう訊いてくる。
「お疲れさまでした。演技凄かったですよ、先輩」
「えへへ。ありがとう」
さっきまで魂が半分抜けたような感じだった先輩は、いつも私へ見せる無邪気な笑顔でそう言った。
その後、先輩はおもむろに私を抱きしめてきて、
「あの、先輩……?」
「ちょっとこうしてて、良い?」
私の耳元で、甘える様にそう囁いて訊ねてきた。多分、演技で相当気疲れしたんだろう。
「ああ、はい。どうぞ」
ちょっと戸惑ったけど、先輩へのご褒美の意味も込めて、私は先輩の好きにさせることにした。
相変わらず、先輩は良い匂いがするなぁ。同じシャンプー使ってるのに、なんでこうも違うんだろうか……?
そんな事を考えながら、しばらくそうしていると、
「ねえ楓さん……」
「はい」
「私って……、何『色』だと思う……?」
やけに弱々しい声色で、先輩は私にそう訊いてきた。
「えっと……、劇の話、ですか?」
「そう……」
先輩は少し腕に力を込めて、消え入りそうな声をしてそう言う。
「そう、ですね……」
この場合、どうすれば先輩を傷つけないで済むんだろう……。
私の言葉1つで、先輩を追い詰める事になるので、私は自分の語彙力を総動員させて一番良い答えを考える。
しばらく必死で考えたけど、どうしても見付からなかった。
「分かりません。だって私も、自分の『色』が何なのか知りませんから」
だから私は、一番楽で毒にも薬にもならない、そんな曖昧な答えを返した。
「そっか……。変なこと訊いてごめんね」
「いえ」
はっきり言って、それは単なる保留でしかなかったけど、今はもうそれしか選択肢は無かった。
これで良かったのか不安に思っていると、開演を知らせるアナウンスが聞こえて来た。
「あっ、もう始まるみたいだよ。楓さん」
私を解放した先輩は、特に異常のない、いつも通りの顔でそう言う。どうやら、先輩を傷つける事は回避出来たらしい。
「急ぎましょう。先輩」
「うん」
ああ……。いつまで経ってもダメだな……、私……。
少し駆け足で、慌てて中へと戻る先輩に続きながら、私は最良の答えにたどり着けない自分を嘆いていた。




