表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/28

【甲板05/銛打ち】


「わし直々の銛打ちじゃ! ものども、為すべきことはわかっておろうな!」

 傾きつつある陽光の中、テンヌは叫ぶ。


 海賊の頭領として、狩人として。

 その声には力があった。


 首長竜を狩猟すべく、甲板が湧きたった。肉体に血が巡るように船員たちが動き出す。


 ダカツが先んじて動き出し、大きな木製の円柱ドラムに巻きつけられた縄を担いできた。

 テンヌはその縄先を握り、丁字型になっている鎚頭に固く結んだ。


 その間に、ロウギは大きな桶を海へ投げ込み、ひとすくいの水を汲み上げた。


 テンヌが桶へと鉄棍の端をつけると、彼女の手首がわずかに光る。

 周囲へと肌に感じるほどの冷気がもたらされる。


 そして水から引き上げた棍には、見事な氷の穂先が作られていた。

「銛よォし!」


 港での戦いの槍とは形が違っていた。鉄棍を中心として、()()()となるトゲが三方向に伸びている。

 つまりは突き刺さった標的の肉体へ、食い込む形状である。


「投網の用意もしておけよ、網打ち要員! 狩ったところで、肉が海底に没されては困るゆえな」

 頭領の声を受けて、数名の船員たちがはりきって準備に動いた。


 テンヌと船員たちが準備を整える。

 そのうちにも、巨影は大船と並走するどころか、先を行くほどの位置取りとなっていた。


 両者の間合いはじりじりと近づいている。


 シズハは水底から上ってくる敵意を感じて、預かった羽織のふちをにぎりしめていた。


 同時に疑問が浮かぶ。

(なぜだ? 首長竜あいつは矢を射かける前からこっちに迫ってきていた。縄張り意識か? それとも巨大な船を見て、競争相手とみなしたのか……)


 さきほど、顔を上げたわずかな間であるが、シズハはあの竜と目が合った気がした。

 野生動物の持つ表情は、人間のそれとは様態の異なるものだ。緊張と恐れゆえの錯覚かとも少年は思った。


 しかし……その全身に及ぶ寒気が、ただの錯覚とは思わせなかった。

(……わからない! わからないが、とにかく敵意を感じる!)



「やっこさん、まだ速力を上げるぞ! ぶつかってくる気だ!」

 ボレーの目が敵の動きを察知した。


 テンヌは揚々と返す。

「好都合よのう! 引き付けて撃ち貫く!」


 テンヌは船べりに片足をかけた。


 袴が風を受けて、その下にある太股が浮き彫りになる。

 丸太のようなそれは、竜の牙をも跳ね返しそうだった。


 そして、しなやかで伸び伸びとした右腕で銛を構える。

 弓の弦をより集めたように強力な筋肉が内蔵されているそれは、鉄と氷でできた銛を、手の先でピタリと制止させた。


 腕と脚とだけでなく、意外なほどに細い腰の全面に備わる腹筋もまた、力をみなぎらせている。


 足と腕と胴体と。

 さながら、人力捕鯨砲の発射準備完了といった威容だ。


 銀海流の中を並走していた巨影が、急速に角度を変えた。

 やや先行していたのが、急に船へと向かってきた。


 軌道をほぼ直角に曲げて、船へと迫りくるのだ。


「突撃だ! 狙いは船の土手腹どてっぱら!」と見張りが叫ぶ。


 角の形が視認できるほどの海面すれすれで、首長竜は無道丸の船腹に襲い掛かった。

 海中から巨大な物体が迫る。銀海流のうねりがますますひどくなり、水の動きで船が大きく揺れた。


 甲板の船員たちも揺れに応じねばならず、身構える。その一部は、体勢を崩してそばのものに捕まらねばならなかった。


 シズハもそのひとりであり、とっさに両手足を床について辛うじて転ぶことを耐えた。


 だがテンヌはまるで違った。


 船べりに片足をかける不安定な姿勢でありながら、上半身が全く揺らいでいなかった。


 下半身の筋肉で揺れへ対応し、その影響を完全に殺したのだ。


 銛を構える腕と標的狙う両目は、十全な状態を保っていた。


 竜の角が急速に迫り、甲板の緊張も最高潮に高まった。


「来るぞ! おカシラあ!」

 櫓の者が叫ぶ。


 テンヌは口を引き結ぶ。

 巨影が最接近するその寸前――


「――もらった!」

 彼女は牙を剥いた。同時に銛を投げうつ。


 狼のような叫びとともに、腕が風を切った。


 固唾を飲んでいた船員たちも、その銛の軌跡を視認することはできなかった。


 腕の動きは、振りぬいたその後に見えた。

 銛が水面を貫く音さえ、後から聞こえたかに思えた。


 それほどの速度で投擲されたのだ。


「み……見えなかった!」

 シズハは驚きを吐露していた。


 銛打ちの直後……一瞬の静けさがあった。


 船員たちが身構え、予測したような衝撃は来なかった。

 巨竜の突撃は無道丸へ命中しなかったのだ。


「こ……殺せたの? あとは解体するだけ?」

 だれか、船員の女が顔を上げて言う。


 しかしテンヌはそれに応えず、銛を打った海中をじっと見ていた。


 テンヌの見立てでは、銛は確かに首の付け根へ突き刺さった。

 そのまま、じきに息絶えるかと思われた、が……


 ――直後。海のうねりが、またもや船を大きく揺らした。

 銛を受けた竜が、痛みに荒れくるって暴れたのだ。


「ヤツはまだ死なぬ! 総員、気勢を絶やすな!」

 テンヌが叫んで檄を飛ばす。


 彼女は、後ろに立つ船員たちに叫ぶべく、身体を反らせていたのが幸いした。


 瞬間。竜の長い首が持ち上がり、海上へと跳ね上がった。


 一瞬のうちに、海中から角が振り上げられたのだ。

 船べりの一部に大きな傷が刻み込まれていた。もしも船縁から身を乗り出していれば、その切先で骨肉を裂かれていたであろう。


 振り上げられた角の先端は、テンヌの頭のさらに頭上にあった。


 肉薄してわかったことだが、竜の頭はそれだけでテンヌの身の丈ほどあの大きさだ。もちろん首の長さはその数倍ある。

 口を開ければ大人一人くらい楽々と丸のみにできそうである。


 その巨体がもだえるほどに海が逆巻く。船が揺れる。船員の一部が小さな悲鳴を上げた。

「ひいぃ!」


 首長竜の身体は、銛と縄によって船と接続されており、それが暴れるほどに船も揺れるのだ。


 ロープを巻いたドラムが急速に回る。ダカツはその太い腕で懸命に軸を抑えていた、


「次はどうするんだ! 矢か、槍か!」

 ロウギが声を張り上げた。



 ――銛は確かに、首長竜の首の付け根へと命中していた。


 それだけではない。テンヌの祝福の力が込められたことで、さらにはそこから凍りついたのだ。

 首の付け根から胴体の半ば、そして前肢のヒレの付け根のあたりまでが凍結している。


 首とは脊椎動物の全身を司る指令系統である。

 そこへ氷の枷がはめられたことで、総身の動きが鈍くなり、やがて死に至る。


 ……そのはずだった。

 通常の生物ならば、とっくに機能を停止している。


 だが竜の生命力と執念は、彼らの知る生物を超えていた。


 どよめき怯える船内で、頭領は独り、笑みを浮かべた。


 彼女とて見えてはいない、銛の命中した部位のことを。

 だが知覚していたのだ。敵の身体を、自らの氷が抑え込んていることを。


「凍っているな? よかろう。ならば十分殺せる」

 テンヌは腰から蛮刀を抜いて握りしめた。


 ありったけの冷気を込めた刀身だ。

 頭部に付きこめば、竜といえどもそのまま頭脳を凍らせて、完全に体機能も息の根も止められる。



 だがその時、違和感に気づく。


 高々と伸びた首長竜の頭が、一瞬止まったのだ。


 竜が高みから無道丸の甲板を睥睨するなかで、目の留まるものがあった。


 それはテンヌの後方。シズハだった。


 少年は確信する。

(眼が合った。今度は間違いない。錯覚なんかじゃあない!)


 その時、竜の長い首がたわんだ。その構えは、奇しくも銛打ちに備えるテンヌの腕に似ていた。


 少年が身構えるよりも先に――


 鋭利な角が突き下ろされた。

 一瞬の事だった。


(え……? 死――)


 対処をするには、すべての知覚が遅れていた。

 回避に移るだけの時間はなかった――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ