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【決着/勝鬨】


 騎士は苦悶の声を喉の奥で押しとどめ、うなるような声を上げてその場に倒れこんだ。胸の傷はすでに血が止まっていた。凍り付いたのだ。冷気と痛みと二重の苦悶に食いしばった奥歯が砕け、その音は周囲のものたちの耳に届く。


 女海賊は槍を置いた。鎚頭の角ばった形と重みにより、その場に自立して矛先は天へ向かっていた。老人を見下ろして問いかける。

「死線からは一歩引いた。一秒一刻で死ぬことはあるまい。降りればここで終いだが。さて?」

「ふ……ふ、ざ、け、る……な!」


 決して手放さずにいた剣を、老騎士は振り上げた。仰向けの体勢から急速に剣を持ち換えて投げつける。だがその奇襲さえも、テンヌに容易に阻まれた。受け止めたのは、手のひらだ。今度は氷が刃を阻むまでもない。攻撃の体を成していなかった。


 テンヌは剣を無感情に捨てると、一拍の間をおいて敵を蹴り転がした。コーグの全身が一瞬路面から離れたかと思うと、顔から路面に叩きつけられる。


 地を舐めて荒く息をつく騎士の顔が、徐々に凍り付く。冷気はさらに場の支配を強めていく。急いで路面から顔を引きはがしたところで、その額をテンヌの大きな手が掴んだ。

 親指と中指がこめかみに食い込む。握る指に力を込めて持ち上げる。老騎士のつま先が浮いた。皴の走る皮膚が、圧力によって裂ける。

 だが血は流れない。無論、凍結するからだ。路面から逃れたとて、さらに恐るべき冷気の本山に捕捉されたのである。


「さて、頭の真芯まで凍るのに如何ほどかかるか?」

「ぐおお……お」

 老いた騎士はすでに返事がままならなかった。引き結んだ唇が凍結し、口の上下が固着されている。


「さてどうしたものか。この老骨を。このまま冷凍刑にしても一向に構わぬが……降参を申し入れれば命と部下は――」

 見逃す、とテンヌが言いかけたところで、老騎士が小手に仕込んでいた短刀を振りかざした。精一杯の力で肩口に振り下ろしたが、切っ先が血しぶきを上げることはなかった。テンヌの皮膚と筋肉に阻まれ、『不抜の霧氷』が働くまでもなく止められたのだ。


 そこから老騎士は幾度となく短刀を突き立てたが結果は変わらず、しまいには短刀が折れて刃が跳ね飛んだ。老騎士自身の耳を掠め、鮮血を流して飛んだのだった。その頃には凍結が全身に及んでおり、腕までもが凍り付いて動かなくなっていた。

「降伏の意思はあらず、と。潔し! ならば望み通りにしてやろう……冷凍破壊刑だ!」


 薄笑いを浮かべていたテンヌが、表情を無くした冷たい顔になった。敵を握った腕をさらに高くあげる。すると瞬く間に凍結が老騎士の全身に及んでいく。これまでさえも全力ではなかったという事実が、冷気以上に見る者を身震いさせた。


「うおお! マジか!」

「あれを人間相手にやるのか!」

 船員たちからも、興奮とどよめきの入り混じった声が上がる。


「身体の芯が熱いほどに感じられよう。かすかに残った血脈が尊かろう。だが安心せよ、生き恥など晒させはせぬ。すべてが……過ぎ去りしものとなる」

 テンヌは己が足を一瞬持ち上げ、強く路面を打った。衝撃が響くと同時に、足のまわりが凍結し、氷が盛り上がる。見る間に刺々しい円錐状となったそれは、即席の凶器であった。すでに鎧は砕け散った老人が叩きつけられれば、肉を容易に貫くことは確実だ。


 老騎士のみは女海賊の剛腕でひときわ高く持ち上げられた、ボロ雑巾を投げつけるように、そのまま氷の剣山へ――

 見る者全員が息を飲む。だが寸前で、静寂を破る声があがった。

「どうか待たれよ!」

 残る王国の兵士たちから、もっとも階級の高いらしい男が歩み出て、申し入れた。

「この場は引き下がるから長の命を助けてほしい」と。


 テンヌは老騎士を掴み上げたまま動きを止めた。顔だけを兵士たちへ向けていう。

「ムシのいい話じゃのう。決闘を申し込んでおきながら命が惜しいと? 合戦の時点で負けを認められず、戦っていた本人が助命を拒否したうえで、暗器まで使っておいて……今さら命ばかりは助けてほしい……などと?」

「その通りでございます! 恥は承知の上! われらが今もちうるすべての財を差し出してても構いませぬ、しかしその方の命ばかりは助けていただきたい!」

 兵士は約定を申し入れた。決してこれ以降は逆らわない。シズハにも、もう手をださないから長を助けてほしい――と、そこでようやくテンヌは受け入れた。だが……


「全員だ」

「は……?」

「お主だけが頭を下げるのでは割に合うまい。すべての兵が頭を下げることがあらばこの老骨の命を助けてやろう。わかるな? 全身が膝と掌をついて頭をさげよ!」

 しばしのどよめきはあったが、申し入れた兵が従うと、そこからは波を打つように周りの者たちも従い、王国の兵士たち全員が、テンヌに向けて頭を下げた。冷たい路面へと額をつけて。


 その場を見るに、序列は決定的であった。港に生きる者たちの多くが、ある者は堂々と、ある者は恐る恐る、しかしてその光景を目の当たりにしていた。

 ウォーサ王国が北蛮海賊団に総じて頭を下げるその様を。


「くくく……ならばよし! 最後まで戦意を失わぬ根性と、兵士総員の頭を下げさせた器に免じて、命を返そうではないか!」

 テンヌは冷え冷えと凍り付いたコーグの身を投げ返し、王国兵たちはそれをどうにか受け止めた。


 おい、と彼女が部下の一団へ手先で合図すると、群れの中から幾人かの船員が歩み出た。

「戦後処理じゃ。『持ちうる財』とやらをたっぷりと受け取ってくるようにのう。ただし帰りの渡し賃は残せよ」

 金勘定を主とする班であった。そのなかには、先ほどから金について指摘していた眼鏡の男も言った。彼らは兵士たちに先立つように、彼らの母船へと向かう。


 先導される兵士たちは、畏怖の一端に憎しみをのぞかせた目をテンヌに向けて、母船へ引き下がった。

「この日のこと、忘れはしませぬぞ」

 顔面の凍り付いた老人をかついで兵士たちは母船へと引き下がっていった。


 残る船員たちは快哉を叫んだ。

「さっすがカシラァ!」

「ざまぁないぜ、あの兵隊ども!」

 シズハはまわりの大声に顔をしかめる。そうしてその瞬間まで、戦いに見とれていた己に気づいた。


 同時に気づいたのがその身が凍えていることだ。クレーンの頂上で服を脱いだままだったので、上は裸のままだ。

「っくしゅ!」

 雨に濡れた肌を寒風が撫でていき、くしゃみをひとつした。

 無精髭の男の上背と外套は、風よけとして案外助かっていた。首が固められているのもむしろ多少は温かい。


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