【副将と主将】
このまま戦いが続けば、ほどなく趨勢は決するかと思えた。
その時、精鋭の重騎士がひとり、猛然と突っ込んできた。全身を鎧に包み、ハルバードを猛然と振るい、周囲に敵も味方も寄せ付けないのだ。
北蛮の戦闘員たちを突っ切って最前線を突破し。他の雑兵とは一線を画する足さばきで、すべる路面をものともせずに吶喊してきた。
長物を振るう武器捌きの鋭さに、防具らしい防具を持たぬ北蛮たちは一気に後退を強いられた。彼らの蛮刀や木剣は刃渡りで劣るため、踏み込みきれない。
鎧の硬さと長物の射程に頼みを置いた戦いぶりは、勇ましいかのようで実のところ怯えと保身が見える。
そのときテンヌが副長に言った。
「そろそろ靴底が凍り付くのではないか。戦って参れ」
わずかに肩をすくめ、副長は前に出た。何も言わずに腰の直刀を抜くと、北蛮たちから期待に満ちた声があがる。
「おお、やるのか!」
重騎士はその姿を見るや、身を乗り出すように構えた。
散歩でもするかのように剣をぶら下げた歩きぶりの副長と、武器を構えながらじりじりと迫る騎士――体格、武器のリーチ、ともに分が悪いかに見えた。
だが、間合いが狭まった刹那。ハルバードが副長の灰色の外套を無惨に切り裂くかと思われたその時には、穂先が断たれて宙を舞っていた。
「はあっ……!?」
重騎士は急に武器の手ごたえがなくなったことで、妙な声を上げて姿勢を崩す。
直後、続けざまに刀が閃いた。騎士の鎧の隙間、首元、肘、膝から鮮血が噴き上がった。凍結する路面に散った赤い液体がすぐさま氷結する。
「天晴じゃ!」
「まったくやるねえ!」
周囲の船員の歓声に応えて指を鳴らすと、副長は再び直刀を振るった。切り落とされ跳ねあがっていたハルバードの穂先が、直刀の峰で弾かれて海へと飛び、海面で水柱が立った。
「いつ見ても見事だのう、副長の『月刎』さばきは」とロウギはため息をついた。
北蛮の士気はますますに上がった。船員たちが勇んで敵へ向かおうとしたとき、剣風がその意気を阻んだ。前線には指揮官たる老騎士が立っていた。
長剣を手にした男の次なる一手、動いたのは腕ではなく舌であった。
「主将同士の決闘を申し込む」
「なんだと?」船員たちが声を上げる。
「負けそうだからって後出しの決闘でどうにかしようってか?」
老いた騎士は口を結び、血色で黒ずんだ顔になりながら、もう一度声を上げた。
「これ以上の被害は双方無意味! 決闘を申し込む! それにて両軍の勝負を決したい!」
片手に長剣を持ち、いつでも抜刀できるようにしたその立ち振る舞いは、荒くれた北蛮たちといえども、生半可な意気では近寄りがたい迫力があった。
シズハは老騎士の様子から、このままでは負けると判断し、恥を押してでも一騎打ちで一縷の望みにかけたのだと見た。
(主命を第一にするなら、それもあるいは妥当か……)
わが身狙う敵なれども、老騎士の恥を嚙みしめた顔を見て、シズハは他人事とも思えぬ心理を感じた。
「ふん……決闘か。まあ仕切り直したくばそれしかあるまいな」
いつの間にか、テンヌも船員たちの間を抜けて前線へと立っていた。海賊の頭領が、老いた王国騎士を見下ろす。
「ならばその蛮勇に免じて、わしが直接相手をしてやろう」
雪交じりの風はいつしか吹雪へと変わっていた。灰色の空を白い雪が塗りこめる。倒れた兵士たちの鎧に雪が張り付き、体力を奪っていく。
「両軍、退けい!」
そのひと声で、船員たち、兵士たちはいっせいに引き下がった。
老騎士とテンヌとの戦場が、輪を描くように浮き彫りとなる。そして石畳を雪がまたたくまに覆っていった。
女は背にしていた長い鉄棍を手にすると、鎚と反対側の先端に氷が作られていく。
氷は幅広の刃となり薙刀の形を取った。さらには胸部と前腕を氷が覆って、巨大な装甲と刺々しい籠手と成った。
自らの祝福の力により、無骨な鉄槌をを利で美しい氷の槍へ変貌させ、身を守る鎧を備えたのだ。まさに超常の力だ。
天を貫かんとするように、槍を突き上げてテンヌは叫ぶ。
「改めて名乗ろう。わしは北蛮海賊団頭領、血吹雪のテンヌである!」
「我が名はコーグ! 新たなる秩序、ウォーサ王国の忠実なる騎士なり!」
構えられる武器は長大な剣と、異形の槍。互いが互いの身の丈ほどの大物である。
老騎士のつるぎも、本来であれば大器であり、見るものの畏怖を呼び起こす風格がある。
だがこの場においてはテンヌの長躯と長槍がそれを上回る威容をまざまざと見せつけている。
一時のにらみ合いを経て、テンヌが槍を振りかざすと申し合わせたかのように騎士コーグも動いた。
打ち下ろされた槍を長剣が受け止める。かと思えばコーグは槍の矛先をいなすと同時に脇へ構え、横一閃に相手の胴へ剣を振るった。
だがその時、すでにテンヌの身は引いており、剣先は空を切った。巨躯でありながら目算を上回る身のこなしであった。
そこから、しばし槍と険とがぶつかり合う打ち合いが続いた。一撃ごとに、氷と鋼が高速でぶち当たる鈍い音が響く。
騎士の本気の打ち込みに対して、テンヌはなかば後手後手の対応であった。自分体の長が優勢とみて、周囲で戦いを見守る兵士たちは快哉を叫ぶ。
だがシズハの見方はちがった。
(あの女、まったく本気じゃない……!)
背に怖気が走った。常人ならば剣で受けたとて、全身ふっとばされそうな重い一撃を、テンヌはなんの深刻さもなく、見てから反応している。
横薙ぎを見ては、わずかに身体を横に躱し、速度の鈍る終わり際を槍の中腹で受け止めた。
大上段から振り下ろされるとみると、むしろ間合いを詰めて重みの乗る前に穂先を突き上げて抑えた。
恐るべき精度で、巧みに敵の攻撃を防いでいる。
その行為の違和感は、はたから見ているシズハよりも実際に戦っている騎士コーグがだれよりも感じ取っていた。
戦闘を続けるほどに、周りの歓声が上がるほどに表情は険しくなり、幾たびかの打ちこみを受け止められたタイミングで、一度大きく間合いを取った。
「おのれ、ナメおって……」
老骨の奥歯がきしむ。剣を持つ手はあくまで平静だが、気合に怒気が混じり味方の兵さえも気圧され、後ずさりするような威圧感をもたらしていた。
「ナメる? 妙なことを言うの。力の差を正しく見ることをナメるなどとは言わぬ」
槍を天秤棒のように肩へ渡して、テンヌは笑う。
「ほざいたな、獣が!」
次の瞬間、老騎士の剣の切先は、標的へ肉薄していた。テンヌの鳩尾へと、全体重、全速力をもって突きこまれた。
その技の速さたるや、周囲の者の驚きの声が上がったのは、その刃が止められた後であった。
周囲を囲む海賊も兵士も、技の速さに驚いたと同時に、その恐るべき刹那の突撃が止められた事実にも驚かざるを得なかった。
なによりも驚愕をもたらしたのは、テンヌがなにひとつとして動きを起こさなかったことである。
長剣を『不抜の霧氷』が止めた。彼女の皮膚と、突きこまれた切先との間に、幾重もの氷の層が形作られ、それが突撃の力を封殺したのだ。テンヌの桃色の肌に一筋たりとも傷をつけることはなかった。
渾身の一撃が身じろぎひとつしないうちに受け止められ、老騎士は目を見開いた。驚愕で引き結ばれた口元に、なお深い皴が刻まれる。
「バケモノめが……」
「ようやく見えたようじゃのう。断絶が」
くくく、と笑うと、テンヌは槍を振りかざして言葉を続けた。
「決闘の礼に基づき! 騎士コーグお主を叩き潰す!」
鍛錬に基づいた反射により、コーグは長剣を眼前に渡して防御姿勢を取った。自分よりもはるかに巨大な餓狼に見つめられた老人の姿だった。
目を見開いた顔は、巨大な犬に吠えられた子供の表情と近似していた。
「白狼颪!」
天を貫くがごとく振り上げられた矛が、突風よりも早く振り下ろされた。
コーグの両腕に、骨も砕けるかのような重い触感が襲った。だが直後、重みははるかに小さくなっていた。左右の手に握る、剣の塚と刀身、それらは破断していた。
テンヌの槍で長剣は真っ二つに割れていたのだ。防御は意味をなさなかった。
そして直後、テンヌは槍を瞬時に持ち替えていた。
振り下ろした勢いを殺さず、むしろ加速させながら、矛先と反対側の鎚頭を頭上に振り上げていた。一切の無駄のない一連の動きであった。
「うぐ――ぎゃあ!」
老騎士が恐怖に喉を鳴らしかけた時には、遠心力を伴った重すぎるほどの一撃が振り下ろされ、うめき声を無様な悲鳴に変えた。磨き抜かれた鎧が無惨にも砕け散り、あばらの砕ける音をコーグは骨伝導で聞いた。
よろめきながら歴戦の戦士が倒れかけたその時、すでに槍は再度反転していた。
老いた眼は矛先を天に仰ぐ。驚いている暇などなかった。それを認識したときには、すでに更なる加速をもって矛は振り下ろされていた。
矛先が袈裟懸けに一閃。長き年月を練磨したひとりの騎士の肉と骨を、若き海賊の凶器がやすやすと切り裂いた。
雪に覆われた山から身をひるがえして下る狼の群れ。容赦なく吹きすさぶ突風。そしてすべてを呑み込む雪崩――
奥義。白狼颪。北蛮の地の峻厳たる霊峰の名を預かる連撃である。
傷口から跳ね上がった血飛沫が宙を舞って凍り付き、赤い雪となって風に巻かれていく。
それこそが血吹雪! これまであまたの敵を打ち倒し、勝利のたびに散りゆく名物。北蛮海賊テンヌの代名詞であった。




