日雇いNINJA(挿絵あり)
黄昏が迫る頃、俺たちはシトリンの街に到着した。城壁に囲まれた街の入り口は門番が立っているものの、特に身分証のチェックなどは無いらしい。
「そういったことは国境の関所が主ですね」
タタルの言葉に俺は拍子抜けしてしまった。もっと厳格なものを想像していたのだが、ただの街の出入りを全て確認するのは無理があるのかもしれない。
商人のタタルと一緒だったおかげか、門番に呼び止められることもなくすんなりと街の中に入れた。
森が近いせいか木造建築が多い街は黄昏時ということもあり、帰路につく人々が目立つ。今晩はタタルに紹介してもらった宿に泊まって、明日冒険者ギルドに行くことにしよう。
二人と別れて宿屋の扉をくぐる。赤い屋根の三階建ての宿屋はカントリー風ながらこざっぱりしていて悪くなさそうだ。
「いらっしゃい!一泊半銀貨一枚だよ」
景気の良い声でそう言ったのは豚。雌豚とかそんなちゃちなもんじゃなく、二足歩行のまごうことなき豚がカウンターに立っている。辛うじて声でメスだとあたりをつけた。
「えーと……とりあえず一泊で頼みます、豚さん」
「ちょいと、アンタね。アタシは確かに豚族だけど、カトリーヌって歴とした名前がある!まったく、最近の若い連中は」
豚のくせに優雅な名前のカトリーヌさんはぷくぷくした頬をプリプリさせて怒る。とてもつつきたい。
「すみません、豚族の方を初めて見たもので驚いてしまって。そのキュートな巻き尻尾に免じて許してください」
そう言うとカトリーヌさんは顔を赤らめて俺の肩を叩いた。
「やだよ、もう。そんなに誉めたって何も出ないからね!」
変なフラグを立ててしまった気がして俺は日本人的な曖昧な笑みで誤魔化すと、部屋の鍵を受け取って階段を昇る。残念ながら風呂は無いようだ。
「……これからどうするかな」
先のことを考えようにもまず情報が足りない。元の世界に帰れるのか、このままなのか。そんな答えの出ない自問自答を繰り返しているうちにいつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝、宿屋で朝食を食べてから冒険者ギルドを目指す。宿屋の食堂でカトリーヌさんが意味深な視線を投げてきたが気付かない振りで押し通した。
ちなみにこの辺りの主食は芋のようだ、ただしその芋は中まで若草色をしていたが……。昨日歩いた辺りに畑は見えなかったがモンスターの居るこの世界の農業事情はどうなっているのだろうか?
「ここか……」
木造建築が多い中で冒険者ギルドはレンガ造りの建物だった。両開きの扉を開けると正面にカウンターがある。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
窓口に座っていた受付嬢に声をかける。少したれ目がちな目元にぽってり厚い唇、そして頭にはうさ耳……ギルドの制服らしい薄青を基調とした服よりもバニーガールの格好をさせたいお姉さんだ。胸元の名札には“アン・オスカーション”と書かれていた。
「かしこまりました。ではこちらのプレートに手を置いてください」
どうやら用紙に必要事項を記入したりする必要は無いらしい。低ランク冒険者が日雇い労働者と同義であるならば識字率が低いのかもしれないな。やがてプレートに文字が浮かび上がる。
名前/サイゾー
レベル950
ジョブ/NINJA
「え?レベルきゅうひゃくごじゅう?ジョブNINJA?え?こんなジョブ見たことな……」
受付嬢アンさんが目を白黒されて動揺を露にしたのを見て、俺はしまったと顔をしかめた。やり込みプレイ中だったため俺のステータスやレベルはカンスト間際だったのだ。
「それは俺の故国独自のジョブでして……」
「そ、そうでしたか。大変失礼致しました」
若干口元をひきつらせながらもアンさんは営業スマイルを取り戻す。
「通常Fランクからのところをレベル20以上の方ですと討伐依頼を受けられるEランクで登録可能ですが、こちらのサービスをご利用なさいますか?」
「えーと、利用すると何かデメリットはありますか?」
「特にはございません。Cランク以上の冒険者様になりますと緊急依頼が発生することがございますが」
デメリットが無いならと、俺はEランクで登録してもらうことに決めた。これで俺も晴れて冒険者、材質不明の黒いギルドカードを受け取って日雇いNINJA誕生である。
とりあえずどんな依頼があるのかと俺は掲示板を覗く。『常時依頼/迷宮にてグリーンポテトの収集。一キロあたり銅貨一枚』『街道のゴブリン駆除。ゴブリンの魔石ひとつあたり銅貨三枚』等々……迷宮があるのか、というか迷宮で食料がドロップするのか。
これは誰かに話を聞いた方が良さそうだと、俺は情報収集すべくギルドに併設された酒場へと移動した。
まだ朝と言うこともあり閑散としている酒場であったが、ちらほらと遅めの朝食をとっている人が見受けられる。誰に話し掛けよう……屈強なお兄さんやおじさんたちは怖いので出来れば女性がいい。下心なんかないぞ?
丁度良く、窓際のテーブルで朝食をとっている女性がいた。黒い巻き角、淡いベビーブルーの髪にそれとは対照的な小麦色の肌、大柄だが引き締まっていて何より胸がデカイのが高ポイント。決して下心はない。
「あの、ここいいですか?」
俺が声を掛けると訝しげに彼女は顔を上げた。気の強そうな瞳は琥珀色。
「席なら他に空いてるだろう?ナンパならお断りだ」
「いや、俺はこの国に来たばかりで……ちょっとここいらの冒険者事情を聞かせて欲しいなと思いまして。デザートか飲み物でも奢るから少し教えて貰えないでしょうか?」
物珍しげに俺を見やると彼女は小さく破顔する。キツイ眼差しが和らぐと一気に親しみやすい雰囲気になる。
「冒険者にしては随分と馬鹿丁寧なやつだな。いいよ、私はロベリアだ。報酬はここの紫南瓜のパンプキンパイでいい」
「俺はサイゾーといいます。なら俺もそれにしようかな」
店員にパンプキンパイを二つとお茶 (俺の知るお茶ではなく花を使ったハーブティーのようなものだった)を注文して俺はロベリアの向かいに座った。
楽しいお茶の時間でわかったことは、この世界は食料や燃料の供給は主に迷宮から成されているということ(つまり迷宮のあるところに街や国が出来る)また、迷宮ほどではないが街の外にも魔物が出るためその討伐と迷宮探索が冒険者の主な仕事になるということ。
「まあ、この街の迷宮は30階層ほどしか攻略されてないけどね」
それに付け加え、この世界の迷宮の最下層を見たものは未だに居ないとの話に俺のゲーマー魂が騒ぎそうになるがなんとか抑えて続ける。
「ということは、迷宮のほうが安定して稼げそうですね」
「ああ、安定して稼ぐなら迷宮。ドカンと一発当てるなら外で大物の討伐だ」
俺の言葉にロベリアが首肯した。
「迷宮のモンスターは魔石をドロップしないからな。食料や素材が主で量も嵩張る。迷宮に潜るなら高くても魔法のアイテムポーチを買うのがセオリーさ」
「それなら故郷から似たようなものを持ってきているので大丈夫です」
というか、道具袋と言う名の無限ストレージだ。これ以上便利なものは無いだろう。
こうしてしばらく情報収集というお茶会を楽しんでいると不意に背後からダミ声が響いた。
「なんでぇ、まだこの街にいやがったのか魔族のメス」
振り返ると嘲るような笑みを張り付けた強面のスキンヘッドが立っている。さっきまで柔和な光を浮かべていたロベリアが剣呑な眼差しをスキンヘッドに向けた。
「何か言ったかい?オス猿」
「魔族が人間様の街でデカイ顔してるんじゃねーよ。さっさと魔界に帰ってオークの尻にでもキスしてな!」
一応仲裁をするべきかと口を開こうとしたその時、また俺の体の自由がきかないことに気付く。
“オートNINJAモード”だ。俺は確信すると共に、絶望した。
「女人に口汚い言葉を浴びせるとは不届きな輩だ。表に出るがいい。成敗してやろう」
「あ?誰だテメーは!」
スキンヘッドが突然割って入った俺を睨み付ける。次のセリフが予想出来た俺は心の中でエア自殺を試みるも失敗。
「……俺は」
やめろ、言うな。今すぐ俺の口を縫い付けてくれ!頼むからッ!
「闇から闇に消える者。影から影に渡る者。モノノケバスターNINJAサイゾー!スキンヘッドよ、刮目しろ。俺がNINJAだ!」
なぜか何処からともなく発生した逆光という謎効果を背景に謎ポーズを取って叫ぶ俺。違うんです、オートモードなんです。全自動なんです。そんな目で見ないでください。ああ、死にたい……。