その情熱は誰のため?
一文抜けてたので修正しました。
世の中には、自分でどうにかなるものがある。
同時に、自分ではどうにもならないものもある。
背筋を伸ばし、所作を美しくすることはどうにかなる。
生まれた家の階級は、どうにもならない。
だから、オリヴィアは階級を気にしない。
彼女自身はハニースローン伯爵家の令嬢だが、自分より高位の身分を持つ令嬢達に媚び諂うことはないし、下位の令嬢を虐げることもない。
無闇に突っかかることもない。
当たり障りなく、棘のない会話をするだけだ。
だが、高位貴族の令嬢達の美しい所作を素直に真似しようと努力をする姿や、流行に敏感な下位貴族の令嬢達の話を興味深く聞く姿は概ね好意的に見られていた。
オリヴィアの外見はふわふわしている。
柔らかなハニーブロンドの髪はウェーブがかかり、真ん丸の瞳は春に芽吹く生命力に溢れた若草色だった。
低めの身長も相俟って実年齢より幼く見える。
本人はばれていないつもりだが、ある公爵令嬢がカップを持つ所作を、お茶会の隅っこで真似をしている姿は見慣れた光景だった。
最初は見つめられている意図が分からず困惑していた彼女だったが、オリヴィアが彼女の所作を真似していると気付いた時、自分の幼い頃を思い出して微笑ましい気持ちになっていた。
町中で流行し始めたカフェや可愛らしい雑貨を取り扱う店の情報を興味深く聞く姿に、ある男爵令嬢は思わず「ご一緒に如何ですか」と言ってしまった。
誘った後で、失礼なことを、と真っ青になったがオリヴィアが嬉しそうに予定を組み始めたので胸を撫で下ろした。
カフェでも雑貨屋でも何度も楽しいと言うオリヴィアに、男爵令嬢はこれからも流行をいち早く捉えてオリヴィアに伝えようと決めていた。
そんなオリヴィアには幼い頃からの婚約者、ライアンがいる。
隣の領地で幼馴染み、特産品もほぼ一緒、家格も伯爵家同士、お互いの両親もそれぞれ幼馴染み同士で嫁入り、婿入りしていた。
一人娘、一人息子だが遠縁から養子をとればいいし、二人に子供が数人生まれればそれぞれ継がせても構わないだろう、と彼等はのんびりしていた。
特産品は羊毛と小麦、穏やかな領地を堅実な人柄で治めている彼等は領民に愛されていた。
その結果、オリヴィアはのびのび育ったが、決して貴族の義務を忘れることなく努力を重ねていた。
ライアンは、努力をするオリヴィアを尊敬していたし、自分も見習おうと勉強を頑張っていた。
二人の仲は良好で、社交シーズンには王都で流行のカフェに連れ立って行くことを楽しみにしていた。
甘い香りが漂うカフェで席に着いた時、オリヴィアとライアンが座るテーブルに影を落とした。
「あの!やはりオリヴィア様は私のような男爵令嬢とはお話もしたくないですよね!」
オリヴィアは驚き声をかけてきた令嬢を困惑して見た。
「失礼ですが、初対面では……?」
「ほらやっぱり!私みたいな身分の低い家の出では覚えてもいらっしゃらない!」
困惑するオリヴィアを暗に冷たいと思わせる発言に、オリヴィアとライアンは顔を見合わせた。
「失礼ですが、どちらのご家門の方でいらっしゃいますか?」
「オリヴィア様のお隣の領地のフラウ男爵家のミラナですわ!
お隣なのにお手紙も一度もくださらないし、遊びに誘ってもくださらないなんて酷いです!」
幾ら隣とは言え、フラウ男爵家はオリヴィアとライアンの住む土地よりも大分遠い。
人付き合いが得意ではない男爵は、社交性はあまりないが誠実な人柄だと聞いてる。
王都にもあまり出てこないため、オリヴィアやライアンの両親ともほぼ面識はないだろう。
それなのに挨拶もされていない令嬢に手紙を出さないことを責められるとは……。
男爵家だから下に見ている、酷い酷いと責められてオリヴィアは困惑するしかなかった。
しかも彼女は泣き真似をしながらライアンをチラチラ見ている。何がしたいのだ、とライアンは呆れていた。
「やはり私なんかがオリヴィア様と親しくなろうなんて無理ですよね、オリヴィア様も私なんか気に入らないでしょう?
私なんかしがない男爵家の出身ですもの」
自分自身の出身を卑下する台詞を並べ立てていくミラナにオリヴィアは遂に立ち上がった。
身長が低めのオリヴィアはヒールのある靴を履いているが、それでもミラナの方が数センチ高かった。
ミラナの肩をがっしり掴んだオリヴィアは、真っ直ぐミラナを見つめた。
「何を仰るのミラナ様!
今すぐに『私なんか』と仰るのはお止めください!」
「……は?」
「よろしいですか?生まれた家は変えられません。
ですが!仕草一つで見違える程優美になるのですよ!
背筋を伸ばす!手はお腹、胸の辺りで顔の下には持って行かない!
指は開かずに揃えて、手は少し丸みを持たせるように!」
「え?え?」
オリヴィアはミラナの肩の丸みを後ろに押し、背筋を伸ばすように促す。
「足は揃えて、重心は偏らせず!
お腹に力をお入れになって!」
「は、はい!」
「背筋も意識なさって!ほら、また背中が丸まっておりましてよ!
腹筋、背筋を意識して立てば自然と顔も上がりますわ、顎は上げすぎず!」
ライアンはオリヴィアの様子を微笑ましく見詰めながらティーカップを傾けた。
「オリヴィア様、この体勢は私なんかには不要です……!私に恥をかけと言うのですか……!」
「また『私なんか』と仰る!それは口にしてはいけませんわ!
所作を美しく保つことが恥になろう筈もございません、さぁ、ふくらはぎも意識しないと、見えない場所に美は宿ります!
もっと筋肉を意識して!筋肉との対話を大切に!」
恐らく貴族令嬢としては正しい姿勢だろうがミラナは泣きそうだった。
近く、―と言っても馬車で3日はかかる―の領地のオリヴィアに婚約者がいて、自分には婚約者がいないなんて納得できなかった。
近隣の貴族で釣り合う年齢の男性はライアンくらいしかいなかったのに、打診もできずに婚約が成立していた。
父に泣きついても「男爵家と伯爵家を同じに考えるな愚か者」と勉強の時間を増やされただけだった。
頼みの綱の母も「あらあら、夢は寝てから見るものよ」と言って、小難しい家系図を引っ張り出してきてミラナは余計に机に縛り付けられてしまった。
デビュタントがあるから、と両親は渋々王都に連れてきてくれたが、当日は一切喋るな、当日まで外に出るな、と言いつけられたのは納得ができなかった。
こっそり抜け出して向かった先で見たのは、無理矢理覚えさせられたオリヴィアの家門がついた馬車と、そこから降りてきたオリヴィアだった。今までのことに納得できずに衝動的に声をかけてしまった。
上手くいけばライアンの目にとまるかもしれない、と考えていたが、彼女の両親がその場にいたらミラナはデビュタントに参加もせずに領地に送り返されたに違いない。
『頭に何が詰まっているんだお前は』と男爵なら言うだろう。
『白昼夢でも見てるのかしら』と男爵夫人は言うかもしれない。
なぜこの両親からミラナのような性格が出来上がったのか、領地の執事や侍女長も不思議に思っていた。
恐らく、持って生まれた何かなのかもしれない、と母は嫁ぎ先を貴族以外で探し始めていることをミラナは知らない。
ミラナは自分が可哀想な子だと思っていた。
可哀想なのだからもっと優しくしてくれてもいいのに、とも思っていた。
勉強をしても身が入らないし、マナーレッスンだってある程度取り繕えればいいとすら思っていたのに、何故オリヴィアはこんなに厳しく立ち姿を指摘してくるのか、とミラナは目に涙を浮かべた。
「ミラナ様!泣いている場合ではございませんわ!
自分自身に打ち勝てるのはご自分だけですわ!筋肉の限界に挑戦してください!
さぁ、息を吸って背筋を伸ばしてくださいませ!」
「うん、オリヴィア、そろそろ解放してあげな?
周りの迷惑になるからね」
ライアンが紅茶のお代わりを注文してからオリヴィアに声をかけた。
「フラウ男爵令嬢、そろそろオリヴィアを返してもらっていいかな?」
「……はい、お邪魔しました」
「あら、終わりですのね。
ミラナ様、私が申し上げたことをお忘れなく。腹筋、背筋、意識して背筋を伸ばしていれば気持ちも前向きになれますわ。
ご自分を卑下する言葉もお控えくださいませね。頑張ったご自分を褒めて差し上げてくださいね」
オリヴィアがにっこり笑って席に着いて紅茶を飲んだ。
カップを持つ指先まで優美な所作で、ミラナは急に沸き上がった羞恥に挨拶もそこそこに立ち去った。
「どうしてオリヴィアはあそこまで熱く教えてあげるのかな」
ライアンが呆れたようにオリヴィアに聞いた。
「あら、だって聞いてて気持ちのいい言葉ではありませんもの。
どうせ聞くなら前向きな言葉を聞きたいので、自分自身のためですわね」
答えたオリヴィアは、真剣な顔でケーキを選び始めた。
「僕も頑張るよ」
ライアンは少し背筋を伸ばした。
終
★メモ
オリヴィア 16歳 ヒール履いて155cm 筋肉は正義
ライアン 16歳 170cm 筋トレ増やそう
ミラナ 16歳(所作は11歳) 160cm 筋肉痛辛い
なお、ミラナは無事母親に捕獲されました。
まともになるかな…。
本気でライアンと結婚できるかもと思った模様ですが、恐らく「私大きくなったら○○と結婚する!」と同じ感覚。
因みに自分は蔵○でした。いつか画面から妖狐か人間verが出てくると思ってたんですよ…。




