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38歳、婚活に疲れた私が再会した人  作者: 早乙女リク


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第3話 条件と、息のしやすさ

日曜日の午後、里紗は駅前のカフェに入った。


ガラス張りの店内は明るく、隣のテーブルとの距離も程よい。婚活用に「失敗しにくい」と言われている店だ。実際、同じような空気をまとった男女が、いくつも向かい合って座っている。


――今日も、ちゃんとした人。


待ち合わせの相手は、すでに席に着いていた。

清潔感のあるジャケット、控えめな笑顔。プロフィール写真よりも実物のほうが誠実そうに見える。


「初めまして。佐々木です」


「早川です。今日はありがとうございます」


定型文のような挨拶。

里紗は自然に笑顔を作りながら、心のどこかでスイッチが入るのを感じていた。


会話は滞りなく進んだ。


仕事の話。休日の過ごし方。家族構成。

佐々木は聞き上手で、否定的なことは言わない。結婚に対しても前向きで、子どもについての考えも現実的だった。


「価値観、近いと思います」


そう言われた時、里紗は反射的に「ありがとうございます」と答えた。


悪くない。

むしろ、条件だけを並べれば理想に近い。


それなのに。


心が、静まり返っている。


楽しくないわけではない。

でも、気を抜くと沈黙が怖くて、話題を探してしまう。


「早川さんは、どうして結婚したいと思ったんですか?」


その質問に、胸の奥がわずかに揺れた。


「……安心できる場所が欲しい、というか」


無難な答えを選ぶ自分がいる。

本当は、もっと曖昧で、もっと個人的な理由なのに。


佐々木は満足そうにうなずいた。


「分かります。やっぱり一人は不安ですしね」


その言葉を聞いた瞬間、里紗はなぜか、少し息が詰まる感覚を覚えた。


不安だから一緒になる。

間違ってはいないはずなのに、胸に残る違和感。


デートは、何事もなく終わった。


別れ際、「またご連絡しますね」と言われ、里紗も同じ言葉を返した。

そのやり取りに、感情はほとんど動かなかった。


帰りの電車で、スマートフォンを開く。

ちょうど、由香からメッセージが届いていた。


『今日どうだった?』


里紗は少し考えてから、打ち込む。


『条件はすごく良い人』


すぐに返信が来る。


『で、気持ちは?』


画面を見つめたまま、しばらく指が止まった。


気持ち。

それを基準にしていい年齢なのか、自分でも分からない。


その時、別の通知が表示された。


土井からだった。


『この前はありがとう。近くで、落ち着いた店を見つけたんだけど、もしよかったら』


短い文面。

でも、読んだ瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。


比べるつもりはなかった。

比べてはいけないとも思っていた。


それでも、はっきりとした違いがあった。


佐々木との会話では、常に「正解」を探していた。

土井との時間を思い出すと、答えを用意していなかったことに気づく。


息をしていた。

ただ、それだけだった。


里紗は、由香への返信を消して、新しく打ち直した。


『よく分からない』


そして、土井への返信画面を開く。


『ありがとうございます。行きたいです』


送信ボタンを押したあと、心臓が少しだけ早くなった。


――私は今、何を選ぼうとしているんだろう。


条件を満たす未来か。

それとも、理由の説明できない安心か。


窓の外に流れる景色を眺めながら、里紗は思った。


婚活では、いつも「選ばれる自分」でいようとしてきた。

でも今は、久しぶりに「選ぶ側」に戻っている気がした。


それが正しいのかどうかは、まだ分からない。


ただ一つ分かるのは、

土井と会う約束をした今、胸の奥が少しだけ、温かいということだった。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


次の投稿からは、1日1回の更新になります。


ブックマークをして、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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