ラミー
――ああ、神様。私はここで死んであなたの元へ向かいます。
私、ルイーザ・スチュアートは人類の希望だったのかもしれません。でも誰もいないこの世界では、とても非力なのだと実感しました。
人類は閃光と爆発音によって、いともあっけなく滅んでしまいました。あれは核爆弾だったのかもしれませんね。私は行ける範囲のところで他の人がいないか探しましたが、見つかりませんでした。都市の行く先々では、ビルの瓦礫でバイクを進めるところもなく、歩きがほとんどでした。
食料品店で数日分の水と食料を調達し、ガソリンスタンドでバイクの燃料を拝借して――返すことは叶わない――旅をしていましたが、私は独りぼっちです。
時たま、教会で神に祈り、お話を聞いてもらっていましたが、あなたはなにも語りかけてはくれませんでしたね。その度に「神はそこにいるのではない。心のなかにいるのだ」と自分に言い聞かせました。
そして何年も経って私はやっと彼の地にたどり着き、ここに眠ることを決意しました。
草原が広がる大地に墓地が立ち並んでいます。ここなら私の会いたい人にも会えそうな気がして。私はもう、疲れてしまったんです。ただ、穏やかに、苦しみながら眠りたいんです。
なのに、なのに。
ここにいる二体の生物はなんですか。なにやら二人で話しているみたいだけど、私には聞き覚えのない言語です。ツルスベの人型生物が私に向かって光線を放ち、私の意識はどこか遠い、暗い空に置いてけぼりになりました。
「アー、この人間だけみたいだね。生体反応は四足歩行か翼のものしかいない」
「ヌポソロフ、こんなの保護してどうするつもりだ? 取るに足らない害獣だろう」
アーが当然の疑問を口にする。ヌポソロフと呼ばれた黒い人型生物は、時間凍結した人間の女を愛おしそうに見つめた。
「アー、これはここでやっと生まれた知的生命体だ。そんな風に邪険にするんじゃない」
「ヌポソロフ、ワタシたちはこれに地域ごとの神を与えてやったのに、これはなにも学ばなかったじゃないか。いいとこ、外惑星のやつらの食料だ」
白い人型生物アーがキリストやブッダを例に挙げるが、ヌポソロフは納得しない。
「でもね、こんなちっぽけな星で一匹しかいないんだよ? かわいそうだよ」
「ヌポソロフ、言語が乱れてる。君がそんなに取り乱すなんてね。情でも湧いたのか? ちょっと目を離しただけで絶滅する生物だよ」
ヌポソロフが小さな人間を指でつつく。アーも触ろうとするが、黒いのが拒否する。
「アー、ボクはね、人間を増やそうと思うんだ」
「ヌポソロフ、正気か。また絶滅するぞ」
懸念はもっともだ。彼らの時間と人間の時間は違う。人間が作った架空の生き物も彼らの中では現実に存在する。
「アー、この人間は他のより強い個体のようだ。これをコピーして栽培しようじゃないか」
「ヌポソロフ、それならワタシたちで管理しないか? 名前はそうだな……〝ラミー〟なんてどうだ」
ルイーザは新たにラミーと名付けられ、二体の上位存在によって管理されることになった。
ラミーは時間停止のまま回復させ、細胞を採取し、クローンを作る。性別も二つ用意し、クローンたちを地球に解き放った。
最初期は平和な時間が進んでいった。やがて奇形児が産まれるようになり、遺伝子操作をして奇形が生まれにくい個体の生産に励んだ。
時間が進むと、ラミーたちはそれぞれ性格という個体差が出るようになる。この食料は俺のものだ、この宝石は俺のものだと争うようになった。
その時になって、二人の上位存在は地球の時間を凍結させた。
「ヌポソロフ、やはり放任管理では同じ道を行ってしまうな」
「アー、なんだ、やってみると君のほうが熱心じゃないか」
原始のラミーはずっとヌポソロフの元にある。時間は凍結されたままだ。
「ヌポソロフ、ラミーたちを動けないようにして、自我も取り去ろう。そうして外惑星の連中に栽培したラミーを分けないか? このままだとキャパシティーオーバーだ」
「アー、それは……このラミーもか?」
黒いのが原始のラミーを抱きかかえる。白いアーは首を横に振る。
「ヌポソロフ、さすがに君のコレクションには手は出さないよ。ただし、コピーしたものなら……いいだろう?」
「アー、……まあ、それなら許可するよ。でも、丁重に扱ってくれよ?」
肩を落とすヌポソロフ。アーの企みには気づいているのかはわからない。
かくして二人の上位存在はラミーたちの自我を取り払い、動けなくしたところでポットに収納し〝管理〟をしはじめた。
「アー、どうせなら外惑星らに可愛がってもらえるよう〝愛らしく〟しないか」
「ヌポソロフ、それはいいアイデアだ。目玉を飛び出させる『出目ラミー』と、奇形の過程でできた一つ目の『サイクロプス型』もいいな。身長も六十三インチでは大きすぎるから思い切って十九・七インチにしようじゃないか。髪質もカーリーなものと、無毛も作ろうじゃないか。君からのアイデアも頼むよ」
黒いのはしばし考え、指で空に浮かんだディスプレイに目を通す。スクロールして出た人類のデータに驚く。
「アー、人種ごとに肌の色や骨格が違うようだ。ラミーは白くてゴツいが、黒くてゴツいのや、黄色くてフラットな個体もいるみたい。これらをラミーで再現しようじゃないか」
「ヌポソロフ、髪質や髪色と合わせて品種改良しがいがあるな。それではポットの中でDNAの組み換えをしよう」
[やめて!]
ヌポソロフはさっそく、ポットに入ったラミーたちの改良に専念する。アーはこっそり極端に太っているものや、痩せているもの、筋肉質なものを品種改良して外惑星に流した。
外惑星の買主に愛玩用ラミーは大受けした。一つ目の外惑星人はサイクロプス型が人気で、十九・七インチのラミーは家具に飾られ観賞用として重宝された。中には「人間は泳げるのだろう」と聞きかじった知識で水槽で飼って命を落とす個体もいる。
地球時間の日に三度の食事に慣れない買主は、食事を与えるのを忘れ、一年ほど放置した結果、ミイラになったラミーを見て「儚い命だ」と嘆く声もある。
[たすけて!]
一方、アーが改良したラミーは雑食性の外惑星人に大受けだ。乳房を丁寧に切り取り、腸で皮を結んで蒸す『ダンプリング』が特にウケた。口に入れて皮を噛むと中の脂肪が弾けて甘い。雄型は陰茎を焼いてコリコリとした食感を楽しみ、陰嚢を蒸したものは精液の独特のにおいが食通を唸らせた。
筋肉質のものは肉を骨ごと揚げて食べるのが好まれた。太った個体は食べる前に針で皮を刺して中の肉汁を溢れさせ、目でも美味しいと評判になった。
[そんな姿、見たくない!]
アーの存在は外惑星でも有名になってしまい、ヌポソロフの耳にも届くことに。
「アー、どういうことだい? 『食用ラミー』だなんてボクは聞いてないぞ」
「ヌポソロフ、聞いてくれ。たまたまできたユニークな個体を流したら、雑食性のやつらに食べられてしまってね。ワタシもはじめは怒ったさ。でもね、需要は止まらない。だからワタシはこう考えるようにしたのさ。『食卓でラミーたちは愛されているんだ』ってね。この考えに至るのに時間はかかったよ」
アーの言うことは頭ではわかっても、ヌポソロフの感情が許さなかった。だが、長年の付き合いで嘘はついていないことはわかる。胸の感情共有器が悲しみと痛みを共有している。だからこそ、ヌポソロフはアーとの距離は置きづらい。
「アー、わかったよ。君の悲しみも伝わっている。でもね、少しだけ時間がほしい」
「ヌポソロフ、ワタシも食用ラミーと並行して愛玩ラミーにも真剣に向き合うよ」
[嘘はやめて!]
アーは共有器を青色にして、悲しみを映した。それは外惑星の買主にもらった共有器偽装にすぎない。本当は偽りを隠す黒色に染まっていた。
もう何年、こうしているの? 私はルイーザ・スチュアート。〝ラミー〟じゃない。
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて。
私はラミーじゃない。私は、私たちは動物じゃない。冒涜するな、宇宙人。神は私に試練をお与えになった。この試練は人類の報いなのでしょうか。さんざん、動物にしてきた非人道的な行為の報いを私が背負わされている。
ああ、なんて罪深いのでしょう。自分ごとだとこんなにも残酷なのですね。動物保護団体の主張がこんなに正しいものだと考えてしまうなんて、私もだいぶイカれている。
私たちが想像していたものが彼らには現実で、視認できない人間は愚かで、宇宙人たちにとって私たちは下等な生物だったんですね。それならUFOなんてまどろっこしい方法なんてとってないで、教えてくれたらいいのに。お前たちより上等な生物はいくらでもいるって。
今日も〝ラミー〟がアダムスキー型で出荷される。




