裸NINJA、旅に出る
どうも、あの宴会の日以降シトリンの冒険者ギルド内におけるあだ名が“裸NINJA”になったサイゾーです。受付嬢の一部が養豚場の豚を見るような目を向けてきます。死にたい……。
ギルドのイロモノ枠に入れられてしまった以外はギルドランクもDに上がり、迷宮での稼ぎも上々と順調だ。順調過ぎて元の世界に帰れる方法はあるのかという命題を早くも忘れかけている。俺の中で『定住してもいいじゃないか』派と『帰れよ、この親不孝者』派とが論争からの場外乱闘を繰り広げるに至り、とりあえず出来る範囲で情報を集めるくらいはしておこうか、という玉虫色の結論に落ち着いた。
「よう、裸NINJA!今日は迷宮か?それとも討伐か?」
「お、裸NINJAじゃないか。今日は日帰りか?もし日帰り依頼なら俺らのパーティーと夜に呑もうぜ!」
ギルドに行けば男の冒険者たちが気安く声を掛けてくる。日本の宴会芸は偉大だな。でもそのあだ名を連呼するのはやめてくれ、やめてください。
「やだ、あれ裸NINJAじゃない?」
「ホントだ、裸NINJAよ」
「あら、私は面白くて好きよ?裸NINJA。……恋人にはしたくないタイプだけど」
ギルドの女性冒険者からは珍獣か何かのように遠巻きにされる。日本の宴会芸許すまじ……。いやいや、俺は恋人には最適な男ですよ?誠実かつウィットに富んだ会話もこなせる小粋なNINJAですから。
「すっかり人気者だな、サイゾー」
「男にばかりモテモテ人気者でも嬉しくないですよ!厚い胸板には微塵も興味ありませんからッ!」
半ば慰めるように肩をポンポンと叩きながら言われた台詞に泣きたくなった。いいもん、俺と話してくれるロベリアさんがまだいるし。
「お前今、何か失礼なことを考えなかったか?」
「いいえ、今日もロベリアさんは相変わらず(おっぱいが)素敵だなと思っていただけです」
男の子がおっぱい星人なのは仕方のないことだと思う。人は自分に無いものを他人に求めるのだ。そして男にはおっぱいが無い。つまりそういうことさ。
「な!? からかうな、サイゾー!……まったく、調子のいいやつめ」
頬を赤らめてそっぽを向いたロベリアさんをモーガンさんが逃すはずもなく。ここぞとばかりに茶々を入れる。
「あら?どうしたのぉ~?ロベリアったら真っ赤よ?もう、サイゾーくんも罪なオトコねぇ~」
「このこの」と言いながらモーガンさんが俺の脇腹をロッドで突いてきた。モーガンさんのロッドは敵に接近された時に魔術師 (物理)が出来るよう、金属で補強された頑丈なロッドなのでちょっと痛い。
「ほら、さっさと依頼受付を済ますぞ!」
ロベリアさんが強引に話題を変えてくる。今日は俺の要望によりリンディの街方面の依頼を探していたのだ。
マヨネーズがドロップアイテムのこの世界、もしやと思い味噌や醤油がドロップする迷宮は無いかと聞いてみたら案の定あった。麹菌を見付けなくても味噌や醤油が手に入るとはこれ如何に。発酵とかどうなってるんだろうな?
モンスターが跋扈するこの世界では交易に護衛は必須で、街の迷宮からドロップする物以外は割高になってしまう。なら、無限ストレージたる道具袋を持っているのだから欲しいものがドロップする迷宮のある街に行って大量に買い付けてしまおう作戦だ。暇がありそうならその迷宮自体に潜ってみるのも悪くない。
これは別に食い気から来るものだけではなく、俺の道具袋に入っている回復アイテムにも限りがある。今はまだ大量にあるからいいが、無くなった時のために材料の仕入れルートは確保しておきたいのだ。この世界にも回復薬は存在するが高い上に、試してみると俺がモノノケバスターから持ち込んだ回復アイテムのほうが効果が高かった。材料さえあればゲームスキルで作製出来るのだが、和風ゲームだけあって悉く和食。米、味噌、醤油はほぼ必須となっている。まあ、なんちゃって和風ファンタジーだから何故かラーメンとかカリフォルニアロールとかちょっと日本食か悩むような回復アイテムも結構あるんだけど。
「ん?これって……」
依頼を探していると見知った名前が目に入った。リムケユの街を経由してリンディの街までの護衛依頼、依頼人はタタルとある。この世界に俺が迷い込んで初日に助けた行商人だ。
「どうした?」
「いえ、面識のある行商人の依頼を見付けたもので」
二人がひょいと依頼書を覗き込む。冒険者の識字率は高くないため代読業が存在するが、幸いにも俺たちのパーティーメンバーは全員読み書きが出来るため必要ない。
「あら、いいわねこれ。リムケユの街は湯治場があるのよ。ね、これにしましょう~?」
「湯治場……だと?」
湯治場、つまり温泉だ。基本的に風呂は富裕層にしか広まっていないため、水浴びしか出来ない環境に些か閉口していた俺はモーガンさんの言葉に食いついた。
「これ!これにしましょう!温泉がっ、温泉が俺を呼んでいる!」
「やった~、お肌ツルツルになるわよ~」
「おい、遊びに行くんじゃないんだぞ?」
こうして、俺たちのリムケユ温泉ツアー湯けむり旅情編の開始が決定した。……そう俺たちの旅はここからだ!
【御愛読ありがとうございました!NINJAサイゾー先生の次回作にご期待下さい!】
テロップが俺の内心の言葉に合わせてメタなテロップを流す。テロップにそんな学習機能はいらないし、打ち切りもされない!十週すら立ってないのに打ち切りエンドなんて御免被る。
「いやぁ、またお会いしましたな。サイゾー様が護衛を引き受けてくださるとは心強い」
旅の支度を整えて街の入り口で落ち合うとタタルさんが満面の笑みで迎えてくれた。壊れた馬車を新調したようで真新しいものに変わっている。
「サイゾーさんったら、もう女の人を二人も捕まえたの?」
タタルさんの娘、シェーラちゃんが少し頬を膨らませてそう言った。
「これ!シェーラ!」
タタルさんが娘の軽口をたしなめるが、俺は気にしなくていいと手を振る。年端もいかない少女の軽口にムキになるほど大人げなくない。
「いえ、構いませんよ。何より片方はおと……クボァッ」
モーガンさんの強化ロッドによる、マイサンへの痛烈な打撃に俺はそのまま地面とキスをしてのたうちまわる。同じ男の急所を狙い打つなんて、極悪非道にも程があるだろう!?
「何か言ったかしら~?サイゾーくん?」
涙に歪む視界に映る魔術師の微笑みが俺には死神に見えた。ロベリアさんが「大丈夫か?」と背中をさすってくれるが答える余裕が無い。
出発前に回復アイテムを使うというハプニングに見舞われつつ俺たちは旅立った。
そして俺は今、鶏に乗っている。いや、馬を用立てようとしたら俺、乗馬スキルが無かったんだ。モノノケバスターでは基本的に口寄せの術で呼び出した物の怪に騎乗するため、乗馬スキルは存在しない。
タタルさんとシェーラちゃんは馬車に、それを守るように先行してロベリアさんとモーガンさんが馬に乗って周囲を警戒していた。なのに俺だけ鶏に乗っている。あのシトリンの迷宮で封印したメガクックだ。鶏に跨がるNINJA……なんてマヌケな絵面だろうか。
しかしこの鶏、本来はそれなりに深い階層に出現する魔物だけあって街道沿いの弱いモンスターならメガクックが先頭を進むだけで逃げ出して行く。マヌケさを補って余りあるメリットがあった。
「いやはや、サイゾー様はテイマーでもあらせられましたか」
タタルさんが感心したように鶏を見やる。
「いえ、ただのNINJAです」
こうしてみると、NINJAって近接攻撃に遠距離攻撃に口寄せの術によるテイミング、と実に便利だ。オートNINJAモードさえ無ければ、と注釈がつくけれど。
「サイゾー、街道沿いのモンスターの様子が妙だ。少し急ぐぞ」
ロベリアさんがそう呟いて馬足を上げる。俺も鶏足を上げる。しばらく進むと何やら前方が騒がしくなってきた。
「大変!誰かモンスターに襲われてるわ!」
遠見の魔法を使ったモーガンさんが叫ぶ。俺はその瞬間、嫌な予感がした。この展開は所謂イベントじゃないか?つまり……
「我が助けを求める声が聞こえる!往くぞ、トリ丸!魑魅魍魎を蹴散らし、闇を斬り開くのだ!」
あああああぁぁぁぁぁぁ!やっぱりオートNINJAモードかよぉぉぉぉぉぉ!
マヨネーズ、味噌、醤油、温泉……異世界テンプレをサクサク消化。あとはコメと……何がテンプレになりますかね?