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38歳、婚活に疲れた私が再会した人  作者: 早乙女リク


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1/5

第1話 ちゃんとしているのに

ちゃんと働いて、

ちゃんと暮らしてきた。


大きな失敗もしていないし、

人生を投げ出したこともない。


それなのに、

「結婚」という二文字だけが、

私の人生から、少しだけ遅れている。


38歳。

婚活に疲れた私は、

もう何が正解なのか分からなくなっていた。


これは、

誰かに選ばれなかった私が、

もう一度、自分の人生を選び直すまでの話。

里紗は、スマートフォンの画面を伏せるようにテーブルに置いた。


カフェの窓際席。昼下がりの光がガラス越しに入り込み、コーヒーの表面に白く反射している。さっきまで眺めていたアプリのメッセージ画面が、まだ目の奥に残っていた。


――また、だめだった。


正確に言えば、「だめだった」と判断されるほどの何かがあったわけではない。

相手の男性は感じがよく、年収も安定していて、メッセージの返信も丁寧だった。写真より少し年上に見えたけれど、それも想定内だ。


ただ、会話が続かなかった。


悪い人ではない。

むしろ「いい人」だった。


だからこそ、二回目のデートの話が自然消滅したことを、誰のせいにもできなかった。


里紗はため息をつきそうになって、代わりにカップを持ち上げた。

コーヒーは少し冷めていて、苦味が舌に残る。


三十八歳。


数字としてはもう何度も見慣れているのに、ふとした瞬間に、その重みだけが実感としてのしかかってくる。三十八という年齢そのものよりも、「三十八まで、こうだった」という事実のほうが、里紗を静かに追い詰めていた。


仕事は安定している。

総務の仕事にも慣れ、後輩から相談されることも増えた。貯金もそれなりにある。一人で暮らしていくことは、たぶんできる。


それなのに、なぜだろう。


どうして、恋愛や結婚の話になると、こんなにも空白が目立つのだろう。


スマートフォンが小さく震えた。

画面に表示された名前を見て、里紗は少しだけ肩の力を抜いた。


「由香」


学生時代からの友人で、同い年。数少ない、今も独身のまま繋がっている存在だ。


『今日どうだった?』


短いメッセージ。

たぶん、分かって聞いている。


里紗は少し迷ってから、『まあまあ』とだけ返した。正直に書こうとすると、言葉が多くなりすぎる気がした。


しばらくして、『分かる』という二文字と、ため息のスタンプが届く。


それだけで、少し救われた気がした。


「まあまあ、って言葉が一番疲れてる時だよね」


由香の声が、頭の中で再生される。

彼女もまた、婚活に疲れている一人だった。


里紗はスマートフォンをバッグにしまい、カフェを出た。

平日の午後。駅前の通りは、人であふれている。スーツ姿の男女、ベビーカーを押す夫婦、学生らしき集団。


視界に入るたび、無意識に「自分はどこに属するんだろう」と考えてしまう。


結婚相談所に入ったのは、三十四の時だった。


「まだ余裕があるうちに」と思った。

実際、カウンセラーにもそう言われた。


条件を整理して、写真を撮り直して、プロフィール文を何度も書き直した。「家庭的」「穏やか」「真面目」――自分を説明する言葉が、だんだん自分から遠ざかっていく感覚があった。


お見合いは何度もした。

仮交際にも進んだ。


それでも、「決め手に欠ける」という理由で、関係は終わった。


自分が選ばれなかったのか、

自分が選ばなかったのか。


その境界が、今ではもう曖昧だ。


帰宅すると、部屋は静まり返っていた。

一LDKの部屋は、無駄がなく整っている。誰かに見せるための部屋ではないけれど、ひとりで暮らすには十分すぎるほどだった。


コートを脱ぎ、ソファに腰を下ろす。


テレビをつけると、バラエティ番組で芸能人夫婦が笑っていた。里紗はすぐに消した。


結婚したいのか、と聞かれると、答えに詰まる。


したいはずだった。

少なくとも、昔は。


二十代の頃は、結婚は自然な未来だと思っていた。仕事も、恋愛も、その先に続くものだと疑わなかった。


でも今は、「なぜ結婚したいのか」と聞かれると、うまく言葉にできない。


一人が寂しいから?

老後が不安だから?

世間体のため?


どれも本当で、どれも決定打ではない。


里紗はキッチンに立ち、簡単な夕食を用意した。

電子レンジの音を聞きながら、ふと思う。


――私は、ちゃんとしてきたはずなのに。


仕事も、生活も、無理はしなかった。

大きな失敗もしなかった。


それなのに、どうしてこんなにも取り残されたような気持ちになるのだろう。


食事を終え、食器を洗い終えた頃、スマートフォンが鳴った。

今度は、知らない番号ではなかった。


仕事関係の連絡だろうと思って出ると、聞き覚えのある、少し低い声がした。


「……早川さん?」


一瞬、時間が止まった気がした。


「土井です。覚えていますか」


その名前を聞いた瞬間、胸の奥で何かが静かに動いた。


忘れたふりをしていた感情が、

思いがけず、現在に割り込んできた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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