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1.活字中毒者は踊る。

日本の首都、東京からやや離れた地方都市、春陽(しゅんよう)市。

其の一角に、やや広大といえる程の敷地を誇る私立、天嵩(あまがさ)学園。

設立されてから、100年弱と言うそれなり以上の歴史を誇り。

同時にあちこちの名家へと繋がりを持つとされる、所謂名門校。

中高大一貫を旨とし、学業でも、運動でも「己の意志に全力」を校訓と掲げる、そんな場所。

そんな学校の、やや西側。

学校内に植えられた、林をやや入ったところ。

日の当たらない一画に、何処か洋風の雰囲気を漂わせる二階建ての建物があった。


「……しかし。 相変わらず飽きんな、お前は。」


そんな建物の片隅、やや広がった辺り。

白衣を身に付け、茶がかった髪を腰の周囲まで伸ばし。

細いフレームを掛けた、三十代にも見える女性が肘を立てて声を発した。

発した対象は、僕。

いい加減聞き慣れた其の言葉に返答を返すこともなく、更に一ページを捲る。

ぱらり、と言うよりは乾いたさらり、と言った音を返答として。


「他に誰も居ないんだ。 返事くらい返したって良いだろう?」

「……必要が?」


はぁ、と頭を抱える女性を無視して更に一頁。

漸く面白くなってきたところなのだ。

此処――――図書館を訪れる学生など、ほぼ絶無。

勉強がしたいのなら、それ専用の自学習室がある。

他者と会話がしたいのなら、校内に設けられた交流室がある。

故に、此処にやってくるのは本当に本が好きな少年少女のみ。

漫画等は無く、存在するのは大切に保管されてきた活字達。

最近で言えば、一応はライトノベルなども入荷はしているけれど。

それらを大きく発表することもされず。

今日も今日とて、埃を被った小説を読み耽る日々。


「……分かった。 司書としてでなく言うぞ。 此方に来い、景。」


机の上、既に十数枚目を突破した管理カード。

其の一番上に印字された名前を撫でたように見えた、女性の言葉に。

此方も小さくため息を吐きながら、栞を挟み込んだ。


氷雨 景(ひさめ けい)

若干珍しい苗字を持つ、僕の名前で。

もう、この苗字を持つのは僕しかいない。


「……それはズルくありませんか。 晶伯母さん。」


そして、その女性を軽く睨みつけて。

僕は、そう呟いた。


金森 晶(かなもり あきら)

職業は司書、兼図書館管理。

ついでに言えば、僕の唯一頭の上がらない叔母だ。

既に一児の母だというのに、年齢が外見に明らかに見合わない通称”魔女”。


「動かないお前が悪いんだ。 一応報告しておこうと思ってな。」

「報告?」


僕に?

こんな、友人と呼べる人間がたった一人しかいないような社会不適合者に?


「……何ですか? 悪事には乗りませんけど。」

「お前、私がそんなことするように見えるのか?」


見えます。 見えなきゃ言いません。

そんなことを言えば、先ず間違いなく未来は見えているから言わないけれど。

若干機嫌を悪くしながら、伯母さんは話を続けた。


「まあいい。 お前のクラスに明日、転入生が来るらしい。」

「……この学校に、ですか?」


中高大一貫。 そして名門。

高校から入る人間に対して出される課題は他の学校を遥かに超える難易度だと聞く。

それが名門校としての自負を保つためである、とも。

事実、試験は学期末に一度しか無いが。 その分、難易度は相当高い。


「……で。 その転入生が私の知り合いでね。 気にかけてやってくれるか。」

「は、お断りします。」


ノータイム。

誰が他人の面倒なんて見ていられるか。

そんなことをする暇があれば――――もっと、本を読む。


「活字中毒っぷりも度が過ぎるぞ、景。」

「お言葉ですが。 僕は本を読むのが『生き甲斐』なんですよ。 伯母さん。」


話はそれだけか、と踵を返す。

その背中に、苦々しい言葉が投げ掛けられた。


「……私が頼んでもか?」

「ええ。 良く良くご承知でしょう?」


一歩、席へと戻る。

一歩、一歩、更に一歩。

綴られる物語に再度、浸るために。


「……仕方ない。 これだけはしたくなかったが。」

「へえ、なんです?」


そして、席に手を掛けて。


「面倒見ないのなら。 私の権限でお前を出入り禁止にする。 ここから。 無期限に。」

「それは反則だろアンタ!?」


声を荒げて、暴虐者に言葉を叫んだ。


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