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そして彼は

作者: ALS
掲載日:2011/08/24

真っ白な世界。そこには、何もない。ただただ、白い壁が四方を囲んだ、狭い空間。

 そこに、ボクはいたんだ。

 いつから、ここにいるのか、覚えていない。どうして、ここにいるのかも。ここに来る前は、どこにいたのかも、覚えていない。

 自分の名前も、どんな顔をしているのかも、わからない。ここに、鏡はないから。ただ、ふとした瞬間目に入る銀色の髪と、真っ白い肌をしていて、そして、白い服を身にまとっていることくらいしか、わからない。

「ここから、出よう」

 あるとき、どこからか聞こえてきたのは、女の人の声。

 どこから聞こえてきたのか、ボクにはわからない。でも、はっきりと、ボクは聞いたんだ。

「ここから出れば、あなたは自由になれる。外の世界を見ることができる。外の世界は、きっとあなたを歓迎してくれるわ」

 ボクは、しばらく考えた。

 外の世界って? 自由って?

 知っているようで、よく分からない。あいまいなイメージだけが、頭に浮かんで消えていった。

「ほら、外に出ましょう?」

 そう言って、誘ってくる女の人の声。

 外の世界って、どんな世界なんだろう? でもね、なんとなくだけど、きっと白一色の世界じゃないんだろうな。

 そんなことを考えて、ボクは立ち上がった。

「外の世界は、きれい?」

「きれいよ。きっと、あなたも気に入るわ」

「どうやったら、ここを出られるの?」

「そんなの、簡単よ。あなたを邪魔することのできる存在なんて、ないんだもの。ほら、壁を壊せばいいじゃない」

 女の人は、そういった。

 ボクは、おそるおそる壁に触れてみた。ひんやりとした感覚が、妙に懐かしい。ずいぶん、昔に、味わったような感じ。ボクは、この壁を何度もたたいた気がする。何かを、叫びながら。

「無理だよ。壊せないよ」

「大丈夫。今のあなたなら、できるわ。ほら、拳を握りしめて、力いっぱい、壁を叩くのよ」

 ボクは、拳を握りしめた。そして、思いっきり、壁を叩いてみた。

 そしたら、壁は、思ったより、あっけなく崩れてしまった。

「ほら、出られたでしょ?」

 壁の向こうは、紺色だった。白い壁と違って、つぎはぎだらけ。よく分からない光がともったものもあった。いくつもの、配線が壁をはっている。

 この景色に、見覚えはない。どうして? ボクは、外に出たことないのかな?

「あとは、出口目指して、歩くだけ」

 女性の声は、どこか楽しそうだった。

「さあ、出口で待っているわ。おいで。きっと、すぐに、たどりつくわよ」

 それっきり、女の人の声は聞こえなくなってしまった。

 ボクは、辺りをうかがいながら、とりあえず、歩き始めてみた。どっちの方向に行けば良いのかもわからなかったから、なんとなく、気の赴くままに、歩いてみたんだ。

 やがて、紺色の壁に囲まれた、狭い空間が終わった。

 その向こうには、青い色をしたもの――空が広がっていた。下には、草や花の緑が広がっている。

 うん、やっぱり、ボクはこの景色を知っている。どうやら、ボクは、あの部屋の外に出たことがあるみたいだ。

 でもね、そんなボクでも、わからないことがあるんだ。

 その景色とボクの間に立ちふさがる、金色の髪をしたひと。その人は、白い肌に赤い液体をつけていたんだ。

 そのひとよりも、赤い液体まみれの女の人。その人は、ぐったりしていて、動かない。

「どこに行くんだ?」

 金色の髪をしたひとが、尋ねてきた。

「外の世界」

「どうして、行くんだ?」

「どうして、だろう?」

 ボクは、考え込んでしまった。

 女の人に言われたから? 外の世界を知りたかったから? それとも――

「うん。そうだ。ボクは、外の世界に行きたいんだ」

「どうして?」

 金色の髪をしたひとは、顔をゆがめた。悲しそうな顔だ。

「外の世界に、きみの居場所なんて、ないんだ」

「どうして? 女の人は、外の世界なら、ボクを歓迎してくれるって言ったんだよ?」

「その女の人は、うそつきだから」

「じゃあ、外の世界は、ボクを歓迎してくれないの?」

「そうだよ」

 そう言って、金色の髪をした人は、手に持っていた剣を構えたんだ。

 僕は、気づいたよ。彼は、僕を殺す気だって。

「どうして? どうして、僕を殺すの?」

「きみは、世界に不要だから」

 金色の髪をした人が言う。

 そうだ。僕は、世界に不要だって言われた。だから、閉じ込められたんだ。

 なら、どうして?

「君は、僕のことを知っているの?」

「知っているよ。だから、戻るんだ。白い、あの部屋に」

 あの部屋は、何のための部屋だったかな。

 昔のこと、覚えてないはずだったのに、少しずつ思い出してきた。

 最後に見た空は、こんなに青くなんかなかった。もっと、赤くって。そして、地面は緑色じゃない。血を吸って赤黒く変色していた。

 そうだ。あの白い部屋は、僕を閉じ込めるための部屋だったな。

「また、僕を閉じ込めるつもり?」

「そうだよ。外の世界は、きみに優しくはないから」

「そうだったね。僕を閉じ込めて、人間は平和を手に入れようとしていたんだったね」

 こみあげてくる感情。いらいらする。これが、怒りだ。

 あの時、人間どもは、僕を殺そうとした。そうだ、目の前のコイツが、僕を殺そうとした。あのときも、コイツは、僕に剣を向けた。

 僕は、何もしてない。僕はただ、言われたとおり行動しただけだったのに。

 なんで、殺そうとする?

「違うよ。人は、忘れようとした。自分たちが、何をしてしまったのか。自分たちが犯した罪から目をそむけ、なかったことにしようとした」

 ちらりと、女の人に目を向ける。女の人は、すでに事切れていることだろう。

 そうだ。この人は、ずっと、僕の味方だった。僕のことを認めてくれた。たったひとりの、僕の、大切な人、マスター。

 マスターを、コイツが殺したのか?

「だから、人は、きみを消そうとした。そして、あの時、俺がきみを殺そうとした。結局殺せなくて、きみは、白い部屋に閉じ込められた」

 何を思ったのだろうか。

 目の前のアイツは、剣を下ろした。

「それでも……世界に不要だと言われても、外に出たいなら、出れば良い。俺は、もう止める気もないんだ」

 僕は、疑問に思いながらも、外に出た。

 外の空気は、白い部屋と違ってきれいだった。変なにおいもしない。

 その空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 久しぶりだな、外の世界。

「けど、世界は優しくない。世界がきみに認める意味は、生物兵器としての意味だけなんだ」

 空を横切る黒い影。

 それに気づかずに、草原を走り回る。

 金色の髪をした人が、悲しそうな顔をしたのにも気づかずに。

 そして、轟音を立てて上空を飛ぶヘリが、下にいる人影めがけて、爆弾を投下したことも気づかずに。

 何かが、降ってきた。それが、何なのか、僕にはわからなかった。

 でもね、次の瞬間、体を包んだものが焔だってことは、わかったんだ。そして、草原をなめまわしているのも、焔だって。

 そして、焔は熱いんだ。とっても熱くて、痛いくらいなんだ。

 でもね、この痛みを僕は知っているんだ。どこかで、散々味わってきた痛みなんだ。

 そうだ、僕は、戦場でこの痛みに何度かあってきた。

 そうだ、僕は、戦場でマスターの人の言うとおりに人を殺してきたんだ。

「どうして? どうしてなんだい?」

 いらないなら、不要なら、なんで生み出したりしたんだよ?

 人間になれない、僕は、いったい何者なの? 

 僕に生きる意味がないなら、消してください。

マスター、命令をください。ねえ、マスター。そこで、寝てないで。ねえ、マスター。

ね……エ……マす……ター



 炎に包まれ、灰となっていく銀色の髪の少年を見続けた。

「生命を思いのままにできる、創造神にでもなったつもりかよ? ニンゲンサマ」

 皮肉めいた彼の声が、焔に包まれた世界へとのまれ、消えて行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章の表現力がある。 [気になる点] タイトルが少し地味。
2011/08/24 15:56 退会済み
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