鬼道
美しい物には・・・幸せは、安い物では、無かったんだ。
太ももに 熱いものが 流れて来て ようやく 目覚めた。
ゆっくりと 首を回すと 見慣れた部屋に、何か 飛沫のような模様が、月明かりに照らされた部屋は、
薄暗く 神秘的でもあった。
目を戻すと 誰かが居た。それが、妻の 美香だと分かるまで 数秒必要だった。
俺と目が合うと 美香は 口元だけで微笑んだ。
そして、恐ろしい話をし始めた。
「まだ、気付かない❓足元の物に」
足元❓ さっきまで自由に動かせていた首が、泥のパックでもしたかの様に硬く固まりだしていた。
何とか 言われた通り足元を見て声を上げそうになった。
「止めて声は出さないで。」
両手で、口元を押さえようとして、自分の右手に握られている物に気が付いた。
「はっ 」思わず それを離そうとしたけれど、手にへばりついて上手く離れない。
灯りが点けられ、色を取り戻した瞳に 地獄の光景が 映し出された。
俺の手には 黒く変色した 包丁がきつく握られて、壁の模様は、血飛沫❓
足元には、2人の女性が 手足を不自然に曲げて寝転んでいた。
1人は 白髪を赤黒く染めて、もう1人は、可愛い髪飾りを付けていた。
「綾❓綾❓綾‼️」
「大きな声出さないで。聞こえるでしょう」
「これは・・・・綾・・・綾は・・・」
「あなたが殺したんじゃない、覚えてないの❓」
俺が・・・殺した❓綾を❓俺の娘を❓
「嘘だ 俺が綾を❓何故 何故俺が・・これは」
「もう1人は、私の母よ 覚えてないの❓全てあなたがやったのに」
俺が、殺した?2人を?何故?何故だ 俺は、綾を娘の様に可愛がっていたはずだ。
必死で手に張り付いた包丁を剥がし取ろうとした。
「やめてっ❗️まだ取らないでよ。」
何を言ってる。
震える足を無理やり折り曲げて、綾に触れようとした。
「どお、思い出した?あなたがやったのよ。可哀想に まだ13歳なのに。」
笑ってる?美香は 、笑ってるのか 実の娘なのに 美香の1人娘なのに?
「悲しくないのか?綾が・・・綾が死んだんだぞ」
「あらっ 悲しいわよ ふふふ 笑えるくらい 悲しんでるじゃない。それも、夫に殺されるなんてね、
信じてたのに 残念だわ。最後だから 教えてあげるね、 綾ね あなたが好きだったの。そうね、愛してた って
言ってもいいかしら。
覚えない? 中学生にもなって、お父さんと お風呂に入るなんて。それも、他人なんだから あなた達は、
まっ 私も、あなたとは、他人なんだけど。 ねえ 気付かなかった? 綾の気持ち。
あの子、あなたと 結婚したいって、 やっぱり、 私の娘よね、男が 好きなのよ。
でも、残念だわ あの子ね お勉強は、出来るのに 駆け引きが理解できなかったの 。
お友達に言っちゃったのよ あなたの事
「パパを 愛してる って」本当はね もう少し 後にするつもりだったの 慌てちゃったから ちょっと 雑になってしまったわ。」
話を聞いている内に いつもの 夫婦喧嘩を している様に 思えてきた。足元の 死体と 壁の 血飛沫さえ 無ければ。
頭の回転が早く 決して、 大声を出さない 落ち着いた 話し方、 だけど、 威圧的だ。
高卒の俺なんかの 話は、 はなから 相手になんかしていなかった。
美香とは、 三年前に 結婚した。
48歳の 俺には、 35歳の 美香は、眩しすぎる 存在だった。
バツイチで、10歳の子持ちだったけれど、それ以上に 美しかった。
俺は、その年まで 独身で 、ただ、毎日を消化するだけの つまらない人生をせざるを得なかった。
中学、 高校と バレンタインのチョコを 切らしたが、無かった。
サッカー部で レギュラーには、なれなかったけど、部員の誰よりも、人気があった。
試合では、まるで役に立たなかったけど、 俺が、いるだけで 女の子の応援が多かった。
それが、高校を卒業して就職した会社が 倒産して暫くは、アルバイトで、食いつないでいた。
華やかだった学生時分を忘れられなくて、収入より、はるか高価な服と アクセサリーで、身を包み
夜の街を遊び呆けていた。
時代は、バブル崩壊の前だった。
崩壊しても、俺の感覚はそのままで、無いはずの金を 集めては、ドブに捨てる様な生活を必死に続けていた。
金を振ればついて来た女の子達も、シビアになり 気づいた時には、友も、彼女も、無く、借金取りが 唯一の話し相手になっていた。
それから、なりふり構わず ただ、返済するためだけに働いた。
ボロボロの部屋で ボロボロの服を着て、それこそ、ボロボロの毎日だった。
借金が全て終わった時には、 日焼けと酒灼けとで、皮膚はザラザラで たれ下がり 、いつも、綺麗に美容室で 整えていた髪も、自分で、切るようになり 気が付いた時には、切る髪さえ なくなっていた。
50歳 目前で生きる気力も、失っていた時、美香に出会った。
ひと回り以上年下の美香は、若いだけで無く 自信に溢れ、輝いていた。
俺なんかが、入ってはいけない世界で、生きている人だった。
きっかけは、仕事終わりに たまに行く店に 美香がいた。
まだ、幼い子供を母親に預けて、割のいい夜の仕事で、子供を育てている、昼は、学食で働き、夜も
必死に子供のために働いている姿に 誰もが、交際を申し込んでいた。
俺なんか2人と美香の母親を養っていく自信も 無かったし、自分で、鏡なんて見なくても 不釣り合いなのは、百も承知だった。
それが、美香から、送ってほしいって言われて、そのまま 俺の部屋で、朝を迎え その上 1か月後には、
結婚をしていた。
娘の綾は、美香に似づ 美人とも 可愛いとも 思えなかったけど、俺を最初から受け入れて、何の抵抗も無く
パパと呼んでくれた。義母は、気難しい人の様で、あまり笑わなかったけど、料理 洗濯 掃除と 細々と家の中の事を してくれていた。 特に、料理は、ピカイチで、コンビニ弁当で、10数年間過ごしていた俺には、やっと、まともな食事をそれも、毎日食べれることだけで 幸せだった。
美香が俺を選んだ理由がわからず 何度か、ホテルを利用した時に 聞いてみたけど
「あらっ、あなた 素敵よ 肉体労働者の体って 私大好き それに 綾も懐いてくれてるし 優しいし」
前の亭主は、束縛がキツくて、口紅塗るだけで、怒鳴られていたって、綾が 小学校に上がった年、
事故で亡くなった。
よく、喧嘩してたけど いなくなると寂しくなって でも、もう 結婚は、いいかなって思っていた時に 俺に会った。
「お金とか、見た目なんて もういいの 安らぎが 欲しかった。あなたなら 静かに暮らせる」
いつも、そう言って 俺に甘えてきた。
結婚した頃 まだ、10歳だった 綾は、 俺とのお風呂を楽しみにしていた。
大人の女性には、免疫はあったけど 子供の女の子の裸なんて、そんなビデオもあるみたいだけど、興味無かったし、見てはいけないものと思っていた。
初めは、父親風に 無理に 自分を鼓舞して 一緒に入ってはいたけれど 義母の 冷めた 視線に嫌気がさして、
入る事を 拒んでいた。
「あの子、学校で、いじめられてるみたい 。私じゃ、話してくれないの あなた 聞いてあげて」
それが、また、一緒にお風呂に入るきっかけになった。
無邪気に 裸体をさらけ出してくる 綾に 恥ずかしがっている俺の方が、おかしいって思うようになっていった。
幸せだった。
美香は、生活のため 酒場での仕事を続けていた。
日付が変わる頃に 迎えに行く、 結婚仕立ての頃は、 夜のデートみたいで、 楽しかった。
人気の無い 道端で、家では出来ない行為をする事も、 楽しかった。
綾は、相変わらず パパ パパって 父親に持つ感情を 通り過ぎている 危惧は、あったけど 体の割に 幼い表情で、纏わり付かれるのも 幸せだった。
義母も、 時折 笑顔を見せるようになって、家族を持つことの幸せの 絶頂だった。
「どうしたの? 泣いてるの ははは やっぱり あなたにして良かった。」
「本当に 俺が、殺したのか?」
「そうよ。覚えてないの? 綾の泣き叫ぶ声 母の懇願する言葉を・・・酷い人 ふふふ」
「何が、おかしいんだ。」
「ちょっと 雑だったけど、 こんなに上手くいくなんて・・・ふふふふ 楽しいわ」
美香は、美しかった。
今までで 1番って言っていいほど 美しく 光り輝いていた。
「お前が したのか?」
「バカなこと言わないで、 流石に 自分の 子供は、 殺せないわ 、 多分ね。
まだ、やったこと無いけど、 前の子も 私じゃ無かったし、う〜ん 今度やってみようかしら」
「前の子? 前の子って・・・綾だけじゃ・・・」
「あらっ、言ってなかったっけ 私 綾以外に 2人子供いたのよ。えっ 知らなかった? 母も、意外に 口硬いのね。」
聞いてない。 綾だけだと ・・・前の子はどこに行った。亭主は、死んだはずだ。
「ふふ 前の子はね、 男の子だったわ。1人は 産まれて 3ヶ月だったかしら。ちょっと目を離したすきに うつ伏せになっていて そのまま 窒息死。
もう1人は、 亭主と一緒に 事故で死んだの」
2人共 事故?本当に事故だったのか?
「そうよね。この状況見たら 事故なんて、信じられないわよね。 そうよ、私が、やったの、でも、1人目は 勝手に死んだのよ。うつ伏せには、したけれど、 ただ、それだけよ。
2人目は、亭主と仲良く、逝かせてあげたの。
あの人は あの子を 溺愛してたから、可哀想でしょ あの子を道連れにしてあげたの、 せめてもの償い?かしら。だから、寂しかったわ 私 言ってたでしょ。」
「事故は、 偶然なのか」
「まさか、 そんなに思い通りには、行かないわよ。知りたい? どうしょうかなぁ もう 会うことも無いだろうし 教えてあげる。」
事故は、偶然の 悲劇で 終始した。
ブレーキに 子供の 遊び忘れた おもちゃが 挟まっていたのだ。
2人で、ドライブに行き、 山道を ノーブレーキで 駆け下り そのまま谷底に。
車体は、大破し 2人は、即死だった。
効くはずのないブレーキを 踏み続け、最後の力を振り絞って踏み切った ブレーキは、 車体から 外れて見つかり、 何故、ブレーキが、効かなかったかは、調べきれなかった。
亭主には、 わずかな 保険が 掛けてあったが 一般的な金額で 殺してまで 手に入れたい額では、無かった。
子供は、学費保険のみで、 殺す 理由が、見つからず 事故で処理された。
「お前が、やったのか?」
「初めてね、 お前 なんて、 偉くなったの それとも、 開き直った? 私 お前って言われるの 大嫌いなの
前の亭主も、最後に言ったわ。
【 お前は、鬼だ。 】って 失礼よね、こんなに綺麗のに。
みんな、死に際って 本心が出るのかしら?
そう言えば、綾も、最後に言ってたわ。
【 知ってる 】って あの子、気付いてたみたい 私が、 誰も愛していないって。」
「何でだ! なんで、2人を殺した?」
「えっ? 何? 前の子の話? それとも、綾たちの事?」
「どっちも、どっちも、お前の家族だろう。」
「家族? ははは そうね・・・家族か・・いらなくなったから?ちょっと違うかな、新しいのが、欲しくなったからかな。」
「新しい家族?・・・どういう事だ!」
「社長なの 新しい人。今まで、いろんな人と関わってきたけど やっぱり、お金も、欲しいじゃない?
仕事も、もう やりたくないし 歳だしね。社長夫人 いいでしょう。」
何を言ってるんだ こいつは、本当に美香なのか?
同じ顔をした 双子?美香は、しっかりはしていたけど、 おっとりしていて 、笑う時も、大口を開けるなんて、見た事がない。自分の 母親や 娘の綾にも、 声を張り上げた事は、無かった・・・はずだ。
鬼❓ 今目の前で、悠長に話しているのは、美香を 装った 鬼だ❗️
俺も、綾を殺した。 義母を 殺した。 俺も、 鬼なのか❓
「本当に 俺が・・・この子を?」
「まだ、言ってるの ? あなたが刺したのよ、 それも、 暴行した後に。 ふふふふ 綾 嬉しそうだったなぁ
私 最後に この子を幸せにしてあげたの、 良い母親でしょう」
狂ってる。 こいつは、狂ってるんだ。
「俺が、殺すわけない。 記憶も無い。 お前が、殺して 俺になすりつけるつもりなんだろう」
「ふふふふ そうよね・・・あなた 意識無かったんだもん 覚えてないはずよ」
「どういう事だ! 意識無かったって・・・まるで、催眠術でも、かけられてたみたいじゃないか」
「そうよ。 催眠術 掛けてたのよ。 へぇ よくわかったわね。 ただの馬鹿じゃ無かったんだ。」
催眠術って・・・なんだ 俺は、いつから、美香に操られていたんだ。
結婚してから、 そんな事が あったのか。俺は、美香に操られて、綾を・・・そんな
「悩んでるようね。 教えてあげる 初めからよ、 あなたと 出会った ううん あなたを 見つけた時からね。
それから、ずっとよ。 ずーっと あっ それとね 綾は、あなたが 大嫌いだったの 勿論 結婚も大反対だったわ。」
「綾にも、掛けてたのか・・・お前は、一体・・・」
「悪いけど、あまり時間が無いのよ 朝までには、終わりたいのよ。
何が、1番知りたい?」
「俺を どうしたいんだ、 殺人犯にしたいだけか?自分の娘を殺してまで、何故、 最後まで催眠をかけないんだ。
何も、わからないうちに 逮捕された方が お前にとっては 都合が良いんだろ。
何故、目覚めさせた 綾のあんな姿・・・見ないで済んだのに・・・何故・・・」
「起きちゃったんだもん 私は、最後まで かかっている予定だったのに
自然現象には、勝てないみたい 良い勉強になったわ。
お返しに 教えてあげる 。
誰でも 良かったのよ、 あの2人を消してくれる人なら。
ちょうど あなたがいた、ただ それだけ
母も 綾も、 あなたの事 嫌がってたわ。
気持ち悪いって。
酷いでしょう、 だから、催眠術を 掛けたの。
3年間も、2人と あなたに 掛け続けて来たから、 随分上手になったわ。
でも、 お漏らしで 目が醒めるなんて 意外だったなぁ。
あなたも、少しは、楽しめたでしょう 綾みたいな 若い肌を 堂々と見れたんだから。
綾は、あなたと 恋愛になって 心中したの。
母は、 それを 止めようとして あなたに 殺された。単純でしょう。
私は、最初に 刺されて 気を失ってるうちに、 綾と 母を。
最後に もう一度 刺してもらうんだけど、本当はね、 あなたには記憶が無いから、このまま 捕まってもらうつもりだったけど、これだけ 知ってしまったら そうもいかないわね。
だから、選ばせてあげる。
このまま 捕まって 死刑になるのを ただ、待つだけの日々を過ごすのか。
今、この場で 自分で、 終わりにするか。」
「死刑・・・俺・・・死刑になるのか」
「残念だけど、 間違い 無いでしょうね。 だって、 私が、証言するんですもの。
どっちみち、死ぬのよ あなたは。」
そう言いながら、 美香が 体当たりして来た。
「ウッ・・・」
右手に 握られていた 包丁が 美香の 脇腹あたりを 傷つけていた。
「何・・・してんだ・・・」
傷口を押さえて 座り込んでいる。このまま 、美香を殺せば・・俺は・・・
「無駄・・よ あなたに 私は、殺せない。 あなたは、私に 服従するのよ・・やってごらんなさい。」
目の前で、 痛そうに 蹲っている 美香に 包丁を 振り上げた。
ただ、腕を下げるだけなのに、たった それだけの事が、出来ない。
「言ったでしょ・・・無駄だって。
ほらっ もう時間無いわよ。 早く選んでくれるかしら。
もう 警察も来るわ。 聞こえる? 死刑を 待つ? 自分で 終わりにする?」
微かに サイレンの音が、確実に近づいている。
窓の外に 赤色灯の規則的な 点滅が、見えてきたような気がする。
まだ、右手から、包丁が 離れない。強力な 磁石で 張り付いているようだ。
点滅に合わせるように、心臓が 爆音を あげている。
相変わらず、美香は、笑ってる 。 痛いはずなのに 嬉しそうに 笑ってる。
もう・・・決めないと・・・
「最後に 1つだけ 教えてくれっ お前は、これで、幸せなのか。」
「ふふふふ わかんないわ 私が、 死ぬ時に 教えてあげる その時に また、 会いましょう。」
美香の 言葉が、 合図の様に、 俺の右手は、 俺の頸動脈を 正確に切り裂いた。
1番恐ろしいのは、身近な 他人だった。