影人、人の子を育てる5歳3カ月
「とおちゃん〜」
オーレルは、愛らしい声で畑仕事をするセルムルスを呼びながら彼の背中に飛びついた。
「うお!なんだ!?」
突然の衝撃に驚きながらも背中にくっついているオーレルを見る。
「えへへ〜遊ぼ〜とおちゃん。」
「遊びたいのはやまやまだが今、畑仕事の最中なんだ。終わってからな。」
「ええ〜つまんない。後で、いいじゃん。遊ぼうよー」
「わがまま言わないでくれ。終わったらちゃんと遊ぶから。」
「ぶー」
オーレルは頬を膨らませ不満を現しながら切り株に座る。それを見るとセルムルスは畑仕事を再開させた。
この2年でオーレルをいちじるしい成長を見せた。言葉もキチンと発声できるようになり1人でご飯を食べれるようになった。セルムルスは、その成長を喜びながら1つの不安があった。それは、前にサリーが言った一言が原因だった。
『オーレルに魔法を教えたい。』
オーレルは、魔法に関しての才がある。それを活かしたい。それは、素晴らしい提案だった。しかし、彼は断った。オーレルには何も殺して欲しくない。彼はそう思っていたのだ。魔物が闊歩しているこの世で戦う術が無いのは死に関わる。しかし、それでもオーレルが殺すのに慣れてしまうことに恐怖を感じた。
残酷な世界でも優しく育ってほしい。
それが、彼の父親としての願いだった。
「とおちゃん?お仕事終わったの?じゃあ、遊ぼう!!」
身体を動かさず立っていたセルムルスをオーレルは呼ぶ。
「あっあぁ。そうだな、何して遊ぶ?」
「追いかけっこ!!とおちゃん逃げてね。私、捕まえる役!!」
「いいだろう。だが、そう簡単には捕まられるか?」
「ムー。すぐ、捕まえるもん!!」
セルムルスに向かって全力で向かってくるオーレル。それをギリギリまで待ってからセルムルスは避ける。この行動がずっと続く。数十分、追いかけっこが続くとオーレルが木の根にひかかって前向きに転んだ。
「おい!大丈夫か!?」
セルムルスは慌ててオーレルに駆け寄る。彼女の肩に触れようとすると突然、立ち上がりセルムルスに触った。
「へへー。私の勝ちー」
笑ながら言うオーレルに自分が騙されたと気づく。
「あー、やられた。ははは。オーレルには敵わないな。」
笑いながらオーレルの頭を撫でる。オーレルも嬉しそうに笑っている。
「じゃあ、十分遊んだし、帰って飯にするか。」
「メシーー!!」
「よし。帰るぞ。」
「とおちゃん、肩車ー」
「まったく・・・ほら。」
しゃがんだセルムルスの肩に股をかける。そして、両足を握って立ち上がる。
「高い高い!」
「帰るか。」
「うん。」
こうして、家まで2人は帰路に着く。
自宅に帰るとセルムルスは庭にある井戸から水を汲み上げ、料理用と洗う用にそれぞれの桶に分ける。そして、洗う用で手を洗うと台所に向かう。
「とおちゃんーできるまで、オルとスーと遊んでていい?」
「いいぞ。ただし、手をしっかり洗えよ?」
「わかった!!」
オルとスーとは、オーレルがつけたオルトロスとムーファスパイダーの名前である。この2匹も自分の身体の一部を使って育ったオーレルに懐きオーレルも可愛いがっている。既に2匹の鎖を解きいつでも逃げれる用にしたがここでの生活に馴染み、居座っている。セルムルスも自分が面倒みれない時には助かっているので文句は言わない。
「影火」
指先に魔力を少し込めて魔法を唱えると小指程度の大きさの黒い火が現れる。その火を台所の下にある火をつける場所に近づける。黒い火は、集められた薪に移動して燃え始める。それを確認すると鍋に水をコップ4杯分まで入れオルトロスの乳と畑で収穫した野菜を入れて煮込む。途中で焦がさないようにしっかりとかき混ぜる。このやり方は以前、森羅族の女性から教えてもらっていた。というのも、彼は料理ができなかった。1人だったころは畑でとれた野菜を生で食べていたがオーレルを育てるためにと教えてもらっていたのだった。
十分なほど煮込み終わると小皿に少しとり味見する。
「うん。問題ないな。」
彼は、自分の出来に感心すると皿にスープを注ぎテーブルに置く。
「ご飯できたぞー」
そして、大声で言うと外から急いで帰ってくる。
「ご飯!!」
泥とムーファスパイダーの毛で汚くなっていたオーレルはそんなの関係ないとばかりにテーブルに向かう。
「待て。」
セルムルスは彼女の服の襟を掴みオーレルを持ち上げる。
「そんな、汚い格好で食べる気か?身体を洗ってからだ。」
「えー。お腹すいたー」
「ダメだ。ほら、洗ってやるから行くぞ。」
襟を掴んだまま風呂場へと連れていく。風呂場に着くと風呂に外にある井戸から水を風呂の半分ほど注ぎ、影魔法を使い風呂を沸かせる。
十分な温度になったら桶にお湯を汲んでオーレルの身体を洗う。身体を綺麗にして新しい服を着るオーレルはテーブルのあるリビングへと走っていく。セルムルスは、汚れたオーレルの服を汚れた物をいれる桶にいれオーレルの後を追う。リビングに着くとオーレルが手にスプーンを持って足をバタバタして待っていた。
セルムルスは、ため息をつきながらスープを皿に注ぎテーブルに運ぶ。
テーブルにスープが付いたらすぐにスプーンを皿に入れて食べる。
「うまーい!!」
「そうか。そうか。」
純粋な褒め言葉に嬉しさを感じながらセルムルスも自分の前にあるスープに手をつけるのだった。