ライン1「王者の邂逅」
――これは、本筋の物語が始まる少し前のお話。
今日も副会長、白羽 鶫は忙しく仕事をこなしていた。
……千鶴はまたどこかに行ってしまったな。
探しに行くよりも仕事を片付けてしまった方が楽だ、と判断し書類の山に取り掛かる。
と、一枚の紙がヒラヒラとその場に落ちた。
……これは……
『白羽 鶫の行動記録』
手書きの字で書かれたそれは鶫にとって、懐かしい大事な思い出に関わる物だった。
● ●
――二年前。
鶫は、空を飛んでばかりいた。
……私の力の使いどころなど、ないものだな。
高い建物を飛び回っては、ただ人を見下ろす。そんなことばかりしていた。
人が空を飛び回っていれば騒ぎになりそうだが、能力者のみの監獄『アイリスの花びら』では、咎める者などいなかった。
……つまらないな。
結局高い建物に登っても、何も変わらなかった。誰にも見つからずに飛び続けるだけ。
鶫は最終目的地だった塔にたどり着くと、ため息を吐いていた。
……私は、私の能力が嫌いだ。
それを使ってやることで少しは好きになれるかと思った。でも、現実は変わらない。
夕暮れを見ながら、鶫はもう一度ため息を吐くと、家路に着くために飛び立った。
● ●
――それから一週間後。
授業をサボって飛びに行った帰りに、鶫は屋上に降りた。だが、そこには先客が居た。
「おや、天使が降りて来るとは。今日の私はツイているな」
「はあ?何を言ってるんだ?」
先客の妙な独り言に、鶫は反応してしまった。だが、相手は続けて話しかけてきた。
「キミの名前は白羽 鶫で間違いないね?」
「別に答える必要はないな」
「ふむ。その天使のような翼で、空を気ままに飛び回っているキミは白羽 鶫ではないのかね?」
「私は自分の能力があまり好きじゃない。露骨にお世辞を言っても、機嫌は良くならんぞ」
「充分に知っている。そして認めたね、キミが白羽 鶫であると」
相手の勝手な理屈に鶫は眉をひそめた。
「……で、何の用だ?」
「ああ。キミが美しいので声を掛けようと思ってね」
「……生憎とそういう趣味はないんだ。他を当たってくれ」
……とりあえず早く逃げよう。
まず屋上の扉を閉めると、一気に階段を駆け下りた。
……これでもう会うこともないだろう。
そう思ったのは甘かった。
三日後に鶫は、その相手――高宮 千鶴が生徒会長であると知ることになるのだった。
そして――
「ちょうど五日ぶりだね?呼び捨てがいいかい?クン付け?ちゃん付け?なんでもお望み通りに答えるが、なんと呼んでほしいかね?」
また先回りしていた千鶴に、鶫は遭遇した。
「なんでもいい……と言いたい所だが、呼び捨てにしてくれ。同い年だろ」
「ふむ、鶫と。ならば私のことも千鶴と呼んでくれたまえ」
「いきなり名前が前提なんだな」
「苗字では他人行儀すぎるな。それに弟が居るだろう?」
「初めに会った時もそうだったが……人の事をなんでも知ってますよ、という態度はあまり好ましくないぞ」
「ふむ、ズバズバ言い返して来てくれて実に心地よいよ。怯える人の方が多いものでね」
「自慢なら他所でやってくれるか。私は興味ない」
「なるほど、本題が聞きたいか。ならば率直に言おう」
そこで一度間を取り、やけに大げさに腕を振ってポーズを付けた千鶴は、ハッキリと言った。
「副会長に、なってくれないかね?」
「は?」
「それから、私の恋人に」
「……前者は仕事内容によっては承諾してもいい。が、後者はお断りだ!」
「決断が早くて助かるよ、これからよろしく頼む、鶫」
● ●
――それから半年。
鶫は、副会長を続けていた。
今は千鶴を生徒会室で待ちながら暇を持て余していたのだが、ふと目がカレンダーへと向かった。と、頭の中に出来事が流れ出るように思い出される。
……あっという間に、半年も過ぎていたんだな。
一月も過ぎる頃には、千鶴の変人ぶりにも慣れていた。半年も一緒に居れば、どの辺りが演技なのか大体見当が付くようになってきていた。
「あいつはな……」
……それでも、あいつの本心は分からない。
千鶴の言葉は全て虚偽のようで、全て真実のようでもある。
……恋人、か。
三ヶ月もすれば、互いに愛を公言する関係にはなっていた。しかし、なぜそうなったのかは分からない。千鶴の変人ぶりにも慣れたと思ったが、正確には違うのだと思う。
……千鶴の意図を理解し始めている。
例えば千鶴が変人で在ろうとすることは、自分が何かに囚われないためにあえて変人――つまり常識外というものに自分を定義するという方法なのだ。
「ああ見えてあいつは、あいつの中で理屈が通ることしかしない」
確認するように口に出してみたが、すぐに苦笑がついてきてしまった。
……だいたいが屁理屈だけどな。
そんなことを考えていると、愛しい恋人兼生徒会長である千鶴が帰ってきた。どうやら無事に騒ぎを片付けられたようだ。
「ご苦労だったな。でも、別に私が出向いても良かったんじゃないのか?」
ふぅ、と息を吐いて生徒会長の椅子に座る千鶴に、鶫は紅茶を淹れてやる。
「ああ、まだ半年だからな」
「で?」
「つまり、きちんと印象づけておく必要があるのだよ。『強い生徒会長』をね」
……なるほどな。
わざわざ出向いての騒動の収拾。生徒会長がやることとは思えないが『全生徒を抑える生徒会長』には必要なのだろうと思う。
「というか、お前は会長になってすぐに私を誘いに来たのか」
「ああ、『会長の右腕』というやつはすぐにでも必要だろう?」
「いや、会長になる前に来いよ」
「ふむ。確かに勝算はあり過ぎるほどだった訳だから、鶫の言い分は正しいな」
「そこまで自信満々になられても困るが」
「そうかね?ではもう少し謙虚に行こうか――私が負けるという確率は微塵もなかったので、鶫を先に誘うべきだった。すまない」
「余計に酷くなってるぞ」
「そんなバカな。私が負けるという言葉を出した上に、すまないと謝ったのだぞ?」
わざと驚くふりまでする千鶴に、鶫は少々呆れた。
「お前、本当は馬鹿じゃないのか?」
「そんなに褒めないでくれたまえ」
「お前は馬鹿と言われて喜ぶのか。しばらく馬鹿と呼ぶぞ」
「それが鶫の望みなら、喜んで」
「あー、はいはい。私が悪かったよ。千鶴」
「鶫は優しいな」
「お前は意味不明だがな」
「実は半分くらいは分かっているのだろう?」
「――」
唐突な返しに、思わず息を飲んでしまった。返す言葉を考えるが思いつかない。
「沈黙は時として肯定だよ鶫。もちろん黙秘は許されているが、違うというなら否定の意思を示したまえ」
「……」
……ずるいな。
そう言われて反論なんて出来る訳がない。完全に逃げ道を塞がれてしまった。
「そうか、鶫は真面目だな。それでこそ私の隣にいる価値がある」
「なんだよそれ……」
「愛していると言っているのだよ」
「またそれか……お前が言いふらすおかげで学園中に広まって、見事な恋人関係になったよ」
「相思相愛だね?」
「ああ、愛しておりますよ生徒会長。来世では会いませんようにとお祈りするくらいは」
「鶫は来世を信じているのかね?」
「いや。ただ、生きているうちは逃げ切れそうにないと思っただけだよ」
「なるほど。確かに私は逃がすつもりはないね」
「そこは否定して欲しかった……」
● ●
――それからさらに2ヶ月。
鶫は、副会長の仕事にもすっかり慣れていた。
……最近では、いろいろと仕事を任されるようになってきた。
そろそろ千鶴一人では成り立たない頃に来ているのだと思う。しかし、よくここまで一人でやったものだ。
……感心している場合じゃない。
負けないように頑張らねばと思う自分と、この状況に慣れていいのかよとツッコミを入れる自分が居る事に気が付く。
「ずいぶんと毒されたものだな」
呟きながらも仕事の手は休めない。愛しい生徒会長様は最近仕事をサボり気味だ。その分のツケを払っているのは全て自分だが、もはや望んでやっていることだ。
「最初はあんなに反抗したのになぁ……」
と、書類をまとめた際に一番下から一枚だけ、紙が滑り落ちた。
「おっと」
拾い上げたそれは、手書きの字で多くの情報が書き込まれていた。
『白羽 鶫の行動記録』
「なんだ……これ?」
その紙には時間と共に鶫が行った場所、行動について細かく記されていた。鶫は一瞬混乱したが、それも湧き出るような疑問にかき消される。
……千鶴は無駄なことはやらない人間のはずだ。
もちろんそれは、千鶴の価値観の中で「無駄でない」と判断されているもので、鶫はそれを全て理解出来る訳ではない。だが、この紙があることには意味があるはずだと鶫は思った。
……まず、千鶴は私の動きを自分で追っていたという事だな。
この手書きの文字がそれを示している。それは千鶴の字だった。
……文字の癖まで誰かに真似させた可能性もあるが、そんな手を使うなら自分で動くはずだ。
それならばこの間指摘した『会長になる前に私を誘いに来ればよかった』の謎も解ける。
……私を捉えたのがあの日だったのだ。
しかし、この紙は見せたくない物のはずだと鶫は思う。それをここに置いたという事は――
「ここにもう一つ何かあるということか……!」
と、鶫は紙を再び掴むと素早く目を走らせた。そこには鶫の予想通り、一つの場所と数字が赤い字で書きなぐられていた。
「これが答え、か」
鶫は自身の記憶と照らし合わせながら、紙を握りしめて生徒会室を飛び出していった。
● ●
夕暮れの屋上に、一人の人影が佇んでいた。そこにもう一人、飛び込むように入ってくる。
「鶫」
鶫は千鶴からの声に答えない。ただ、静かに視線を送り続けた。
……千鶴、どうしてだ。
「どうした鶫、そんな怖い顔をして。私は笑顔の鶫の方が……」
「千鶴。生徒会室にあった――これはなんだ?」
鶫は千鶴の言葉を遮った。そして先ほどの紙を取り出した。だが千鶴は動じない。
「愚問だな。それが分かったからここに来たのだろう?」
千鶴の言う通り、鶫は分かったつもりでここへ来た。だが、生徒会室での考えはただの推測だ。そして、今の千鶴の態度を見て鶫は正解だったと確信を得た。
……そう、この場所は――
「言わなくても分かるだろう。だが、あえて言葉にして答え合わせといこうかね」
「私は」「鶫は」「「この場所に来たことはない」」
二人の声が重なった。そして、直後に千鶴の拍手が響く。
「大正解だ。鶫なら見つけてくれると信じていたよ」
「随分と回りくどい手を使ったな。確かに私はこの時間に屋上から飛び立ったことはない」
「ああ、普段は向こうの校舎からだったね。塔を目指していたのだろう?」
「昔の話だ」
「ふむ。あっさりと引き下がるものだね」
「お互い、触れられたくないものもあるだろう」
……私はあの時、自分の力が嫌いだった。
だが今は、違う。それを無理矢理に変えてくれたのは千鶴だと思っている。
「そうか。鶫は私に踏み込まないんだな」
「ああ、私はお前を許すよ」
そして、千鶴が言葉もなく空を仰ぐ。だが、鶫は真っ直ぐに千鶴を見つめていた。
「――だけど、ここに呼んだことも含めて、聞いて欲しいことがあるんだろ?」
直後に鶫が目にしたのは、驚くでもなく、心底嬉しそうに笑う千鶴の姿だった。
「鶫は本当に優しいな。私を許した上で話を聞こうというのか?」
「ああ、それがお前の望みだ。そして私は信じているからな、千鶴を」
「それは私の愛に応えてくれるということかな?」
「今更、そんなことを聞かなければならないのか?」
鶫はいつも通りの苦笑を浮かべたまま、言葉を続けた。
「信頼と許容。それだけでは愛の始まりの証明には不足か?ついでに献身も付けてやるぞ」
「鶫らしくない言葉だね、まるで私の話のようだ」
「愛する人には似るものだろ?」
だが、不満足そうな言葉と裏腹に、千鶴はかつてないほど楽しそうな笑みを浮かべていた。
「愛する人、か――どうやら私の負けのようだ」
千鶴は両手を挙げてヒラヒラと振って見せる。
「では、私の話をしよう」
● ●
鶫は、話が始まるのを待った。しかし、千鶴の口はなかなか開かれることはなかった。
「どうした?」
「すまない。迂闊にこの話をしないように、普段は話すことが出来ないものでね」
「話すことが出来ない?」
「まあ、そういう処置をいろいろとされているのだよ。世の中にはいろんな能力がある」
「誰が……そんなことを?」
「私の親族だ」
「え?」
「私の能力は知っているだろう?私が生徒会長にいるのも、能力のおかげでもある」
「ああ、確かにな」
千鶴は実力で『全生徒を抑える生徒会長』なのだ。並みの力でなし得ることではない。
「私の家は、強い力を保つために強い能力者で固められている」
「そういうものなのか?私はそんなことなかったぞ?」
「なら、鶫は幸運だな。私の様な家は今少なくない。時代錯誤も甚だしい」
「確かにな……」
「そして、そういう連中が求めるものは何か分かるか?」
「ああ、名誉だな。自分たちは優秀だと名乗りたがる」
「そうだ。最も、根拠などないのだがね。元々突然変異のような私たちが、束ねれば個として強くなるなど幻想だ」
「だが、千鶴が強いのはどう説明するんだ?」
「私は運が良かっただけだ。事実、私の家でも強い能力者は集められているが、それから生まれたものは強いとは限らん」
「やってることは実験だな」
「全くだよ。それに、私とて能力を継承したに過ぎん」
「それが気に食わないのか?」
「いや、能力は気にしてはいないさ。死ぬまで付き合うものだからね」
千鶴の割り切り方に、鶫は少し恐怖を覚える。しかし、千鶴はどうにもならないことが分かっているだけだ。ならば口出し出来ることではないと思う。
「ただ、私には――」
と、千鶴が言葉を切った。そして急に額を押さえ、歯を食いしばる。
「大丈夫か?」
「いや、もう平気だ」
心配して一歩踏み出した鶫に、千鶴は手のひらを向けて制した。
「鶫。私には、婚約者がいるんだ」
「はぁ?」
……何を言っているんだ?
本気で頭がおかしくなったのかと鶫は思ったが、元からおかしいので判断のしようがない。ただ、今は真面目に話をしていたはずだ。
「いや、会ったことも見たこともなく、名前さえ知らないが、強い能力だから将来結婚させられるらしい」
「ああ、そういうことか」
「それが、私がお前を愛していた理由だ」
「え……?」
……今、なんて言った?
今度は本当に分からなかった。脳が理解を拒もうとするが、言葉は認識している。
「つまり私は学園にいる間、恋愛というものを禁止されていたのだよ」
「それが許せなかったから、私を選んだ?」
「恋愛がしたかった訳ではないが、行動を縛られるのが大嫌いでね。隣に置くのが女ならばいいだろう、とね。せめてもの抵抗だが、子供の屁理屈だ」
「なら――」
……駄目だ、聞いちゃいけない。
「私じゃなくても、良かったのか?」
「あの時はな。だが、今は違う」
「そうか。ならいい」
「いい……とは、随分と簡単に許すのだね」
「言ったろう、私はお前を許すと。それに、この紙を持ち出した意味も分かったからもういい」
そう答えると、鶫は手書きの文字が書かれた紙をヒラヒラと振った。
……おそらく、私の推測は全て当たりだったんだな。
だが、それは言葉にしても意味のないことだ。鶫は、心の中でそう結論を出した。
「鶫、私は何と答えればいいのだろうか?」
「千鶴、私が自分の能力が嫌いだったのは、人に翼が生える姿が不自然だと思ったからだ」
千鶴の困惑はもっともだが、あえて鶫は話を変えた。
「それは――」
「私は、不自然なものが大嫌いなんだ。だから――千鶴。お前は私に答えなんか聞かずに、いつも通りに余裕の表情で居ればいいんだよ!」
「鶫……」
万人が少し困惑するような話で、千鶴が困惑するようであって欲しくない。
……そういう願いでもあり、これは――
鶫は自分で分かっていても言葉を止めなかった。これが自分の選択なのだと思う。
「いつも通りに軽口を叩いて、人をこき使って、時々とんでもない思いつきみたいな話をして、でもそれを本当に達成してしまう、そういうお前でいてくれ」
「鶫の中の私は、随分と現実と離れているのではないか?」
「いいんだよ。現実を隠してたお前が悪い」
「鶫とて気付いていて気付かぬふりを続けていただろう?」
「今回はお前が全部悪い。だから、これからは今まで通りに戻れ。そうしたらお前のことは守ってやる」
「私は鶫のことも守りたいのだがね」
「なら、背中はお前に任せる」
話が途切れると、二人そろって息を吐く。
「そろそろ戻ろうか。ここに居るのも寒くなってきたな」
「場所を選んだのはお前だろうが」
と、最後に鶫は千鶴へと問いかける。
「そういえば、生徒会長になったのはお前が選んだことなんだよな」
「半分は私の選択、といったところか。優等生で選挙に勝ち、ただ仕事をこなせばいいと言われたので、前生徒会長を倒して信任選挙に勝ち、精力的に活動をしているよ」
「お前は妙な逆らい方をするんだな」
「それが限界なのだよ。能力の反動もある中で、いろいろとやり過ぎれば壊れてしまう。私に付けられた枷は立ち回り方でどうとでもなるさ」
「つまりお前は、結果的に家の名誉とやらを高める方向に見える動きをしていればいい訳か」
「そうだな。あとは枷を付けた者を殺してしまうしかない」
「そこまでしなければならないのか……」
「そんな面倒なことはしないよ、鶫のおかげで私の野望が定まった」
「野望?」
「ああ。だが、今はまだ口にするほどのものではない」
「そうか。なら楽しみにしておくよ」
そう言って、鶫は屋上を出ようとした。その背中に千鶴から声がかかる。
「ああ、鶫。最後に一つだけ」
「なんだ?」
振り向いた鶫が見た千鶴は、笑っていた。
「愛しているよ。これまでも、そしてこれからも。理由などなく、ね」
「ああ、私もだ」
● ●
――追憶は終わり、話は現実へと引き戻される。
鶫は、手にした紙にもう一度目を落とすと、ふぅと息を吐いた。
……この紙も本当に懐かしいな。
もう一度思い出に浸ろうかと思ったとき、何か違和感を覚えた。
「いや待て。何かがおかしい……前に見つけた時と違う」
呟いて確認する。紙自体は同じだが、状況が変なのだと気が付いた。
……この紙はどこから落ちてきた?
それは分からない。が、そもそも紙が一枚だけ落ちてくるなんてあり得るのか、と思う。
「あの時は、仕事の書類に紛れていた……」
そう、過去はそれで自分で落とした。しかし落とさずとも、あの後にチェックして気付いていただろう。
……つまりこれは――
答えが出た瞬間、生徒会室の扉が開く。そこには千鶴が立っていた。
「やあ鶫。仕事は進んだかね?」
「お前の仕業か!」
鶫はやけくそ気味に叫んだ。
「いきなり怒鳴らないでくれたまえ。もう答え合わせが必要な私たちではないだろう?」
「それでサボっていたのを誤魔化せるとでも思ったのか!」
「私の鶫は優しいからな」
「というか、仕事サボるのは名誉に関わらないのか。枷がどうとか昔言ってたろ」
「これは随分と懐かしい話だな。ま、所詮バレなければ私の名誉は落ちんよ。そして私は鶫のことを信頼しているのでね」
「なんだかあんまり嬉しくない信頼だな」
「信頼と許容は愛の始まりの証明と言ったのは鶫だよ」
「私がお前に許容してもらうことがあるか?」
「出会った頃はなんでも許していたものだよ」
昔話を持ち出され、分が悪くなった鶫は話題を元に戻す。
「む……で、結局のところ枷とやらはどうなったんだ」
「私を信じてくれないのかね?」
「心配はする。他にしてやれる人間もあんまりいないしな」
「ふむ、まあ鶫になら話してもいいだろう。私に枷を付けた愚か者は――死んだよ」
「まさか――」
「私ではない。残念だがな……ただ、奴は『統治機関』に居た」
「まさか、中枢だぞ?」
「つまり中枢で、仮にもそれなりの地位の奴が殺されるほどのことが起きているのだよ」
「これから、大変になるんじゃないか?」
「なに、いつも通りいけばいいさ。軽口を叩き、人をこき使い、そして――」
そこで最後に、いつも通り。千鶴はあの日と同じように余裕の笑みを浮かべる。
「私の野望を、叶えに行こう。背中は任せるよ?」
「背中だけじゃなく守ってやるから安心しろ」
「ふむ。ではいつも通り」
「ああ」
「鶫」「千鶴」「「愛している」」