宴会芸とNINJA(挿絵あり)
メガクックがドロップしたのは金の卵。そう、黄金だ。つまりこれがかなり良い値で売れたわけで、俺たちは酒場でなかなか豪勢な打ち上げと相成った。
そこまでは良かったのだが、酔いが回るうちに酒場に居た他の冒険者たちも巻き込み、宴会の様相を呈し始めてしまったのが悲劇の始まり。
宴会、それは社会の縮図。中心となって盛り上げる者がいれば、逆に隅で縮こまって寂しく酒を飲む者がいるのもまた宿命。宴会という空気に乗り遅れればぼっちという過酷な運命が待っているのだ。何より宴会の最中に隅で寂しく飲んでいる奴は十中八九モテない。ああ、そうだ。つまり俺はいま戦場に立っている。
「おら、新入り!何か一発盛り上げろよ!」
この街の古参らしき筋骨隆々とした熊のおっさんが俺に無茶振りをしてきた。
「おい、ゲン。サイゾーに無理を言うな」
ロベリアさんがゲンと呼ばれた熊男をたしなめてくれるが、ここで引き下がっては男が廃る。それにしてもどんだけ飲むんだ、ロベリアさん。一樽くらい飲んでないか?そして俺の隣に座って「酔っちゃったみたい」としなだれかかってくるオカマ魔術師をひっぺがし俺は立ち上がった。
盛り上げろということは宴会芸をやれということだろう。ここで断ればノリの悪い男と思われてしまう。だがしかし、だ……安直なことをして滑ってしまえば俺の宴会内の地位は最底辺に落ちると予想される。それはまずい。スマートかつ大胆に、このカオスな宴会を一気に掌握するくらいのことはしなくてはならない。
酒に霞んだ俺の脳味噌よ、どうか今だけ働いてくれ。俺に最高の宴会芸のアイディアをっ。
しかし待ってくれ。ここは異世界。向こうの一発芸は理解されない可能性がある。あまり斬新なネタは回避すべきかもしれない。ならば古き良き日本の宴会芸を披露すべきではないか?
……ここで適当な忍術で誤魔化すという選択肢が浮かばなかった時点で、この時の俺は相当酔いが回っていた。
「良いだろう。このNINJAサイゾー、受けてたつぞ!」
「飲み過ぎだぞ、サイゾー。そろそろ止めておけ」
「俺はまだ飲めます。酔ってませんよ、ロベリアさん」
そう言って俺は酒杯を煽り、ロベリアさんに向き直る。
「見ていてください。最高の宴会芸をお見せします」
この時は爽やかにキメたつもりだったが、後々思い出すと完全に酔っぱらいの戯言である。
道具袋から筆を取りだし、早着替えのように一瞬で脱衣。褌一丁になって俺は叫んだ。
「刮目せよ!これがJAPANの宴会芸!」
NINJAサイゾーになった俺の体はしなやかに引き締まり、くっきりと腹筋が割れている。その肉体を惜しみ無く見せつけつつも、腹部に筆で描かれた顔が愛嬌を醸し出す。そう、腹踊りだ。これぞ、日本の宴会芸。
「いやーん、サイゾーくん。ステキ!もっと脱いでー!」
モーガンさんが囃し立てるが、さすがに褌を脱がない分別はある。
「野郎の裸なんか見ても楽しくねーよ!」
野次を飛ばすのは狼族の冒険者。その野次も盛り上がりに一役かっているのだから今は許そう。
「異世界人よ!これがHARAODORIだッ!」
ああ、頭が痛い。吐き気もする。俺はガンガンと痛む頭に呻きベッドに沈む。
「ん?ベッド?」
昨日腹踊りした後の記憶が無い。横を向くと褐色の肌とベビーブルーの髪。
「ああ、起きたか。サイゾー」
目の前に揺れる豊かな乳に目を奪われそうになるが、俺は必死で記憶を掘り起こす。まずい、何も思い出せない。
「昨日、サイゾーくんってばロベリアに抱きついたまま寝ちゃったのよぉ?」
逆隣ではモーガンさんが気だるい表情で起き上がっていた。良かった、過ちは犯していないらしい。いや、良くない。抱きついただと?
「すみませんでしたーー!」
俺はベッドから飛び降りて土下座する。会ったばかりの女性に抱きついたまま寝落ちなんて完全にアウトだ。殴られても文句は言えない。
「フフ、酒の失敗は水に流すのがセオリーだろう?気にするな」
怒る権利を放棄してロベリアさんは笑って許してくれた。そして笑みを浮かべたまま爆弾を落とす。
「ところでサイゾー。昨日言っていた“異世界人”とはどういうことだ?」
「え?」
俺は混乱しながら再び記憶を掘り起こす。今度は思い出せた……言った、宴会芸の最中に叫んでたよ俺。あまりの大失態に手で顔を覆ってしまう。
「えーと、その……黙秘権は」
「一晩、私の胸を枕にした心地はどうだった?」
穏やかな声音なのに逆らうことを躊躇わせる何かがある。黙秘権を行使する代償は高くつきそうで、俺は早々に白旗を上げた。
「まあまあ、とりあえず朝ごはんにしましょ?と言ってもサイゾーくんは二日酔いでマトモに食べられないだろうから、食堂借りて干しヤラ貝のスープでも作ってあげるわ。二日酔いに効くのよ」
なるほど、しじみの味噌汁みたいなものか。この時ばかりは女子力の高いオカマの存在が有り難い。
俺は干しヤラ貝のスープを二人はグリーンポテトにボイルしたソーセージと温野菜を添えてマヨネーズベースのソースを掛けた朝食を摂りながら全てを話した。荒唐無稽過ぎて我ながら有り得ないとは思ったが、これが事実なのだから仕方ない。
「道理で子供でも知っているようなことを知らないことがまま見受けられたわけだ……」
「こんな荒唐無稽な話を信じてくれるんですか?」
俺が聞くと、ロベリアさんは少し首を傾げて答える。
「本当のことなのだろう?私には理解出来ない内容もあったが、サイゾーが嘘をついてるようにはみえないしな」
「サイゾーくんって馬鹿正直に考えてることが顔に出るものね」
クスクスと笑いながらモーガンさんが茶々を入れた。俺は見知らぬ異世界で思いがけず触れた優しさに潤む目を誤魔化すように「顔に出るって、俺顔隠れてるじゃないですか」と文句を言う。
日本に居た頃は気にしたことが無かったけれど、理解者が居るというだけでこんなにも心強いものだったのか。
「ありがとうございます」
気負うでもなく、自然に頭が下がった。心から誰かに感謝したとき人は自然に頭が下がるものだと知る。そこに卑屈な気持ちは無く、ただ胸が暖かくなる心地がした。