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38歳、婚活に疲れた私が再会した人  作者: 早乙女リク


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第7話 失うかもしれない夜

それを聞いたのは、何でもない平日の夜だった。


土井からのメッセージは、いつも通り簡潔だった。


『少し、話しておきたいことがある。今週、時間もらえる?』


文面だけ見れば、深刻さはない。

それなのに、里紗の胸は小さくざわついた。


――話しておきたいこと。


その言葉には、これまで触れられてこなかった「現実」が含まれている気がした。


会ったのは、前回と同じ川沿いだった。

夜風が強く、季節が確実に進んでいることを知らせてくる。


「急に呼び出してごめん」


「いえ」


ベンチに並んで座ると、しばらく沈黙が続いた。

沈黙に耐えられないわけではない。でも、今日は違う。


「仕事の話なんだけど」


土井が、ゆっくり切り出した。


「地方の案件が本格化しそうで。しばらく、向こうに行く可能性がある」


胸の奥で、何かが音を立てて落ちた。


「期間は……?」


「まだはっきりしない。半年か、もっとか」


里紗は、すぐに言葉が出なかった。


まただ、と思ってしまった自分に、少し腹が立つ。

また、タイミング。

また、待つ側。


二十代の頃と、何が違うのだろう。


「だから、その……」


土井は、珍しく言葉に詰まった。


「今の関係を、どうするか。ちゃんと話したほうがいいと思って」


里紗は、膝の上で手を握りしめた。


婚活なら、答えは簡単だ。

「将来が不透明な人」は、選ばない。


でも今、目の前にいる土井は、

条件では切り捨てられない存在になっていた。


「正直に言いますね」


里紗は、ゆっくり息を吸った。


「また、同じことになるんじゃないかって、怖いです」


声が、少しだけ震えた。


「昔みたいに、仕事が優先で。私は後回しで」


言葉にした瞬間、胸が苦しくなる。


「期待して、結局、何も残らなかったらって」


土井は、すぐに否定しなかった。


その代わり、深く息を吐いた。


「……それは、否定できない」


その正直さが、痛い。


「仕事を大事にしたいのは、今も変わらない」


里紗は、うなずいた。

分かっていた。分かっていたから、怖かった。


「でも」


土井は、はっきりと続けた。


「早川を後回しにするつもりはない」


視線が合う。


「昔は、選択肢が一つしかないと思ってた。仕事か、誰かか。でも今は、両方をどう持つかを考えたい」


その言葉は、約束ではなかった。

未来を保証するものでもない。


それでも、逃げない姿勢だった。


「……待つ、って言ったら」


里紗は、意を決して聞いた。


「それは、私が弱いからですか?」


土井は、首を振った。


「選ぶことだと思う」


その答えに、胸が詰まる。


待つ=受け身。

そう思い込んでいた。


でも今は違う。


「今すぐ、答えを出さなくていい」


土井は、そう言った。


「離れるなら、それも尊重する」


里紗は、夜の川を見つめた。


水面は揺れているのに、流れは止まらない。


――私は、どうしたい?


安定した未来を、また探しに戻ることもできる。

婚活を再開すれば、「正しい道」に戻れるかもしれない。


でも。


土井と過ごした時間を、

なかったことにはできなかった。


「少し、考えさせてください」


それが、今出せる精一杯の答えだった。


「もちろん」


別れ際、二人の距離は少しだけ遠かった。


手を振ることもなく、

それぞれ改札へ向かう。


電車に乗り込み、窓に映る自分を見る。


怖い。

でも。


逃げたいわけじゃない。


里紗は、そう気づいた。


失うかもしれない夜は、

同時に、自分が何を大切にしたいかを

はっきりと照らしていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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