アルビット、倒れる。
<地名紹介>
王都クレス
クレス王が治める、ミディリア一の大国。大規模なクランはだいたいこの国の中にある。国の面積がとにかく広いため、地域によって貧富の差が激しい。
______マカ鉱山にて。
ジクリー盗賊団と対峙するアルビット。三対一という不利な状況にも関わらず、アルビットは自信に満ち溢れていた。
「俺たち三人を一人で、だと?なめんじゃねえぞ!」
フロッツェルがアルビットに向かって走り出した。その右手には魔具と思われるナイフが握られている。
「おらぁ!」
上にあげたナイフを思いきり振り下ろした。が、アルビットはそれを軽くいなし、右手首に下からトンと触れた。すると軽く触れただけなのに、フロッツェルの腕は弾かれるように上に打ち上げられる。
「っ!?なに!?」
「よっと!」
そのままアルビットは小ジャンプし、フロッツェルの腹部に蹴りをお見舞いした。
「ぐおお!?」
この蹴りにもたいして力が入っていないように見えるが、フロッツェルは勢いよく後ろへ吹き飛んだ。
「ぐあっ!」
衝撃と共に背中から地面に倒れこむ。そこへジクリーとテュパも駆けつけた。
「大丈夫かい!?フロッツェル!」
「アイツ…力を入れてるようには見えなかったが…。そんなに強い力なのか?」
「…いや、そんなんじゃねぇ……!」
フロッツェルが自力で起き上がりながら否定する。実際にアルビットの蹴りを食らった彼には分かったのだ。アルビットのそれが、純粋な力だけではないことに。
「アレは恐らく、魔法…!」
「魔法…。」
その言葉にフーカは反応し、ちらりとアルビットの右手の握り拳に視線を向ける。
先程アルビットは、右手から黒い球体を出した。それは今もその拳の中にあるはず。もしもその球体がアルビット自身の身体能力を高める能力…、そういう『魔法』なのだとしたら、説明がつく。
「あれがアルビットさんの魔法…。それは間違いないはず。だけど…」
そうなると一つの矛盾が生じる。フーカ、いや、盗賊団の三人も同じ疑問を抱いているかもしれない。フーカがオルド平原で聞いた、魔法についての事だ。
魔法は、魔具があってはじめて使う事ができる。フーカがアルビットから実際に聞いた言葉だ。しかし、アルビットは魔具と思われる物を身につけていない。それどころかオルドドラゴンに服を溶かされ、上半身は裸なのだ。どこにも魔具を隠し持つ事など出来ない。考えれば考える程、フーカは分からなくなった。
「うぅ〜、頭がこんがらがってきた…。」
いくら考えた所で答えが出るはずもない。フーカはくらくらする頭をおさえ、闘いを見守る事にした。
「へっ。てめぇがどうやって魔法を使ってるか知らねぇが、こっちにも魔法がある事、忘れんなよ。」
フロッツェルは、ナイフに意識を集中させた。
「おらぁぁ!」
すると黄色い蒸気を発しながら、ナイフの刃が三つに分身した。
「おぉ、かっこいいな。そのナイフ。」
「笑ってられるのも今のうちだぜ!」
フロッツェルは、再びアルビットに向かって行った。
「またか。さっき効かなかったの、忘れたのか?」
「なら、また防いでみな!」
走りながら、フロッツェルはナイフで突きを繰り出した。
アルビットは、縦三つに綺麗に並んでいる刃の内、真ん中を殴って軌道を変えようとした。
___しかしアルビットの手が触れた瞬間、一番上の刃を残して消え、その刃がアルビットの右頬を掠めた。
「なにっ!?」
油断したアルビットはそのまま膝蹴りを食らう。
「いって…!」
「アルビットさん!大丈夫ですか!?」
少し後ろに下がったアルビットに、フーカが叫んだ。
「ああ、大丈夫。それよりも…」
アルビットは、フロッツェルのナイフを見る。そのナイフは、また三つの刃が復活していた。
「へへ、驚いたか?このナイフはな、確かに三つ刃があるように見えるが、本物は一つだけなんだよ。」
フロッツェルがニヤリと笑みを浮かべる。
「さて…、次はどこが本物か分かるかい?」
そしてまた、フロッツェルは突進して来た。それを見てアルビットは身を少し屈める。
「確かに向かって来なきゃナイフ当てられないのは分かるけどさ、何回も同じ手見せられたら避けられるっての!」
アルビットは右に避けようとした。しかし、足が固まったように動かなかった。
「!?」
自身の足を見ると、何者かの手によって掴まれているのだ。その手の正体は____、ジクリー。
「このグローブは、手にはめる事で土と土の間を移動する事が出来る。」
ジクリーが、土の中から顔と手を出して答えた。
「ナイス、リーダー!そのまま抑えときな!」
そう叫んだのはテュパ。小型の銃を構え、アルビット目掛けて引き金を引いた。
「これでもくらいな!」
銃口から勢いよく弾が発射された。その弾はフロッツェルを避けるようにクンッと曲がり、アルビットの左肩にヒットする。
「ぐぁ…っ!」
右手で左肩を抑えるアルビット。しかしそこへ、最後の一撃がアルビットを襲う。
「おら、まだ俺が残ってるぜ!!」
追い打ちをかける様に、フロッツェルのナイフがアルビットの心臓に突き刺さった。
「……っ!!」
フロッツェルがナイフを引き抜くと、アルビットは両膝をつき、倒れた。
「アルビットさん!」
フーカが悲鳴を上げた。
「あーあ、だから言ったのによ。三対一で勝てるワケねぇって。」
フロッツェルのその言葉に反応し、フーカは三人を睨む。
「どうして…、どうしてこんなひどい事が出来るんですか!?」
「ひどい事…?おいおい、こちとら生きる為にやってんだぜ?金が無きゃ人は死ぬ。だから奪うんだよ、金も財宝もな。」
「そんなのおかしいですよ、間違ってます!お金が全てなんかじゃありません!」
「金が全てなんだよ。俺はこれまでそう信じて疑ったことはねぇ。実際その通りだ。金があれば何でも出来る。そうだろ?」
フロッツェルは両手を広げ、上を見上げる。まるで無数の札束が降ってくるところを想像するかのように、彼は不気味に笑い出した。
「…お金では手に入らない物もあります。それを知らないあなたは…可哀想な人です。」
フーカは哀れみの声でフロッツェルに言った。その言葉が状況を悪化させると分かっていても、言わずにはいられなかった。
「…おとなしくしていれば、宝の地図を奪うだけですんだんだが…、どうやら死にたいようだな。」
フロッツェルは静かに怒った。その静けさの中に秘められている凄まじい程の怒りの度合いは、フーカにも感じ取る事が出来た。
テュパとジクリーはフロッツェルを見て、たらりと汗を流す。
「あーあ、こうなっちまったら、誰にも止められないよ。」
「そうだな。アイツは昔から、一度火が点くと止まらない性格だったからな。あの子も可哀想だが…、仕方ない。」
「うう…」
迫ってくるフロッツェルに対し、フーカは後ずさりをする。やがて、背中が壁にトンと触れた。
「………!!」
「さぁ、もう逃げられないぜ。」
フロッツェルはナイフを舌でペロリと舐め、顔を歪ませて笑った。それを見たジクリーは、これから起こるであろう惨劇を想像したのか、遠くで眺めているテュパに言った。
「テュパ。やはり少女が八つ裂きにされるというのは、あまり見たくない。せめてお前のその銃で、ひと思いにやってくれないか?」
テュパは驚き、首を横に振った。
「ええ!?い、嫌だよ、そんな事したらアタシがフロッツェルの怒りを買っちまうじゃないかい!」
「もしそうなったら、俺が何とかする。……頼む。」
ジクリーの真剣な頼みに、テュパは断れなかった。
「わ…分かったよ。その代わり、アタシの宝の取り分、増やしてくれよ。」
テュパは銃を構え、フーカに照準を合わせた。
「すまないね、お嬢ちゃん。」
「まずはその顔から、八つ裂きにしてやるぜ…!」
フロッツェルはナイフを上に構えた。金色のフードを被っていても、その中にある悪魔の様な悪意は剥き出しだった。
フーカはフロッツェルを睨みつけていた。しかし、その強がった表情からは、恐怖の感情が滲み出ている事が見てとれた。足も震えている。そして、フロッツェルがナイフを振り下ろそうとした瞬間___。
轟音と共に、テュパの魔法弾がフーカに直撃した。
「あ………っ!!」
微かな声を上げ、フーカは倒れこんだ。
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「シャアアアアァ……!」
叫び声を上げ、アダーラは斬られた。斬ったのはもちろん_____ディレス。
アダーラを斬った大剣を鞘に納め、呟いた。
「アルビット達に合流しなければな……」
ディレスは酸の湖を越え、奥に進んだ。すると、ふと後ろ____酸の湖から、人の声がした。
「おやおや、相変わらずすごい腕前ですねぇ。」
「…誰だ。」
ディレスは振り向き、剣を構える。
「嫌だなぁ。やめてくださいよ。ほら、私ですよ私。」
ディレスは一瞬驚く。目の前____酸の湖に沈みきらないアダーラの死体の上には、見知った顔があったからだ。
「お前は………」
それと同時に、ディレスは剣の構えを解いた。