NINJA湯けむり旅情殺陣事件(挿絵あり)
リムケユの街に到着した俺たちは商談のあるタタルさん親子を除いたメンバーでユーニスちゃんを送り届けに行くことになった。木造建築の多いシトリンと違い、こちらは漆喰に酷似した美しい白壁の建造物が目立つ。
大通りに面した一際大きな旅館。そこがユーニスちゃんの家だった。
「この度は娘を助けて頂き本当にありがとうございました」
大きな子供がいるとは思えないような若々しい夫婦が頭を下げる。さすがエルフと言うべきか、どちらも不必要なほど整った顔立ちで、正直近くに立たれると俺が霞む危険性があるのであまり御一緒したくない。霞むもくそも顔を隠してるだろう、って?気分の問題というやつだ。
「お礼にはなりませんでしょうが、よろしければ部屋を用意させますので今夜はわたくし共の旅館にお泊まりください」
「いえ、体が勝手に動いただけですし……ご厄介になるわけには」
「うちのお風呂は源泉かけ流しなんだよ、サイゾーさん」
断ろうとした俺の意思をユーニスちゃんの言葉が打ち砕く。
「是非泊まらせて頂きます!」
NINJAも温泉の魅了攻撃には勝てないのだよ……。この時、俺はこれが事件の始まりになるとは知るよしもなかった。
案内された部屋は内風呂のある実に立派なもので、部屋に入った瞬間に感嘆のため息をつく。畳が無いのが残念だ。これで畳の部屋ならパーフェクトだったのに。
「おお、本当に内風呂がある!」
何をおいてもまず風呂が気になったおれは内風呂を覗く。日本で言えば檜風呂といった造りになっていた。まあ、檜なんかこの世界に無いから違う木材なのだろうが。とにかく異世界に迷い込んで初の温泉に俺のテンションはうなぎ登り。入っていいよね?もう俺入っちゃうよ?男の入浴シーン云々かんぬんなんてもう今は気にならないくらい俺の心は温泉一色だ。
「はーー……生き返る」
「この温泉は美肌効果があるのよね~。うふふ、ツルツル卵肌」
「ああ、たまにはこういうのも悪くないな」
気付いたか?そう、混浴だ。羨ましいだろう?羨ましいだろう?だが、ちょっと待って欲しい。混浴のせいか全員タオルを巻いて入浴しているわけだが……タオルを巻いただけの方が、ロベリアさんの露出度がいつもより低いんだ。風呂に入って露出度が下がるとはこれ如何に。
「ところでサイゾー」
「なんです?」
乳白色の湯を手のひらでかき混ぜながら俺は返す。
「なぜ顔を隠しているんだ?」
そう、俺もタオルを巻いて入浴している……顔にな。食事中などの短時間なら平気なのだが、長時間顔を晒してると発狂しそうになるというマイナスNINJA補正。色々試してみたが長時間晒せないのは顔だけのようで、前に宿屋の部屋で一日フルチンで過ごしてみても大丈夫だった。誰も見ていないとたまに褌から解放されたくなるよな?あの開放感は癖になる。
「……これには深い事情があるんですよ」
遠くを見つめて呟くと「そうか……すまない。不躾な質問だったな」とロベリアさんが追及を打ち切る。その時、ガラッと内風呂の引き戸が開きタオルを巻いたユーニスちゃんが現れた。
「お風呂は気に入ってもらえましたか?リムケユのもうひとつの名物、ニシュン酒を持ってきましたよー。これは冷やしても燗しても美味しいんです」
そう説明しながら桶に酒の容器を入れて湯に浮かべてくれる。温泉と酒……なんという至福の組合わせだろう。
「ささっ、まずは一献」
ユーニスちゃんが勝手に俺の隣で湯につかりながら酌をしてくるが今は良しとしよう。まずはぬるく燗された酒の香りを楽しむ。日本酒の中に少し甘さを混ぜたような香りがした。俺は期待を膨らませて酒を舐めるように少し含む。
【常態異常・毒にかかりました。種類・青散毒】
「ペロッ……こ、これは青散毒!」
テロップを視界の端に捉えると共に、俺は杯を取り落として湯に倒れ込んだ。
「サイゾー!? 」
「サイゾーくん!? 」
ロベリアさんが慌てて俺を湯から引き上げる。そんな軽々と持ち上げられると男のプライドが……筋力特化さんさすがです。
「そんな……誰がこんなことを!? 」
ユーニスちゃんが口に手を当てて真っ青になって呟く。
「とにかく解毒しなきゃ!“解毒”」
モーガンさんが解毒魔法を俺に掛けると徐々に体が楽になっていった。
「……し、死ぬかと思った」
「大丈夫?ロッドの補助無しで解毒したから、部屋に戻って念のためもう一度解毒しておきましょう?」
モーガンさんが心配そうに覗き込んでくる。いや、ロベリアさん、そのまま運ぼうとしないでください。おっぱいが当たる感触は素晴らしいけれど、俺のプライドが粉砕されるから自分で歩かせて!
「ユーニス、この酒を用意したのは誰だ?」
「そ、それは……」
ユーニスちゃんがロベリアさんの問いに答えようとした時、再び内風呂の引き戸が開け放たれた。
「チッ……無事だったか」
「ケイト兄さん!」
戸口に背を預けた体勢で男が立っている。なんだこのキラッキラした野郎は……背景に花背負ってるぞ、おい。比喩じゃなくさっきからケイトと呼ばれたエルフ男の背後に花が生成されているんだ。
「フン、お前が妹の見つけた婿候補か。何ともマヌケな出で立ちだな?こんなものが本当に強いのか?」
勝手に婿候補にされても困るんだが。というか、これってやっぱりイベントに含まれ……
「このNINJAサイゾーを暗殺しようとは……貴様どこの手の者だ?」
ますよねー。はい、オートNINJAモード入りましたよ、糞が。もうどうにでもなれ。いや、やっぱり自重してください、オート俺!
「その上、暗殺にくノ一ではない女人の手を借りるなど……それが漢のすることか!それでも漢か、貴様の魔羅は何色だ!」
怒りを湛えて立ち上がる俺の股間には大人の事情で風呂桶が装着されている。おお神よ、落ちない桶の奇跡が今ここに。
「な!? い、色は関係無いだろう!? くそ、こんな変態に妹をやれるか!ここで始末してやる」
ケイトが真っ赤な顔をして怒鳴った。キラッキラのイケメンエルフのクセにもしかして童貞か?童貞なのか?
「いいだろう。このNINJAサイゾー、受けて立つぞ」
「サイゾー!? 」
「手出し無用に願う、ロベリア殿。これは俺の戦いだ」
ケイトが植物の蔦を生成して鞭のように床を打つ。
「気を付けてください!ケイト兄さんは植物魔法が得意なんです!」
俺は道具袋から忍者刀を取り出した。相手には虚空から取り出したように見えただろう。
「いざ、尋常に勝負!」
蔦をより合わせた鞭が複雑な軌道を描いて俺に向かってくる。それを斬り捨てようとすると突然、鞭の先端が幾つもの蔦に分かれて襲ってきた。
「く……!」
俺は大きく後方に飛んで蔦を回避。それでも風呂桶は落ちない。
「掛かったなアホめ!僕のこのフラワーウィップは一本ではないんだよ!」
俺を捕らえようとする蔦を斬り落としながら尚も後ろに下がる。壁が背中につき逃げ場が無くなったところで俺は唇を噛み締めた。
「さあ、観念しろ!妹は渡さない!」
ケイトが得意気で酷薄な笑みを浮かべて迫る。バシャッと足元で湯が跳ねた。
「ふっ……阿呆はお前だ」
「なんだと?」
「地遁十法・水遁の術!」
俺を追い詰めるために湯に足を浸していたケイトの足元の湯がゴポリと動き、瞬く間に彼の体を包み込み捕らえた。
「この!……ガボッ」
「斬!」
忍者刀が閃き、宙で固まっている水球ごと斬りつける。水球が割れ、同時にケイトの服も細切れになって散った。
「うわぁぁぁ!? 」
股間を隠して踞るエルフ男。羞恥と憤怒で歪んだ顔を向けて吐き捨ててくる。
「く……殺せ。僕はお前を殺そうとした。逆に殺されるのも覚悟している」
俺はそっと風呂桶をケイトに差し出す。
「殺しはしない。この湯を、身内のために命を掛けようという男の血で汚すことを誰が望むというのか……」
「……僕を許すというのか?」
桶を差し出したままふっ、と笑って俺は答えた。
「お前はもう裸ではないか。確かに風呂に着衣で入る者は成敗すべきだろう……だが、今のお前はどうだ?そう、お前は風呂に入りに来た、それだけだ」
「フフ……これは敵わないな。そうか僕は風呂に入りに来ただけか」
ケイトは立ち上がって風呂桶を受け取り股間を隠す。湯けむりが立ち込める風呂場。そこには股間に桶を装着し、固く握手を交わす二人の男たちがいた。
「さぁ、風呂にはいるぞ。朋友よ!」
「ああ、勿論だとも!」
そんな光景に冷たい視線を向けるのは女性陣。
「「「男って……」」」
あれ?当たり前のように女性側にいるモーガンさんは一体……。
【エルフ(着衣)を成敗しました】
こうして、湯けむり旅情殺陣事件は幕を閉じた。
殺陣は“たて”だろって突っ込みはキコエナイ。




