【甲板/エンゲージ】
外敵は去った。
そうなれば、次に海賊たちが処遇を定めようと俎上に載せるのは、シズハであった。
港湾の作業員たちからの遠巻きな視線もますますきつくなり、北蛮の船員たちは自分たちの船『無道丸』の甲板へと引き上げていた。
無論、シズハの身もそれに伴われていた。甚だ不本意であったが。
シズハは甲板のちょうど真ん中に立たされた。船員たちは、あるものは訝し気に、あるものはお気楽そうに、ことの次第を見ていた。
帆柱に体重を預けたテンヌが、腕組みをしながらシズハをまっすぐに見る。
「どうだ。わが船に身を置く気はないか?」
「ありません」
「きっぱりと言うの」
「追手から庇っていただいたことは感謝致します……ありがとう」
シズハが頭を下げると、テンヌは満足げな表情を浮かべた。
が……
「しかし僕には使命がある。やつらから守った秘宝を、わが主と妹の待つ地へと届けねばならない。それが僕の命を懸けた使命!」
少年のまっすぐな眼差しを見返し、テンヌは僅かに首を傾げた。
「ふぅむ、なぜだ? ……いや、なぜとは問うまい。ひとりの人間が命を賭けた使命にはのう」
傾けた首を戻すと、彼女は問う。
「で、あらば……その使命さえ果たせばどうなってもよい、と?」
「……そのつもりです」
「我ら北蛮海賊が、その秘宝とやらを『アウレーの地』へ届けることあらば、そのあと残ったお主の身柄を受け取ってもよいということか?」
「それは……」
突きつけられた話に、シズハの背がわなないた、今の気持ちからすれば確かに。それだけの状況に成ればもはや至上。しかし、妹と離れ離れになってはあまりにも心配――
(あれ……? ちょっと待て。本当に僕さえ得られたらいいなんて考えてるのか?)
「我が方には、王国の追手から守ったことでお主への『貸し』があるな?」
「……否定できません」
「なれば、このテンヌもまた決闘を受けてもらおうではないか。わしとお主、一対一で決闘をして、勝った者が望むように事を運ぶと!」
「は……っ!?」
馬鹿を言うな、とシズハの喉からでかかった。そんなものは決闘の形をした圧制と暴力でしかない。
しかし、少年がなにか返事をするより早く、声がかかった。
「――それでは決闘にあらず。槍は無用」
副長だ。灰色の男は、船べりに腰かけて遠巻きに様子を見ていた。
だが今となって群れから歩み出て、シズハとテンヌの仲立ちとなる位置に立った。
「無論。ただの暴力で圧制しようというのなら決闘は望まぬ」
テンヌは背にしていた槍を甲板に打って音を立てる。しばし垂直を保っていたが、石突の曲面によってゆらりと揺れて、だれが触れるでもなく船縁へ寄りかかった。
副長はシズハへ顔を向けた。
「命を賭けるなら……決闘にはその価値がなくては」
頭部の全面を笠で覆っているがゆえに一見すると視線の先さえ定かではないが、シズハは確かに男の鋭利な眼差しを認識した。
「貴公が頭領に勝つことあらば、その身と秘宝を目的地へ送り届けよう……すべてを投げうってでも」
「えっ……!」
シズハはそれを聞いて目を見開いた。胸が鳴り体温が上がるかのようでさえあった。
先行きがあまりにも不透明なこの逃避行において、本当にそれが叶うならば最善とも言える申し出だからだ。
「ただし。貴公が敗けたならばこの船、もとい彼女の支配するところとなる。しかし『命』を賭けた勝利からブレる。秘宝エリオンを手にしているがゆえに。よって……」
群れる船員の中から、ひっつめ髪の女が言う。
「待てよ、ブレるってどういうことだ?」
「この場合の賭けの対象は、シズハ殿であって例の秘宝ではない」
「なんだい、ついでに丸ごともらっちゃえばいいじゃないの」
女の後ろから、長髪のちょっと洒脱な男が軽い口ぶりで言う。
「じゃあお前よ、今度の見張りを当番賭けて勝ったら、ついでにお前の財布ももらうぜ」
「バカか!? なんでだよ!」
「そうだろ、バカだろ。賭けてない持ち物まで貰われるんだったらよ」
女が言葉に窮している間に、副長は話を続けた。
「決闘に立てば、我らが船でアウレーの地へと秘宝を送り届けることを約束する」
シズハの手が震えて、自然と握られた。全力で力を込めているようで、力が入っていないような感触でもあった。相手はこう言っているのだ。
『この決闘に乗りさえすれば、結果に関わらず秘宝を伯父の島に送り届けよう』と。
つまりはシズハの目の前の天秤に乗るのは、自分の尊厳の行く末だ。だが決闘に乗った時点で、命を賭けた使命を果たすことができる。
本当にいいのか。他に手はないか。必死に考えを巡らせる。
ところが、なにをどう考えたとしてもこの勝負に乗る以上に秘宝を届ける有力な手はないのだ。見方を変えれば、この勝負さえ受ければこの旅の最大の目的を達するとも考えられる。
まっすぐにテンヌを見据えて、シズハは言った。
「決闘を受ける」
「好き!」とテンヌは腹の底から声を出した。
獣が獲物を見据えるかのように、テンヌは口角を上げていた。牙のような犬歯が露わになる。背が丸まり、弓が引かれるように前傾する。
その時、ひっつめ髪の女がまたも横やりを入れた。
「待ちなよ、カシラァ。あんた槍を置いたはいいとして、氷の力を使うたァ言うまいね。あんなもん使うってんなら武器よりひどいよ」
「……うむ。互いの同じく手足の身を武器とするのがよかろう」
テンヌがうなずくと、船員たちは盛んに意見を述べた。
「片腕で充分なんじゃねえか」
「いやそれどころか両腕を縛ったって勝つさ」
「息止めてたままでよ、その間に……」
北蛮の船員たちは次々と言いつのる。異口同音だが、つまりはだれもが「どれだけ不利でも勝てるだろう」との旨だ。
「それで? 次は逆立ちをしろとでも? ……いい加減にせぬか」テンヌは船員たちに呆れていた。
それらのおしゃべりを受け流して、副長がシズハへ言う。
「こちらは武器と祝福の力を禁ず。決着は顔および頭部への有効打」
「頭への有効打? それをだれがどう判断する?」
「私が行う。公平に。そして有効の基準は『流血』ただひとつ」
(不利だな)とシズハは口を固く結び、冷静に思った。
こちらは相手の顔へ手を届かせるのに、背伸びをしたって届かない。逆にあちらからすれば、簡単に上から頭を押さえつけることだってできるし、さきの戦いで老騎士が顔を掴まれていた時のように、肉さえ裂ける力がある。
(いや、そもそも……この巨大獣を前に、不利じゃない条件の方が珍しいか。こっちに使えるものは……)
手をほぐすように装って、左手の小指を僅かになぞり、確認する。鋭利に研いである爪を。
「有効打……ね。判断の公平さを信じられるものかな」
半ば独りごとのように、シズハはつぶやいた。半ば、牽制の意味もあった。
「数、武器、祝福、一切排し競い合う……現状の態度が、証左とはならぬか?」
「有効打とやらを与える手段、僕にはあまりにも乏しいね」
「ではひとつ……」
副長はどこからともなく暗器を取り出し、シズハへ投げ渡した。
ごく小さな短刀だ。刃の長さは大人の親指ほどである。
「相手が狼であろうと、鼻面程度なら通る」
本当に助け船が入ったことにシズハは驚いた。副長は一瞬笑うような仕草を見せ、ほかに聞こえぬ声で言う。
「勝敗は……私の知ったことではない」
「ああ、そう……では遠慮なく」
シズハは虚飾でない本音を感じ取った。
求められていないことに納得していた。急に頭領のお気に入りが入ってくるなど、船内の様子にいいことはない。食い扶持が増えるのならなおさらだ。
「勝って別れるくらいがいっそ親切だな」とシズハは思う。頭領の気まぐれに付き合わされる船員のためにも。
そのようなふたりの会話を知ってか知らずか。肩がけにしていた羽織を傍らの女に預け、テンヌは腕を回して愉快そうに言う。
「決闘ひとつといえども。先の老骨よりは楽しくなりそうじゃな。軽々に終わらせてしまってはもったいない」




