魔術師とNINJA(挿絵あり)
ギルド前の広場で俺とスキンヘッドが向き合う。未だに体の自由がきかずにオートNINJAモード継続中。どうやらイベント的事態に遭遇するとこうなるのではないだろうか。ゲームならまだしも現実でイベント進行中は操作不能なんて酷い冗談だ。
スキンヘッドの得物はハンマー。急所に当たらずともあんなものをマトモに食らえば骨が砕けてしまう。
「ぶっ潰れろよッ!」
スキンヘッドが叫びながら大きなハンマーを振り下ろす。次の瞬間、ハンマーが俺の姿を押し潰した。
「サイゾー!」
焦燥の滲むロベリアさんの声が聞こえる。さっき会ったばかりの俺を心配してくれるなんてなんて良い人だ。いや、自分の事情に巻き込んだ自責の念が主だってのはわかってるよ?でも夢くらい見たっていいじゃない、NINJAだもの。
「ギャハハハハ!ざまぁみやがれ!」
そう勝ち誇るスキンヘッドの背後に立ち俺は言った。
「ふっ、残像だ」
うわ、リアルにこのセリフ言う奴初めて見たよ。誰だよこいつ、俺だよ、死にたい……。
「な!?」
「悪は滅ぶべし。斬!」
刹那の間に幾つもの斬撃を繰り出し、涼やかな音を立てて忍者刀を納刀。
「安心するがいい、命まではとらない」
俺の台詞の直後、バラリと男の防具やその下の衣服、さらに下着までもが細切れになって舞い落ちた。残されたのは全裸のスキンヘッド。
「う……うわぁぁぁぁぁぁ!? 」
スキンヘッドが股間を手で隠しながら逃走する。こんな往来でフルチンなんて明日から街を歩けないな、あいつ。
「つまらぬものを斬ってしまった」
その言葉を最後に俺の体の自由が戻る。俺も明日から街を歩けないな……精神的なダメージで。
「サイゾー!お前強いな!驚いたぞ」
酒場に戻った後、ロベリアさんが俺を手放しで誉め称える。やめてください、さっきの痛々しい俺を思い出させないで……お願いだから。
「いえ、スキンヘッドが弱かっただけで。それよりなぜあんな風に絡まれていたんですか?」
当たり障り無い返事をしながら話題を変えることにした。
「それは私が魔族だからさ。ここいらじゃ魔族はあまり好かれてないからね」
「人種差別ってやつですか?」
「まあ、私たち魔族は魔境に引き込もってあまり出てこないから詳しく知られていないってのもある。身体能力が高いせいか、他種族を見下す傲慢な同朋が多いのも事実だしな」
苦笑しながら答えるロベリアさんの表情を慣れと諦念が縁取っている。冷めてしまったお茶を一口含んでから俺は言った。
「でもロベリアさんは親切じゃないですか。パイ一つで俺に色々教えてくれましたし」
「そう面と向かって言われると面映ゆいぞ……」
照れたのかロベリアさんは頬を掻きながら横を向く。クールな外見の割りに感情豊かのようだ。もうしばらくこうして会話を楽しみたいなと思っているとまた背後から声が響いた。
「ちょっと~、ロベリアが男と居るなんて珍しいじゃな~い?」
振り返るとこれまたロベリアさんとは毛色の違う美女が立っている。長い黒髪にラベンダー色の瞳、紫のローブを纏い手にはロッド……いかにも魔術師と言った出で立ちだ。黒髪の女性は俺を見て目を細めた。
「あら、いい男」
「いや、目以外隠れてますからね?俺」
「いい男」と言われて悪い気はしないが、如何せん目以外を覆い隠している忍装束ではいい男もクソも無いだろう。
「やーね、いい男は目を見ればわかるのよ~?知らなかった?」
パチッとウィンクをしてそう宣う。残念ながら胸はぺったんこだが、なかなか楽しいお姉さんのようだ。
「遅いぞ、モーガン」
「ごめーん、お化粧してたら遅くなっちゃって」
モーガンと呼ばれた女魔術師の答えにロベリアさんがため息をついてから、俺に顔を向ける。
「迷宮に潜るのに化粧が必要なのか、まったく……。サイゾー、こいつはモーガン。時々パーティーを組んで共に迷宮に潜っている」
モーガンが「よろしくね」と笑顔を見せる。
「モーガン、こちらはサイゾー。さっきハゲに絡まれて居たところを助けて貰ったんだ」
「またあのハゲ?今度会ったら粗末なイチモツを燃やしてやりましょ」
何やら恐ろしいことを呟いてモーガンさんは俺に向き直った。
「ふふ、アタシからもお礼を言うわ。ありがとう、サイゾーくん。キミ、なかなか漢気がありそうね~」
「いえ、体が勝手に動いただけですよ」
比喩ではなく体が勝手に動いたのだから仕方ない。オートモードオフ機能が欲しい、切実に。
「謙遜しちゃって、カワイイ~。ね、この後お暇かしら?良かったら一緒に迷宮に行かない?」
「おい、モーガン」
「いいじゃない。今日は軽く五階層に行くだけなんだし~」
この世界のことがまださっぱりわからない俺にとっては願ってもない申し出に一も二もなく頷く。
「お役に立てるかわかりませんが是非ご一緒させてください」
「ふふ、それにロベリアが普通に話せる男なんて珍しいしね~」
「モーガン!」
ニヤニヤ笑いを浮かべたモーガンさんをロベリアさんが睨み付けるが目元が赤くなっているので些か迫力に欠けた。
「ホントのことでしょ?」
「チッ……お前だって一応男じゃないか」
ん?男?
「ちょっとぉぉ!いい男の前でそれをバラさないでよ!」
モーガンさんが「ヒドーイ」と泣き真似をする。
「……オカマ?」
「いやん、心は乙女よ」
語尾にハートマークが付いていそうな口調で言われて俺は引き吊った笑みを張り付けたまま固まった。
綺麗なお兄さんは好きですか?俺は綺麗なお姉さんがいいです。
こうして、見た目だけ両手に花な臨時パーティーで俺は初の迷宮に赴くこととなった。