表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/28

【氷室03/潮目】

 ニナが素っ頓狂な声をあげた。

「呼ぶ? 海流をぉ?」


「うん。エリオンを灯台に灯した港には、銀の波がやってくる。円環を描く海流の一部分になれる……んだって、伯父上、が」

 シズハの声は徐々に小さくなる。


 繰り返し説かれた、アウレー再興の希望だが……あまりに話が大きく、自分自身も実のところ確信はないのだ。


 ロウギが髭を掻きながら頷く。

「ははあ。そうすると、船が行き交う、商売が盛んになる、島そのものがにぎわう。で、教会にもひとが来るってぇことか」


「うん。伯父上の教会は、もともと大陸中の人が巡礼に来る、人々のよりどころだったんだ。天変地異で大地が割れて、断島になってからさびれてしまった。だけど、海流を呼び込んで人の流れが戻ればきっと、また栄える……」

 シズハにとっては、大恩のある伯父のためであり、その地盤を継ぐことになっている双子の妹のためである。


「くだらない迷信じゃねぇの? そんな宝石持ってって、なにがどうなって海流が変化するってんだか」

「迷信じゃない。確かにそういう話がある」

 鼻で笑うエイラに、シズハは強い語気で言い返す。


「エリオンだとか灯台によるものかはともかく、銀海流の潮目・・が変わったって話は俺も聞いたことがあるな」

「本当? やっぱりあるんだ」

 シズハは思わず、目を輝かせてトウローを見る。


「ああ、数年前は魚群や漂流物がたくさんきてたのが、まるで見当たらないとか。豊漁豊作が嘘みたいになくなったって、港のじいさんがしょげてたよ」

「ふぅ~ん?」

 エイラはまだ、半信半疑でいぶかしんでいる。


 考え込んでいたニナが、シズハを見上げて言う。

「それさ。ほんとにできたとしても本末転倒じゃない? あんたの伯父さんがさ、教会のためだーっていっても、海流の流れが変わったら主流から外れる島もあるんじゃん。人の助けをしようってのに、そっちのことはどうでもいいわけ?」

「いや、そういうつもりは……」


「第一、人が来なくなったってのも、単に求められてないからそうなったんじゃないの。潮目が変わってもその後が続くの?」


 キャベツに包丁を入れるかのようにザクザクと言われ、シズハは返事に困り、うつむいて小さく言う。

「そこまでは、僕には……」


 トウローがつつく。

「ところでもうひとつ、俺が訊きたかったことがあるんだが。エリオン、どうやって探し当てたんだ?」

 来た、とシズハは思った。エリオンについて情報を集めるならば、必ずこの手の質問は来るとわかっていた。


 だがそれこそ、シズハがなにより隠したいことだ。


「僕の師匠は、使者として他の教会と行き来してたんだ。そういうときに情報収集もしていたものだから。その……風の噂? でさ」


「噂ぁ? あんたんとこって海流のはずれなんだろ。そんなとこまで届く噂なんかで、()っけられたのか? だれかに取られる前に?」

「王国の兵士どもがあれだけ血相変えて奪いに来てたろ? なんの正当性もないのに、子供ひとり追っかけてぶんどりに来るくらいだ。そんな情報が間に合うとは。おかしいな」


 エイラとトウローの立て続けの指摘に、シズハはゆっくりとした口調で返した。


「……一度人の手に渡ったら、そう簡単に消えるものじゃない。海に沈んだりしなければ、だれかとだれかの間で話題に上る、そうして伝わるものもある」

「どこへでも聞き耳立ててるんでもない限り、そう簡単に断島の外に伝わるか? そこら中に密使を送るんでもあるまいし」

「人の手を渡ってたってことは、盗んだのか?」

「それは違う。教会の教えに誓って、決して盗んでも奪ってもいない」


 限界だ。少年はするりと輪を抜け出した。歩いて来た方の通路を背にし、逃げ出す余地を作ってから言う。

「……この先は、言えないな」

 追及が来ることはわかっていた。だがこれ以上を話すことはないと、シズハはすでに決断していたのだ。


***


 シズハがなによりも隠しておかねばならないこと。

 それは、妹フィシーの祝福のことだ。

 彼女は祝福により、風を通じて遠くの物事を知ることができるのである。

 伯父が『風読み』と名付けた異能(ちから)だ。


 言ってしまえば、『同じ空の下にあるひとの話し声を聞ける』能力である。

 風が伝わる先=空気を遮るものがなければ、限りなく人の声を聴くことができる。


 しかし、風の運ぶ膨大な声のなかから、有益な声を拾い出すのはそれだけで大きな労力となる。

 風の拾ってくる先が、遠くになるほどに行使するフィシーの負担も大きくなる。

 だがそれでも、エリオンの情報を集めるには充分なものだ。


 フィシーの長期にわたる風読みにより、エリオンにまつわる物事の情報収集をなしていたのだ。


 そして、それが海賊に知られれば……エリオンひとつどころではない。

 航海に交易に戦いに、果てしなく便利な人材となる。

 シズハは万が一にも、妹がよそのものたちに眼をつけられるのを避けたかったのだ。


***


 エイラはムキになり、シズハに食って掛かる。

「言えないってなんだよ、言うだけならいいじゃんか」

「まだなにか聞きたいの? ずいぶんお喋りしたつもりだけど?」


「ちぇっ、一番肝心なところは喋らないってか」

「……そうだな。結構、話し込んだ。そろそろ持ち場に戻るとするか。なあ?」


「あ! やば、仕込みをまかせっぱなしだ!」

 ニナの声がよく響いた。そして彼女は帳簿を握りしめ、あっという間に厨房へ駆けだしていった。


 トウローは、すでに聞いた話だけで、ひとまずはお開きにするつもりのようだった。

 だがシズハは、彼の眼から感じた。このまま話を終わせるつもりはないと。


 トウローや船員たちが、軽々に害をなす相手だとは思わない。だが大金が動くとなると日常での人柄などあてにならない。港でシズハを追ってきた兵士たちとて、多くは普通の人間だったことだろう。


 シズハは胃が重かった。

(この船でも、思った以上に用心がいるな……)


 エイラはまだぐちぐちと言っている。

「あのカシラに一撃くれてやった時は確かに興奮したけどさ……よくよく考えたら、なんでこんなちっぽけなのがあいつに好かれてるんだ?」


 呆れながら、トウローはいさめる。

「なにか響いたんだろうさ。男と女の話だ。外からどうこう言ったって仕方ないぜ?」

「男と女ぁ? お互いに男だか女だかわかんないようなツラとガタイのくせにさ。こいつだって、パンツ脱がせでもしなきゃどっちかわかんないね」


 緊張の続いていたシズハには、その言いぐさがひどく癇に障った。思わず、エイラを睨みつけて言う。

「なにそれ、侮辱かい?」


 エイラは少し驚いた顔をしたが、すぐににやりと笑い、拳を握った。

「だったらどうする?」

「おい、エイラ」

 ロウギが割って入ろうとするが、エイラはそれを押しのけた。


「こいつはちょうどいいや。シズハぁ、甲板に上がんなよ。あんたとケンカして泣かしてやれば、鼻血出させるよりもよっぽど頭領(あいつ)の鼻を明かしてやれるね」


 シズハは、半ば喜び、半ば窮していた。


 フィシーの事からは完全に話を逸らすことができた。その点ではうまく運んだと言える。

 しかしそこから、殴り合いのケンカに直行だとはまったく想定していなかった。


 今更に、ロウギの助言が思い出される。

『いきなりケンカを吹っ掛けてくるような奴は……いないこともないが、まあないだろ。うん』

『特別に血の気の多いのがひとりな。ほれ、お前が娘っこの格好をしてた時に、一度会った女だよ』


 テンヌが規格外とはいえ。エイラだってシズハよりは身体が大きい。明らかにケンカ慣れしている。


 船医のクォーレに手当てはしてもらえたが、まだ胸の痛みは尾を引いている。


 だが今ここでエイラから逃げ出せば、テンヌに勝利したことで勝ち得たものが陰る。無道丸での自由と、船員たちから一目置かれた立場とが。


「言わんこっちゃない……」

 ロウギは頭を抱えていた。


 その時――


 とん、とん、とん。

 床板を叩く音が、穏やかで力強く響いた。


 シズハの背後からだ。

 その場の四人はいっせいに音の方へ目を向ける。


 くすんだ編み笠に灰色の外套……副長が通路の向こうに立っていた。

 刀の鞘で足元を叩いたのだ。


 その立ち姿は静かだが、場の者に無視をさせない圧がある。統率者の圧だ。


「邪魔をしたか?」


 トウローは慌てて言う。

「いいや! そんなことはない。なあロウギ!」

「おお。いやはやまったく……おっと、俺たちに何か用か?」


 険悪だった場の空気に、冷や水がかけられたようになる。

 エイラはすっかり動揺して目を泳がせている。


 シズハは身構えつつも、安堵のにじむため息が口をついて出た。


 そして副長は、少年の方を向き、親指を立てて背後を指した。いっしょに来い、と。

「話がある」


次回:先の告知から延期して、3/25(夜)に予定します。

木曜+三連休が緊急の用事で完全につぶれたため。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ