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【船着き場/戦】


 海賊船の周りを北蛮船員が守り、騎士団はそれを取り囲んでのにらみ合いであった。頭領が立ったのは、船を背にした一触即発の最前線である。


「いまさら宝が惜しくなったか蛮族ども! さっさとその小僧を引き渡せ!」

「そうだ、秘宝の行方を吐かせろ!」

 兵士たちが口々に罵り、詰め寄る。長たる老騎士はシズハをじっと睨み、押し黙っていた。


「秘宝? ……ああ、そんなものは忘れた」

「わ……忘れただあ? カシラ、じゃあこの大騒ぎはなんのために……」

「おい! 報酬の金はどうするんだ金は」

「そうだ、あれだけありゃ船中の装備が更新できるって、副長もあのツラで喜んでたじゃねえか! あのツラで!」

 兵士たちだけでなく、北蛮の船員たちからもどよめきが上がる。


 体格の大きな兵士がひとり前に歩み出て、大声で言う。

「ふざけるな! 横取りして自ら手に入れる気だな、欲に目がくらんだか!」

「知らぬ。わしが今ほしいのはこの子だ」

「くそ、人さらいどもが……」

「契約を破るのか!」


 その時、テンヌの表情が変わる。シズハを見つめていた時の熱っぽさとは打って変わって、眼差しに冷たい怒気がにじむ。


「約束を違えたのはお前たちの側だ。我々が受けた仕事はこうだ『凄腕の隠密から秘宝エリオンを取り戻せ』……違うまい?」

 シズハは気づいた、凄腕の隠密とは師父であるエドモントのことだ。彼の手ごわさゆえにこの海賊たちが雇われたのだと。


 兵士たちは、訝し気に顔を見合わせててから、首肯した。


 直後、テンヌは海を波打たせるような怒号を放った。

「なまぬるいッ! わしはどこの兵でも手に負えぬ強敵がいると聞いたが故、船を挙げたのだぞ! だというのに斯様な仔狐を追い回させおって!」


 或いは港を通り越して街中に響きそうな声だった。その内容と感情に偽りがないと示すほどに。


 静まり返る港で、テンヌばかりが変わらぬ様子で、シズハの頬に指を沿わせた。

「だがもうよい。この子を貰っていく。まだ見ぬ凄腕や、得体の知れぬ秘宝よりは愛いゆえな」

「なんで!?」

 シズハは思わず叫んだ。だがすぐに思い直す。結局はエリオンを手に入れるための謀りごとだ。油断させるつもりでしかない。


「わからぬか? わしはお主の心身を買ったのじゃ。もともとは標的たる隠密を勧誘するつもりであったが――いまとなってはお主のほうがよい。ともに来い」

 テンヌはシズハをその腕の中から放そうとはしなかった。


 さすれば、王国の兵士にとってみれば持ち帰るべき秘宝の手がかりを奪われたも同然である。求めるものは違えども違えども、行く先が真っ向から対立を起こしていることは明白だった。


 これまで沈黙を保っていた老騎士は、兵士たちの群れの中から一歩前へ出た。それに対応して、テンヌもまた一歩前へ出る。

 双方の間に立つ者はなかった。緊張が場を包む。主将同士の対面に口を差し挟める者はいなかった――ただひとりを除いて。


戦場(いくさば)が必要だな」低い声であった。

 北蛮の副長である。


 つまりは戦わねば収まりがつかない。話し合いで済む段階を通り越している、その現状を示す一言であった。

 副長は桟橋から港の陸地へと歩を進めた。彼が進むほどに王国の兵士たちは前線を下げ、追従して北蛮の一般兵たちが歩く。テンヌもまた追って動いた。


 全員が古くから港を構成する石材の足場に立ったあたりで、副長は北蛮の側に身を寄せた。

 その時、桟橋をほぼ中心として王国の兵士たちと北蛮海賊の瀬人たちがにらみ合うような構図であった。副長は自然な動作でこの場面を作り出したのだ。


 シズハはその過程を観察していたため、なんでもないような動きでありながら、場を操作する力に舌を巻いていた。

 かくして王国兵たちと海賊たちは同一の条件で対峙していた。


 雪が降る中、王国の兵たちは身震いをするものばかりだったが、北蛮の船員たちはだれひとりとしてその寒気に動じていなかった。揃いの外套のためもあろうが、なにより冷気に慣れているのだ。

 老騎士が身震いをしたのは、その歴のためかあるいは頭領の底知れぬ力を感じてか。


「この子を賭けて戦うか?」

 テンヌが問うと、老騎士は静かに頷いた。

「よかろう」

 シズハはここでようやくテンヌの腕から降ろされた。肉感から離れた背中と手足をいやに冷たい風が撫でていった。だがぬくもりが覚める間もなく、別の船員へ引き渡された。


「逃がすなよ、ロウギ」

押忍(おす)」と、ひとりの男がシズハを掴んだ。


 逃げた家畜をつかまえるような、いやに丁重で逃がすまいとする所作だった。その男の顔を見た途端に、シズハはあっと思わず声を上げる。打撲で頬を腫らした、無精髭の男……見覚えのある顔だ。


「さっきぶりだな、おお?」

 蹴り倒した男だった。拘束に手心を感じた先ほどとは打って変わってきつい戒めとなる。


「これはこれは……えっと、お元気で?」

「おう、おかげさんでなァ?」

 シズハは半ば笑い、半ば気まずさで口角が上がった。それを見てか、男・ロウギの腕はなおシズハの首に食い込んだ。


「これっぽっちの手心もねえから覚悟しやがれ。今度こそ逃さん」

「……お、お手柔らかに……?」


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