3.月夜の真下、騙る少女。
苦労人スタート。
「いつまでも気付かないからどうしたものかと思った。」
「一体いつからいたんだ、あ-……白咲。」
苛立ちを隠せない様子で地面を蹴っている少女。
とは言われても、声もかけられず、気付かないなら仕方ないだろうと思うのだけど。
相手にとっては、そんなことは関係ないのだろう。
多分お嬢様だし。
「二十分程前からだが。」
「……余裕で待ち時間超えてる件については何も無いのか?」
「まだ夕日が出ていただろう。 何を言うか。」
いや、そんなことを言われても困る。
若干だが、日が完全に落ちる時間は確かに伸びつつあった。
だが、初めて出会う、しかも何の情報も無い相手にどう配慮しろというのだ。
イラッ、とした思考を一度静かに抑えこんだ。
「僕は何の話も聞いてないんだが。 それでどうしろと。」
「……ふむ。 あの人は相変わらずそういう性質なのか。」
「あの、勝手に納得するのはやめて貰えますかねお嬢様。」
話が噛み合わない。
これだから他人と話すのは嫌なのだ。
真っ当に、とは言うまい。 僕自身口下手だ。
だが、互いの意志疎通が図れていないのに勝手に納得されると流石に苛立ちが募る。
つい、強めに言葉を発してしまった。
「何。 大事なことは必ずと言っていいほど何処か抜けている、というだけだ。 覚えはないのか?」
「……そうでもないと思うが。」
「ま、私の前ではそういう人だったというだけだよ。」
やれやれ、とあからさまに評されては発する言葉を飲み込むしか無い。
けれど、僕の前と其処まで態度が違うものか……?
もやもやする思考の中、少女は続け様に囁いた。
「君の言う通り、アルビノ……簡単にいえば、日光に極めて弱いのだよ。 私はね。」
其の言葉に、頼まれた理由の一端を察した気がする。
要するに、異端。
ある意味では、僕と同類。
「夜しか出かけられない、とか?」
「極短時間なら防止策と日傘があれば問題ない。」
だからこんな時間になったのか、と思えば良いのか。
いやまあ、唐突に頼まれて今すぐ急に、よりは少しだけ時間はあったが。
……本当に少しだけで、そう考えてしまうと余計にイラッとした。
「ま、それはさておいて。」
「大事なことだと思うんだが……。」
僕の発言は基本的にスルーされているような錯覚に陥る。
ヘタすると、それは錯覚ではなくて事実なのかもしれないけど。
「君の名前は?」
「氷雨 景。 君の言う司書さん、の甥に当たる。」
「ほう。 あの人の親戚か。」
親戚。
母親の妹。 もう、決して会えない家族。
逃げるために、逃避するために静かに閉じ籠もる日々。
それは、未だに僕に影響を残し続けていて。
「まあ、ならいい。 悪いがフォローは任せるよ。」
「待った。 伯母さんとはどんな知り合いなんだ、アンタ。」
「ん? ああ、あの人の書いた論文の手伝いをした仲だ。」
「……は!? 論文ン!?」
初耳だ。
あの人、只の司書だとか管理人だとか嘯いた事を言っているだけの癖に。
下手すれば教員免許だけでなく、教授クラスなんじゃ――――。
「ほう、知らなかったのか。」
「まあ、ね。 参考までに何の論文?」
「聞いても分からんぞ? 神話伝承についての、だからな。」
「……あ、っそ。」
寧ろなんでお前は知ってるんだよ。
そう言いたくて仕方なかった。
それと僕だって最低限は理解してる。
本に因る影響だけども。
「そろそろ私も迎えが来る。 ……一応、猫を被る気だから其のつもりで頼むぞ。」
「は。 何でだよ。」
はぁ、と一度溜息を吐かれた。
瞼が同時に閉じて。
「決まってるだろ。」
目を少しだけ開いて、子供に教えこむように。
「こんな話し方をして、好かれると思いますか? 氷雨さん。」
「だったら最初からそうしてろよ!」
全く。 今日は災難続きだ。
大きく叫びながら、僕はそう思った。