NINJA、異世界に立つ(挿絵あり)
緋緋色金の刀身が閃くと、赤黒い肌をした巨大な鬼の頭部が斬り落とされた。
「地遁十法・火遁の術!」
黒装束に包まれた男の言葉と共に火炎が渦を巻き、鬼を取り巻いていた魑魅魍魎を焼き払う。闇夜を赤々と照らす炎は敵だけを焼き尽くし虚空に消えた。
「ありがとうございました。あの御名をお聞かせくださいませんか?」
怪物の襲撃から救われた町娘が着物の乱れを正すのも忘れて、自分を救いだした男を見上げる。月明かりを背にして立つ男の顔は見えない。
「俺は闇から闇に消える者……陰に生きる者のことはお忘れなさい、娘さん」
「そんな……命の恩人を忘れるなんて出来ません」
町娘が涙ながらに訴えるが、男は瓦屋根の上に佇んだまま暫しの間瞑目してから言葉を紡いだ。
「すまない……俺にはまだ斬らねばならない闇がある」
そう言って男は娘に背を向け、虚空に飛び上がる。視線の先には人外の物の怪たち。
化け物の大群を前にして男は不敵に笑った。
「さあ、かかってこい。物の怪どもよ、俺がNINJAだ!」
【モノノケバスター~NINJA~好評発売中!】
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鬱蒼とした森の中、繁った木々のせいで昼間だというのに薄暗い。俺は周囲を見回した後、自分の服装を見下ろす。
「……忍者だ」
黒い忍装束に口元は同色の布で覆われていて露出している部分は目元と手のみ。この衣装には見覚えがある。俺がこうなる直前までプレイしていた和風ファンタジーゲーム“モノノケバスターNINJA”のキャラクターの衣装そっくりだ。
そう、ゲームをしていたはずなのに気付いたらこんな森の中にいた。ここはどこなんだ?富士の樹海か何かだろうか?無意識に樹海に来るとか、俺は帰ったら心療内科を受診すべきだ、きっと。
「救助が来るまで動かないほうがいいか?」
しかし、ここが本当に樹海なのかもわからない。何よりなぜ忍装束を着ているのか。背中に括り付けられている二本の忍者刀に至っては銃刀法違反であろう。
「いや、さすがに模造刀だよな……」
恐る恐る刀を抜いてみると、模造刀とは思えないギラリとした輝きが目に入り俺は慌てて刀を鞘に納める。どうしよう、銃刀法違反だ。俺はまだ社会的に死にたくない。
いっそのことこの森の中に刀を捨てていこうか頭を悩ませていたその時、後方の樹木が俺に向かってきた。見えていないはずなのに気配をしっかりと感じ取れる。今までこんな感覚になったことはない。
大きく振り下ろされた樹木の枝を横に跳んで回避。冗談のような脚力で俺は動く樹木から距離を取った。
「え?な!? どうなってるんだ?俺の体!? 」
混乱している間にも樹木は追撃を掛けてくる。俺は体が動くに任せて刀を抜いて斬りつけた。すると木の枝が恐ろしい程滑らかな断面を見せて断ち切れ、樹木が木の虚に風を吹き込んだような不気味な声を上げて震える。
ここは日本じゃない、というか地球じゃない。こんな豪快に動く植物が居るなんて聞いたこともないし、もし発見されれば一大ニュースになっているはずだ。
そんなことを考えている間にも体はまるで刀の使い方が染み込んでいるかのように動き、樹木の幹を切断した。メキメキと普通の立木を巻き込んで樹木の化け物が倒れる。
次の瞬間、樹木が煙のように消えた。
【ソルジャートレントを成敗しました】
視界の隅に流れたテロップに俺は固まる。
「まさか、そんな……」
半信半疑で「道具袋」と呟くと目の前に直前までプレイしていたゲームのアイテム画面が現れた。クリア後のやり込みプレイをしていた俺のアイテム画面は雑多なアイテムで埋め尽くされている。最後に見た画面そのままだ。
「もしかして俺は……モノノケバスターNINJAサイゾーになってしまったのか?」
そう、俺のプレイしていたゲームは和風ファンタジー。本格派の忍者というより、ファンタジー要素の強いNINJAと表現すべきものであった。それならば先程の人間離れした脚力や刀術も合点がいく。
試しに道具袋から回復アイテムのひとつ“おにぎり”を取り出してみれば、手にはどう見ても本物にしか見えないおにぎりが現れた。
「……食える」
恐々と口に含んで咀嚼するがどうにもおにぎり以外のものには感じられない。まごうことなき塩むすび。
「でも、あのゲームにはソルジャートレントなんて敵はいなかったぞ?」
ここが夢の中なのか現実なのかはともかく、ゲームのアイテムや能力はあるがゲームの世界に居るわけではないようだ。あれに出てくる敵は妖怪など和風のものばかりだったはずで、トレントなんて西洋風ファンタジー要素はない。
「……さて、どうしたもんかな。進もうにもどっちに行けばいいのか」
そこで俺は思い付く。高い木に登って見渡せば何か見えるのではないかと。
思い立ったが吉日、俺は周りで一番高そうな木に登ってみる。うん、登るというか走れた。木の幹を壁走りのように駆け上がり、あっという間に天辺に辿り着く。木の天辺から見渡せば遥か遠くに街らしきものが見えた。視力も随分と上がっているようだ。
「とりあえずあそこに行ってみるか」
そう決めて木から降りようとした瞬間、森の中で爆発音が響いた。
「なんだ!? 何の音だ?」
危ないから離れようという思考と、誰かいるかもしれないという思考がせめぎあう。しばし逡巡した後、行ってみて危なそうなら逃げればいいという結論に至り、俺は森の中を駆け出した。