2.白露の精は舞い降りて。
約半年振り。
半ば強制されて、僕は面倒を見ることを強要された。
活字中毒者。 ビブリオマニア。
昔からからかい半分で言われてきた呼び名だけれど。
此処暫くに至っては、恐らく本気が十割の発言なのだろう。
「勘弁しろよ、全く……。」
唯でさえ知り合いもいなければ友人も一人を除いていない。
にも関わらず僕に任せた理由は何なのだろう。
時間が開いているから?
他に生徒で使えそうなのがいないから?
或いは其の複合か。
何を考えているかは分からないが。
あの魔女にはどうにも逆らえないし……と、深くため息を吐く。
「ったく……まだ読んでる途中だってのに……。」
面倒はもう目の前にいる。
だったら溜息を吐くくらいは許されるだろう。
早速今日、顔合わせから、だとか。
既に放課後、五時をやや回った程度。
こういう時ばかりは、実家でなくアパート暮らしで良かったと思う。
……自宅からだと、片道で二時間ほど掛かる隣町にある僕の実家。
既に誰も住んでおらず、時折掃除に向かう程度。
代わりに伯母さんの伝手で借りたのが、今の住処。
明らかに学生が住むには大きい程の3LDK。
にも関わらず家賃は驚くほど安く。
何かしら曰くつきか、或いは大家が弱みでも握られているんじゃないかと心配になる。
……実際、時折見る顔はやや怯えているようにも見受けられるし。
「(誰もいなけりゃパッパと帰るんだけどな)」
待ち合わせ場所は校門入り口の休憩所。
こんな無駄なモノを用意するなら別のものを、とも思うけれど。
名門、だけあって時折従者とかの付き従う人も入っていく。
そういう意味では必要な施設ではあったのだ。
……僕は利用したことのない、少数側の人間ではあるのだが。
そして何より、一つ大きな問題が目の前に差し掛かっていた。
それは。
「(行けば分かるってどんな外見だか教えろよあの魔女婆!)」
……相手の顔を知らないのだ。
無論、この時間ならばまだ生徒もそこそこ残っている。
余計な相手には一切関わりたくない以上。
僕が取れる選択肢はたった一つ。
「(相手が気付くまで無視して読書続けてやる……。)」
図書館から本を借りられなかった。
仕方なしに、何度か読んだ文庫本を鞄から取り出して椅子に腰掛ける。
一度読めば同じ本は、と言う人が多数いる。
それは否定出来ない。
だけど、好きな本は何度読んでも良いものだと思うタイプの僕。
故に、特に気にせずに読み続ける。
結末が分かっているから、こそ。
作者が仕込んだ伏線に気付ける、というのもあったから。
五分。
数頁読み終わる。 周囲から人が減り始める。
二十分。
一章読み終える。 誰にも気付かれないまま読み耽る。
一時間。
半分を読み終えた。
頭を上げる。
「……誰もいねえ!?」
周囲は暗く、誰も居ないように見えた。
伯母さんめ、騙したのか。
そう思い、文句を言おうと扉へと向かおうとして。
「あー……。」
「……うわ、いた!?」
其の扉の隣。
此方を伺っていたのだろう、少女に漸く気付いたのだ。
見るからに、影に紛れそうな。
だが、見るからに異常に肌が白い、銀髪を持った少女だった。
物語では、読んだことのある体質に見える。
ある意味では、月夜の一族。
「アルビノ……?」
そんな呟きに応えてか。
反応を、示した。
「……白咲 雪月。 ……君?」
「あー……伯母さん、司書さんに言われたんだったら僕だ。」
良かった、と少女は綻んだ。
雪月、12月の異名の一つ。
確かに――――雪のようでは、あった。
見た目は冷たくとも。
何処か、美しさを含んだ。 そういう意味合いで。
同時に。
関わりたくない、と。
静かに、そう思った。