5.影の中、合間の友人。
食事を済ませ、ずっと居座ろうとする菖蒲を家から追い出す。
無理にでも追い出さなければそのまま帰ろうとしないから。
一人暮らし、あるいは二人暮らしが精一杯の小さな貸家。
幾つかの部屋の中で、明らかに一室だけ異質を放つ部屋の扉を開けた。
「はい、ただいま。」
かさり、と空気が鳴った。
部屋の中は、四方を本棚に囲まれた倉庫のような場所。
やや冷えたような感覚が頬を撫でる。
見る人が見れば、明らかに震えるだろうそんな部屋。
そんな中には。
一人の、幽霊が住んでいる。
これを知っているのは恐らく僕だけ。
僕自身も、”彼”に気付いたのは住み着いてから一週間程経過してからだった。
”彼”はこの部屋から離れることがない。
代わりに、部屋に本を求めているように感じた。
本来なら。
幽霊が住み着く物件なのだから、震えたりなんなりするのが普通なのかもしれないけれど。
僕自身は、そんな”彼”に何処か親近感を抱いていた。
「レイ、今日はどれを?」
とさり、と一冊の本が落ちる。
レイ――幽霊、と思われる”彼”の愛称だ――は、一日に、一冊。
それ以上も、それ以下も動かしたり触れたりしない。
けれど、必ず一冊は”読んでいる”らしい。
それに気付いたのは、引っ越してから一週間後。
何冊かの本をこの部屋に置いて片付けなかった翌日だった。
置いたはずの場所から移動している。
当初は気のせいか、或いは無意識かと思っていたけれど。
翌日、その翌日。
絶対に触っていないのに、少しだけ移動している。
その現象を見た時に初めて思ったことといえば。
珍しいものを見た、ということだけだった。
レイとは、話が出来るわけではないし。
向こうも、最低限の意思を示すだけ。
本を、一日に一冊。
それを繰り返すだけの現象に近く。
故に、僕は。
何もしない、無害な同居人として彼の存在を受け入れた。
ただ、それだけなのだ。
「(ま、他人の前だと反応も示さないし)」
時折やってくる魔女や菖蒲、後はもう一人だけの生者の友人。
彼等彼女等がいる時には決して反応を示さない。
何故、其処にいるのか。
いつまで、其処にいるのか。
それらは、今の僕にはわからないことで。
いつか、分かるかどうかも分からない存在で。
だから、僕等は距離を取った間柄としてこうしている。
部屋に、ひっそりと置いた座椅子に腰掛けて本を取る。
ぺらり、と頁を捲って。
隣に、誰かしらの気配を感じながら。
いつも通りに、本の世界へと沈んでいった。
ごーすと。