踊るNINJA、舞踏会へ行く(挿絵あり)
「はい、ロベリアはもっと笑顔で!ユーニスちゃんはクネクネし過ぎよ!サイゾーくん、そんなに雑に動かない!もっと水鳥が水面を滑るように!」
貸し出された広い室内で俺はモーガンさんにしごかれている最中だ。何って?ダンスの特訓だよ。俺とロベリアさんとユーニスちゃんがモーガンさんの手拍子でたどたどしいステップを踏む。
何故こうなっているのかと言うと、非合法の奴隷商を成敗してしまったことが芋づる式にネイの街の犯罪組織を壊滅させることに繋がり、その功績を称えるとかいう理由でネイの街の領主様によって舞踏会に招待されてしまったのだ。つまり今俺たちはネイの街に滞在中。
「こんな、ズルズルした服で、ステップを、踏みながら、笑えるか!」
ロベリアさんが珍しく裾の長い簡易な練習用のドレスを着て険しい顔で叫ぶ。
「これでも優雅に踊ってるつもりなのです」
ユーニスちゃんはクネクネと軟体動物のように踊っていてちょっと気持ち悪い……どうしてそうなる。
「俺は、陸棲生物なんで水面は滑れませ……あ、俺もしかして水面歩ける?」
かくいう俺はカクカクとロボットダンスの劣化版のような動きになってしまい、見苦しいことこの上ない。ユーニスちゃん以外は飛び抜けた運動神経を持っているはずなのにこの様だ。音感と運動神経は無関係だと確信した。俺が華麗に踊れるのは腹踊りくらいだと思う。それにしても、ダンスまで出来るとかなんだその高スペックなオカマは。
「正直、舞踏会への招待なんて罰ゲームですよ……」
一日中続いているダンス特訓にうんざりして俺は愚痴る。歌って踊れるNINJAになっても仕方ないだろう。
「私も舞踏会なんてパスしたいんだけどねー。貴族連中の顔を潰すと後々面倒なのよ」
「意外ですね、モーガンさんってそういうキラキラしてそうな場所好きなのかと思ってました」
するとモーガンさんは困ったように苦笑した。
「モーガンは元はオリヴィエ辺境伯の子息だからな」
「とうに勘当されてるけどね?だから貴族の集まりってちょっと苦手かなー」
モーガンさんが元貴族という事実に驚いて目を丸くする俺。
「すみません、こんな話をさせてしまって」
俺が謝るとモーガンさんは手を振って笑う。
「いいのよ、おかげで今は自由に好きな格好していられるし、皆と居るのが楽しいし。それに影のある女って素敵でしょ?」
パチッとウィンクをして軽く言ってのけるモーガンさん、この世界でオカマを貫くには何かと苦労が多いようだ。
「さ、そんなことより特訓の続きよ。舞踏会までには一曲は踊れるようになってもらいますからね!」
俺たちの特訓はそれから夜半まで続いた。ネイの街に居るかもしれないくノ一の情報を集めるのは後になりそうだな、これは……。
「ようこそお越しくださった。私はネイの領主レオナルド・ライザー。此度の貴君の御助力、領主として御礼申し上げる。ささやかな宴だが楽しんでいってくれたまえ」
シャンデリアが下がるダンスホールは若い男女が中心となり、色とりどりの華を咲かせていた。モーガンさんの話によると舞踏会は貴族のお見合いも兼ねているので次世代の若者が多く参加しているらしい。領主から一声掛けられた後、俺たちはダンスホールに繰り出す。壁の花になっていたいが、全く踊らないのは失礼にあたるからな。
「ところでなんで俺が三曲も踊らなきゃならないんだろう?」
着なれない正装に辟易しつつ俺は呟く。勿論、覆面はしたままだ。こんな大勢の前で長時間素顔をさらすとどれだけ弱体化するか解らない。下手をすると命に関わるんじゃないだろうか……。
「人間の貴族が魔族の私と踊るわけないからな。すまないが相手を頼むぞ、サイゾー」
「ダンスを教えたお礼に一曲くらいいいでしょ~?」
「なよなよした子種には興味がありません」
それぞれの理由を述べる三人。ユーニスちゃんだけ理由がおかしい。なんでそんなに下半身重視なんだよ!もっと男の中身を見ろ、中身を!俺はおっぱい星人だが、おっぱいの中身には夢と希望が詰まってるから問題ない。
諦めた俺はベル○らの登場人物になりきって踊ることに専念した。笑みを絶やさず優雅に踊るとか素面で出来るわけないだろ!
「ッ!」
「うひゃあ!? 」
ユーニスちゃんと踊っている時、突然背後からぶつかってきた者がいた。避けることは可能だったが相手が転んでしまうことが明白だったため、俺は片腕でユーニスちゃんを庇いつつぶつかってきた男を受け止める。
「ああ!すみません!すみません!ぼく、ダンスが下手くそで」
ペコペコと頭を下げる小太りの男。
「怪我はありませんか?」
「はい、おかげさまで。本当に申し訳ございません」
周りからは彼の失敗に嘲笑が向けられていた。
「まあ、あれはライザー伯爵様のご子息ルイス様じゃありませんこと?」
「女性ひとり満足にリード出来ないなんて」
「伯爵様は立派な方なのにねぇ……ご子息の資質に恵まれないとはお可哀想に……」
さざめく悪意にルイスと呼ばれた貴族はうつむいて震える。
「失礼。領主様のご子息でしたか。宜しければあちらで喉を潤しながら話しませんか?」
会場の別室には飲み物と軽食が用意されていて、俺はそこの扉を視線で示した。とりあえずこの注目から逃れたい。ルイスは沈黙したまま首肯した。
「すみません……気を遣って頂いて」
飲食が用意された部屋で俺たちはワインで軽く喉を潤す。ルイスは悄然としたまま頭を下げた。
「頭を上げてください。俺たちはしがない平民ですから、ね?」
「けれど貴方はこの街の犯罪組織壊滅に一役かった方なのでしょう?ぼくときたら領主の息子なのに美男子ではないし太っているし、ダンスは下手だし……貴婦人を喜ばせるような洒落た会話のひとつも出来やしない……」
なんだこの根暗男は。そりゃあ女も逃げるだろう、デブだろうがハゲだろうが笑っていればそれなりに人は寄ってくるもんだ。
「ぼくなんかきっとこのまま廃嫡されるのがお似合いなんだ……みんな陰でぼくを馬鹿にしている。ぼくは……ぼくは……」
俺の手が勝手に動きルイスの頬を張り倒す。肉を打つ音と共に小柄な体はそれだけで床に倒れてしまった。
「民の模範となるべき者がなんたるあり様!貴殿、それでも漢か!」
あれ?オートNINJAモードって戦闘以外にも出てくるのか?それともこれから戦闘が起こるのか?
「殴ったね!ち、父上にもぶたれたことないのに……」
しかし有無を言わさずもう一発逆の頬を打つ。やめろ、オート俺!それ領主の息子だから!その辺の子豚じゃなく高級ブランド豚だから、それ!
「ふっ、ならば父親に言いつけてくるがいい。しかし、それをやればもはや貴殿は二度と漢にはなれぬであろう」
「なん……だと……」
愕然とした表情でルイスは頬をおさえて目を見開く。けれど、次の瞬間にはもう俯いてしまった。
「どうしろって言うんだい……ぼくはなにをやってもダメなのに……」
俺は壁に生けてあった薔薇を一輪取り、ルイスに差し出す。まだ蕾の薔薇が揺れる。
「貴殿はまだこのように蕾なのだろう。しかし、そのように縮こまったままではやがて蕾のまま落ちてしまう」
そっとその一輪をルイスの社会の窓に差し込み「忍法。地遁十法・草遁の術」と唱えれば忍術によって薔薇の蕾がゆっくりと花開いた。
「貴殿に必要なのは今一歩踏み出すこと。この薔薇のように気高く咲いてみせるのだ」
ルイスが自分の股間に咲く薔薇を見下ろす。
「……ぼくは、この薔薇のように気高く咲けるだろうか?」
「咲けるとも。貴婦人を魅了する社交界の薔薇となるのだ!」
ルイスは今、ダンスホールの中心に立っている。緊張に強張る体。不安を誤魔化すように視線だけで俺を見る。その視線に俺はゆっくりと頷き返した。
音楽が奏でられる。曲に合わせて踊り出すルイス。
「ふっ……俺からの餞だ。忍法・桜吹雪!」
薄紅の花弁が舞う中で、ステップを踏む男がひとり。股間には気高く咲いた薔薇の花が揺れる。一心に踊るその姿に、もはや弱々しさはない。何かが吹っ切れた顔で踊るルイスを、観衆はただ呆然と見守っていた。
「サイゾーさん……ぼくはやりましたよ!」
「ああ、貴殿がナンバーワンだ!」
こうして俺は、社交界デビューしたその日に出禁を喰らった。領主様からは息子が前向きになったことの礼と共に「他に方法はなかったのか」という苦言を頂くこととなる。
消化したテンプレ【盗賊、ギルドで絡まれる、マヨネーズ、味噌、醤油、温泉、奴隷、貴族←new!】
貴族といったらベルサイユしか浮かばなかった。文句があるならベルサイユへいらっしゃい!




