アルビット、依頼を受ける。
_________『ファンタジーの世界』。
この言葉を聞いて、どう思う?
『剣と魔法の世界で、大魔王に立ち向かう!』『伝説のドラゴンを探す旅に出る!』とか、いろいろあると思う。なかには『ありがち』『つまらない』なんて思う人もいるかもしれない。
でもそんな事、実際その世界に住んでる人にとってはどうでもいい事で、当たり前のように魔法やドラゴンが存在してるんだ。
これは、そのありがちな事を当たり前のように描いた、中途半端な物語……。
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何時かの時代の、何処かの世界。
人間と魔物が共存し、様々な魔法が存在する世界『ミディリア』。その世界一大きな国『王都クレス』。
人々は、大半の人が『クラン』という組織に所属している。クランとは、国や個人から様々な依頼を請け、その報酬により収入を得る仕事の事である。依頼には、探し物から魔物の討伐まで幅広い依頼を請け負うクランもあれば、爪楊枝の製造や家の建築など、専門的な依頼しか請けないクランもあるが…。まあ、まとめて言ってみれば『何でも屋』のようなものだ。
そんな星の数程あるクランのうちの一つ、最近できたばかりのクラン『セントラ・エッジ』。2階建ての木造建築に加え、これまた木でできた特製看板に、青や黄色、その他適当な色のペンキで塗りたくって、大きく横文字でクラン名が彫ってある。丁寧さも色合いもあったものではないので、外を歩く人はまずその看板のワイルドさに目がいく事だろう。
そんなクラン『セントラ・エッジ』のリーダー、アルビットは日々頭を抱えていた。
「はぁ…今日も依頼者ゼロか…。」
ぴしっと立てた金髪をくしゃくしゃ掻く。手に持っていたペンを机に軽く放り、椅子に腰掛けたまま天井を見上げた。動物の毛をフードに使用した茶色のコートを着ており、肌色のボトムスを履いている。年齢は10〜20代前半だろうか。左目の下から頬にかけて、引っ掻かれたような小さなアザがある。
「何でこんなに客が来ないんだろうなー…」
机の上には、ペンと一枚の紙。そこには『日別依頼者数』のタイトルの下に、真っ白同然のグラフが申し訳程度に書かれていた。最後のグラフが伸びているその日は…3日前。
「なぁディレス。何で客が来ないと思う?」
「…そうだな。俺たちの世間からの評判が悪いからだろう。」
渋い声で躊躇いなくアルビットに現実を突きつけたのは、クランメンバーのディレス。見た目は30代程で、微かに白髪混ざりのオールバックに加え、ダンディな無精髭を蓄えている。袴の様な着物姿で二階へ続く階段に腰掛け、すぐ側に大剣を携えている。
「…やっぱそうだよなー。でもそれにしたって、ほとんどディレスが原因だろ。」
アルビットは視線を天井から戻し、左頬を机につけ、だるそうにディレスを見た。
「王宮の騎士だったってのに、王子ぶん殴るなんてバカじゃないのか?」
「…言葉で分からなかったから殴っただけだ。」
そう、このクランは最近出来たばかりなのにも関わらず、悪い意味で知名度が高い。その最たる理由が『王宮騎士ディレス、王子をぶん殴る』事件。その経緯についてはよく知られていないが、ディレスはその事件をきっかけに王宮騎士をクビになったのだ。王子は大人気のスーパースター的な存在だったので、ディレスが解雇されるのは当然の事だった。
そのディレスがいるもんだから、当然クランの評判も悪い。
「おいみろよ、セントラ・エッジだぜ。」
「うわホントだ。ゴミ投げちゃおうぜ。」
実際開いた入口から入ってくるのは、依頼者ではなく通行人が投げるゴミばかりである。そして、その投げられたゴミがアルビットの頭に当たると、ついにアルビットが怒り出した。
「お前らーっ!ゴミ投げんじゃねーっ!」
椅子から飛び上がって突風のように外に出る。
「うわ、やべぇ!逃げろ!」
「こえぇー!!」
「待ちやがれーーっ!!」
自身に当たった空きカンを握りつぶしながら、悪ガキ共を追って行った。
「…そんな調子だから依頼者が来ないんだ。」
誰もいなくなったクランで、ディレスは小さくため息をつく。_____そしてその直後、入口から差し込む光が遮られ、微かな声が聞こえた。
「あのー…すみません…。」
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「はぁーっ、たくあの悪ガキ共め、次ゴミ捨てたらタダじゃおかねー…。」
しばらくして、アルビットがクランに戻ってきた。入口付近に散らばるゴミを見て右手をかざすと、ゴミが一箇所にまとまるように集まり、そのまま手の動きに合わせて宙に浮き、ゴミ箱に入っていった。
「ただいまーって…、あら?」
目の前の机を見やると、見慣れない少女が椅子に座っていた。
「あ、お邪魔してます…。」
少女が立ってアルビットの方を振り返り、軽くお辞儀をする。ふわっとした薄赤色のキャミソールワンピースにジャケットを重ね、七部丈パンツを履き、緑色の長い髪に赤いカチューシャを付けた、10代後半くらいの女の子。古びた一枚の丸めた紙切れを両手で大事そうに持ち、どこか緊張しているのか、少し声が震えていた。
「っ…えっと…?」
アルビットが呆気にとられ、右手で自分の後頭部に触れながらその先にいるディレスを見る。ディレスは目を瞑りながら答えた。
「………客だ。」
「客……?もしかして、依頼者…?」
アルビットが少女に視線を戻すと、少女も遠慮しがちに頷いた。
アルビットの顔が自然ににやけていく。そう、彼にとって最も待ち望んでいたその瞬間が、ついに訪れたのだ。そしてその口から出た最初の言葉は、歓迎の言葉でも挨拶でもなく、彼の本音そのものだった。
「依頼者、来たぁーーー!!!」
その言葉にビクつきながら反応する少女。
「え…、ええっ!?」
_____ここはクラン『セントラ・エッジ』。
一人の依頼者を迎え入れ、大冒険の幕が開く。