【居並ぶ北蛮/祝福のチカラ】
その腕から離れたことで、シズハは改めて北蛮頭領・テンヌの全身像を眼にしていた。
女の身でありながら、半端な屋根くらいなら、その背でひっくり返してしまいそうな巨躯だった。
(道理で……さっきまでやけに視点が高かったわけだ。こんなに大きな人間、見たことがない! かつてみた熊の剥製、それよりおっきいんじゃないか……?)
体形自体は女性的であり、輪郭だけを見れば中肉程度にさえ見える。だが四肢や腹筋など明らかに引き締まった筋肉質であった。常人とは一線を画する水準である。
新雪のように真っ白で跳ねがちな髪の毛を、後頭部の高い位置でひとつ結びにまとめている。そのまとめた髪の物量と存在感たるや、後頭部から背中、腰のあたりまで覆っていた。
(白狼の毛皮を背中にまとってるみたいだ……)
腕に抱かれた状態から離れたことで改めて見ると、鮮烈な格好の女だ。白い髪と美貌はもとより、衣服もまた特異である。
はなはだ存在感の強い胸元は、包帯らしき布で何重にも巻かれている。両肩には黒い羽織が袖を通さずにかけられており、高い腰から下は暗い紅色の袴であった。
背負う武器は、本人の身の丈ほどもある長い竿状だ。一方の先端には円柱状をした小型の鎚頭が備わっている。武器である以上に工作や山野での活動に用いるための実用品であるらしく、装飾性のまったくない無骨なものである。
文字通りに群を抜いた高身長と相まって、どこにいても目を引くであろういで立ちだ。巨躯と頭髪と広がりある衣とがあわさり、常人の三人か四人分の存在感はある。まずもってそこらの街で見かけることのない、威風があった。
「さて! さて! 戦いに否やはないようじゃのう!」
テンヌがゆっくりとした足取りで歩み、最前列に立つ。
王国の兵士たちの装備は、鉄の槍を主な武器として、鉄兜、肩と胸部を覆う鎧、籠手と脛当てといった具合だ。武器は多少の差異あれど防具はほぼ共通である。
対する北蛮たちは、全員が揃いの黒い外套、ズボンも同じく黒。腰にそれぞれの蛮刀を下げている。ほとんどが防具らしい防具を装備しておらず、一部は胸当てや籠手を装備している者もいたが戦い慣れした様子の少数である。
居並ぶ船員たちには、街中でシズハが見かけた者たちもいた。
シズハが最初に遭遇した、ひっつめ髪で乱暴そうな女。丸眼鏡をした猫背気味の男。長身長髪で優男風のやつ。
また本拠の船からも荒事に慣れた様子の若い男や女が現れた。
頭領に次ぐ背丈をした、鷲鼻で地黒な巨漢。短弓に矢を番えた、短髪で涼しい目つきの女。果てはシズハよりも背の小さな女子が、巨大な棍棒を肩に担いで前線に立っている。
船員たちはいずれも、王国の兵士たちに一歩も引かない気迫で肩を並べて立ちはだかっていた。
テンヌは空に向かって掌を向けると、あっというまにそこには雪が積もって氷の玉となった。
「これを高く投げ上げ、海原に水柱を立てた時を開幕の合図とする。構わぬな?」
老騎士は頷く。女は肩を回し、大きく振りかぶって宙高く放り投げた。
北蛮船員たちが身を乗り出す。兵士たちが武器を構える。
とぽん――のんきな音を立て、氷が海に飲まれた。
「かかれ!」
老騎士の号令で兵士たちはいっせいに踏み出した。
一方の北蛮はまだ全員がその場に留まっている。
待っているのだ。頭領の一手を。何の指令もなかったが、なにをするかを理解している。
「くくく……」
テンヌは左の拳を雪の空へ掲げていた。
その時、シズハは先ほどまで背を支えていた、その手首を初めて見た。
手首を一巡する痣があり。手の甲側には三本の直線が交わった(*)の紋様が刻まれていた。
シズハにはその痣に見覚えがあった。「まさか」とつぶやく。
掲げられた拳は、先刻までの雨で濡れた地面へと叩きつけられた。
拳は一瞬光を放ったかと思うと、打突点からみるみるうちに路面が凍っていく。空から舞い散っていた雪の粒は一段と大きくなり、霰に近い。先進を切っていた敵兵が、何人も氷の表面に足を滑らせてすっ転んだ。
その場の空間を、テンヌただひとりが支配したかのようだ。
シズハは冷気で凍えているのか、驚きで手足が冷たくなっているのか判別がつかなかった。
「祝福を授かっているのか……!」
「なんだ、知っているのか。カシラの『アレ』を」
「知っているもなにもない……あれは、あの痣は僕の……」
そう「僕の妹と同じ」……そこまで言いかけて口をつぐんだ。
特異体質『祝福』。それこそ、シズハと双子の妹フィシーの命運を分けた要因だった。だが妹のものは、これほどに大規模で支配的な力を行使できる代物ではない。目の前の光景と比べればささやかだ。
***
『祝福』、および《ブレス》と呼ばれる、先天性の超常的な特質である。オリゾーン大陸において古い時代から人々の身に現れていた。
どこででも聞くようなおとぎ話のあらましが『祝福を受けて生まれた若者が、一念発起して人々を苦しめる竜を懲らしめに行く』といった話なのである。
それほどごく普遍的に知られるものだが、その実で稀な特質である。正確に計れたものはいないが、程度の低い祝福でも数十年にひとりの希少さとされる。それゆえ、人間が理解できていることは僅かである。
だが、歴史の中で判別されてきた確たる条件が三つある。
ひとつ。自然物(非生物に限る)にまつわる異能力を得ていること。
ふたつ。持ち主は手首に腕輪のような痣が浮かぶこと。
三つ。生まれつきのものであり、かつ血筋に依らないこと。
……といったものだ。
また、祝福の中にも程度の差はあり、戦場に立てばその趨勢を左右するほどのものから、街の名物人間の範疇で収まるものまでさまざまだ。
由来については、救いの神の加護であるとか、土着の精霊によるものだとか、大地から与えられたものだとか様々な言い伝えが混在している。つまりはその土地のものを庇護する『何者か』の力だと信じられているのだった。
***
テンヌの祝福は、『氷』であるとシズハは見た。厳寒の地の生まれに相応しいとも言えるが……
彼にとって海賊の親玉が祝福を受けていることは、ひどく信じがたいことであった。こんな荒っぽい稼業に身をやつしているものに祝福が与えられるというのか。
(だったら……なぜ僕はそうじゃなかったんだ)
聞かせる相手もおらず、言葉を喉の奥に飲み込んだ。
冷静に考えれば、生き方などで左右されるものではないとわかっている。生まれた時に与えられるものだ、その後の生涯をどう判断できようか。
シズハの頬を雪風が撫でていき、彼はうつむいていたことを自覚した。再び戦況へと目を向ける。
北蛮たち揃いの、無骨な外套の意義がよくわかった。こんな初夏の真昼にも雪を降らせるほどの冷気など、まともに浴びていいものではない。少々暑さが堪えようと、日ごろから備えているのだ。
北蛮たちは雄たけびを上げ、いまこそ突撃した。
彼らは凍った路面に慣れており、瞬く間に乱れた敵陣に突っ込んで一気呵成に攻撃を仕掛けた。乱打乱打の雨霰である。兵士たちはひるんでほとんどの者が満足に動けない
。
最前線で突っ込んでいった女が、木剣で敵兵の腹部を強かに突いた。長髪の男が、肘鉄で敵の横っ面を痛烈に打った。巨漢がふたりまとめて投げ飛ばす。
腰を入れて武器を振ることもかなわない兵士たちを、海賊は圧倒していた。
「強い……」
シズハの想像を超えた戦力だった。地の利を得たことを差し引いても、船員たちひとりひとりの武力は兵士たちを優に上回っている。
このまま戦いが続けば、ほどなく趨勢は決するかと思えたが……




