もうすぐお盆
お盆、過ぎてしまいました(*ノω・*)テヘ
ほんの少し、不穏さを見せてくるゆるいファンタジー世界です。
●8月□日
もうすぐお盆だ。
元いた世界とよく似たところもあるこの世界でも、同じ日程でお盆だった。
ただ少し違うのは……。
『ご覧ください! お盆の帰省ラッシュで、三途の川が渋滞しております!』
テレビの画面の中では、ヘリコプターに乗ったアナウンサーがそんな事を興奮した様子で叫んでいる。
映し出されているのはお盆でよく見る高速道路の渋滞──ではなく、どこかの川がわらわらわらわらと湧いている半透明のナニカで埋め尽くされている光景だ。
「この分だとハロウィンには…………何処が渋滞するのかなぁ」
ハロウィンにも何処か渋滞するのではと呟こうとしたが私の宗教知識では何も思いつかず、結局誰かに問いかけたような独り言になってしまった。
「とりあえず精霊馬作りますか」
しばらくの間、こちらでは恒例らしいお盆の光景を映すテレビを眺めた後、私はひとまず自分が出来るお盆の準備をする事にする。
こちらへ飛ばされる前なら、家庭菜園を通り抜けてカッパくんの出てくる辺りの茂みを突き抜けた先、そこには先祖代々の墓と書かれた墓があった。
一応、形式的に毎年掃除をして花を飾っていたが、今年は無理だろう。
この前チラッと確認したけれど、影も形もなかったから。
仏壇もあるにはあるが、本当に『ある』だけなのだ。
特に枕元に立つ先祖にも心当たりはないが、こちらではわかりやすくご先祖様達が大挙して帰ってこられるようなので、何か害があったら困るので最低限の事はしよう。
そう決めた私は、天気予報を見て『モンスター予報』が何にもない事を確認してから愛車に乗る。
私も学習するのだよ。
行き先はコンビニより少し遠いスーパーだ。
コンビニには花やお盆の供物は売ってないから、今回はスーパーへ向かう。
色々な食材も買い足したかったのでちょうど良い。
森の中の道路を通る前回とは違い、今回は両側に田んぼが広がるやたらと見晴らしが良い道路をのんびりと車を走らせる。
遠くの方に見える山の形が、私の知っている山々とは全然違う。
やはりここは異なる世界なんだなぁと思いながらハンドルを握る。
カーラジオは地元のFMチャンネルに合わせているが、パーソナリティの男性の声はいつもの人と少し違うようだ。
こちらの方も面白いので気にならないが。
しかし、元の世界でもそこまで道中に家屋があるような道ではなかったが、それでもある程度の集落がそこここにあったはず。
だが、こちらではそんなポツンと存在していた集落が見当たらない気がする。
運転中、チラチラと確認していただけだから勘違いかもしれないが。
道中、ちょっとした違和感はあったが、いつも使っているATMは同じ場所にあったので、私にとって影響はないという結論になった。
先客はおらず、ATMの前に車を停めて待ち時間なく中へと入り、記帳をする。
前の世界の口座が生きていれば失業保険が入ってるはずなので、まだこちらで仕事を探すという、さらっと難易度高めなイベントは先送りに出来るんだけどと思いながら、ATMが吐き出した通帳の残高を確認する。
さすがに老後まで安泰とかはないが、しばらく生活に困らない額があるはずの残高を確認した私は、一分ほど固まっていた気がする。
異世界へ転移したんだから失業保険なんて入る訳ないじゃん、という事ではない。
ちゃんと失業保険は入ってた。ありがたく使わせてもらう。
って、そうではなく、問題なのは残高だ。
ほとんどゼロになっていた……なんて事は最悪の展開として一応想像していたのだが、現実は逆だ。
こちらでも前の世界の口座がちゃんと生きているのがわかったまでは良かった。が、そこに見た事もない名目での入金があったのだ。
しかも、ゼロが七個ついていて、頭についているゼロではない数字も四捨五入すれば上の位へ迷いなく上げられる大きさの数字という金額の。
それのおかげで、失業保険が霞むレベルで口座の残高が増えている。
「……2025年度、危険地域生活手当て?」
ATMからふらふらと出ながら、先ほどの文字を声に出してみたが答えがあるはずも……、
「そっかぁ、そんな時期だったねぇ。いつもありがと」
あった。
ボーっとしていた私の目の前には、三度目の邂逅となる軍服姿のゆるいお兄さんが立っていて。
タイミングよく遭遇して、私の独り言に答えてくれたようだ。
お兄さんはあの謎の入金が何かわかるみたいなので聞いてみる事にする。
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥と言うし。
お兄さんと会うのは三度目だが、馬鹿にして笑うような人じゃない……と思いたい。
「あの実は私、引っ越して来たばかりで。この手当てって……」
「……え? 知らないであそこへ引っ越して来たの? 大丈夫? 騙されたなら、相談乗るよぉ?」
おずおずと聞いたら、予想以上にお兄さんを驚かせてしまい、一歩間違えば怪しく聞こえる誘い文句までいただく。
まぁお兄さんはゆるいながら真剣な表情しているので、言葉通りの意味なんだろうけど。
そもそも私に対してお兄さんが下心を抱く訳もないのはよくわかっている。
ちょっと自分の内心での発言で凹みつつ、私はお兄さんへ向けて大きく首を横に振る。
「いえ、騙された訳では無いので。ただ、この入金の事を知らなかっただけで」
「珍しいね、それを知らずに引っ越して来たんだぁ? まぁ、俺達がちゃぁんと守ってあげるから、そこまで心配はいらないからねぇ」
よしよしと頭を撫でてもらいながらお兄さんが軽く説明してくれたところによると、私の住んでいる地域はモンスターや動物の襲来が多い地域らしい。
その為にお兄さん防衛隊さん達が常駐していて、防災無線やモンスター予報など危険を回避する為の色々も整備されているそうだ。
つまりそれぐらい危険だから住んでいる人には手当がある、という事らしいが……。
「……ありがとうございます」
お礼を言いながら、どう考えても『危険手当て』の意味合いの入金なら貰うべきはお兄さん方なのでは、と考えてしまう。
それにさっきお兄さんは『いつもありがと』と私へ向けて言わなかっただろうか?
普通に考えれば、それは守られている立場の私が言うべき台詞のはずだ。
だがお兄さんは、私があの謎手当てを貰っている事を知ってお礼を言った。
うん、考えてもわからない。
『なんでお礼を言ったんですか?』
何故だか、この質問はついに口から出る事はなく、お兄さんは同僚が呼びに来て去っていってしまった。
残された私は、ひとまずすべき事をするために歩き出す。
残高にびっくりしてお金を下ろす事を忘れたので、もう一度ATMへ入るために。
●8月□日続き
何だかモヤモヤする出来事はあったが、無事にお金下ろした私はスーパーの店内をカート押しながらさ迷っていた。
精霊馬の足用に割り箸をカートに入れ、その他の品物もメモを見ながらカートへ入れていく。
「そういえば、カッパくんが卵欲しがってたから、あげちゃったんだった」
店内を歩いていて、メモには書いてなかったが卵がない事を思い出した私は、卵のパックをカートへ入れる。
自分の記憶力の良さに内心でふふんと笑っていると、視界の端をカーキ色の軍服姿の人影が掠める。
先ほど別れたばかりのお兄さんかと思わずそちらを見たが、そこにいたのは全く見覚えのない少年だった。
お兄さんよりだいぶ年下っぽくて、同じ格好だが少し清潔感がない。
少年の清潔感の無さの理由は、着ている軍服が少し汚れていて、着方も乱れているせいだ。そのせいで不潔という程ではないがだらしなく見えてしまう。
あのお兄さんは色々ゆるかったが、彼らの制服であろう軍服をきちっと着込んでいるので、口調はともかく見た目はキリッとして見えていた。
しかも、あのお兄さんは顔も良いので、モテるだろう。
思い切りズレていった事を考えていた私の耳に、ヒソヒソ声で交わされている会話が聞こえてくる。
よく言えば有閑マダムな彼女達の視線の先にいるのは、何かを探しているのかキョロキョロしているあの少年だ。
『いやねぇ……あんな……のが……』
『そうよね……なんで……』
よくは聞こえないし、聞きたくもない。
確かにあの少年は誉められた格好はしてないが、命を賭けて戦ってくれている相手を、守られているであろう人達が何故あんな表情をして、あんな目で見るのか。
なんだかとてもムカついて来た。
私はこちらの世界では新参者で、道理をわかっていないのかもしれないが、今の状況はとてもムカついた。
だからといって、あの有閑マダム達へ文句を言う勇気は私にはない。
なら、何をするかって?
「やぁ、少年。何か探してるのかな?」
ただちょっとお節介を焼くだけだ。
「え?」
突然見知らぬ相手に話しかけられた事に驚いたのか、少年が目をまん丸くして私を見る。
当然だろう、私も驚く自身がある。
驚きを隠せない少年の表情は、カッパくんに似ていてあどけなく、少年への親近感が一気に増す。
ちなみに似ていたのは浮かべた表情だけで、少年はやんちゃ系ながら頭に可愛いと付くご面相だ。
しかし、有閑マダムに受けそうなその顔も、今は服装のマイナス点のせいで目立たないんだろう。
もったいない話だ。
「あの、何か用すか?」
ぶっきらぼうながら、一応丁寧に話そうとしているのが伝わってきて、さらに好感度が上がる。
「だから、何か探してるのかと訊ねただろ? あまりキョロキョロしていると、万引き犯だと疑われてしまうよ?」
「ちがっ!? ……その、頼まれた物が、わからなくて」
強く否定しかけ、一度言葉を飲み込んでから、少年は力なくそう言葉を吐き出した。
「何がわからないの?」
私は首を傾げながら少年の持つ赤い買い物カゴを覗き込む。
パーティーだぜヒャッハーは感じではなく、自炊するんだなと思わせる落ち着いたラインナップが居並ぶ買い物カゴの中身。
当然だが見ても探し物はわからなかった。
推理小説の主人公とかなら、鋭い洞察力でわかるのかもしれないが、あいにくと私はただの一般人だ。
「……三番目のビールって、頼まれたんすけど」
それを頼まれたって事は少年はギリギリ成人しているようだ……って、そうじゃない。
捨てられた子犬みたいな顔でしょんぼりとした少年に、母性本能的なものがくすぐられそうになって、私はぶんぶんと首を横に振る。
「あの……わからないなら……」
「いや、それは大丈夫。たぶん、三番目のビールじゃなくて、第三のビールって頼まれたんじゃないかな?」
「あ、そうっす! それっす!」
可愛い顔に似合わない口調で声を弾ませた少年は、すぐハッとした様子で口元を手で覆いながら頭を下げて謝罪する。
改めて言おう。とてもいい子だ。
親戚の子を誉める気分でうんうんと頷きながら、少年の買い物カゴを軽く掴んで引っ張っていく。
ここで下手に腕とか触れてしまうと、今の世の中すぐ「◯◯ハラだ!」と言われてしまうから、しっかりと対策をしつつ、少年を目的の物がある場所へ案内する。
「ほら、この辺りが第三のビールって呼ばれている商品だ。見覚えがある物があるかな?」
「えぇと……あっ! これ、よく空き缶があります! これが第三のビールってやつだったんですね」
私が案内した商品棚の前でパァッと顔を輝かせた少年が手に取ったのは、幻獣の姿の描かれた第三のビールの缶だ。
ヤンキー漫画の三下ヤンキーみたいだった少年の口調は、すっかり普通のですます調に変わっているが、本人は気にした様子もなく安堵の表情で胸を撫で下ろしている。
さっきまでのは威嚇というか強がったキャラ作りだったのかも。
思い切り失敗してた気がするけど。
まぁ、有閑マダム達の反応を見る限り、強がりたくなるのはわからなくもない。
だとしたら、方向は間違っているとしか言えないが。
「ありがとうございます」
お礼を言ってくれて、ぺこりと頭を下げる少年の姿にほだされてしまった私は、もう少しお節介を焼く事に決める。
「信念とかだったら申し訳ないけれど、こういう場所へ入って来るならば、せめて大きな汚れが付いた衣服は脱いだり、乱れた部分を整えたりした方が良いと思う。そうすれば……」
そう口に出してしまってから少し後悔して言葉を途切れさせる。
きっと少年は怒るか恐縮するかと思ったが、返ってきたのはどちらとも違う反応だった。
「あー……」
はいともいいえとも違う、なんともいえない声を洩らした少年は、なんともいえない、強いて言うなら困った顔をして周囲をちらりと見て微笑んだのだ。
少年が見ていたのは、先ほどの有閑マダム達と似たような視線でこちらを見てくる人達だ。
どうせ何も変わらない。そんな少年の心の声が聞こえた気がした。
「……いいかな、少年。人は見た目じゃないと言う事もあるが、ここに初対面の相手が二人いたとしよう。片方はきちんと綺麗な格好をしていて、もう一人は薄汚れた格好をしている。何も話さず、何の情報もない状態で、どちらが好感を抱かれると思う? 信頼してもらえると思う?」
我ながら薄っぺらい説得だとは思うが、これは私が日頃よく思う事だ。
人は見た目じゃないというのは、少し仲良くなってから通用する言葉だと思う。
初対面なら見た目は相手を判断する重要な要素だ。
別にイケメンや美女が優遇されるという意味ではなく、あくまでも服装などの自分でどうにか出来る部分の話だ。
少年はじっと黙ったまま私の薄っぺらい説得を聞いてくれ、ゆっくりと瞬きをしてから大きく頷く。
「……そっか、そうだったんですね。先輩からも見た目ちゃんとしろって、同じ感じで注意された事あったんですが、理由がわかってなかったです、俺」
説明してくれてありがとうございます! と体育会系なノリで元気よくお礼を言ってくれた少年は、買い物していた時の雰囲気とは全然違う、散歩中のわんこかと思うような空気を飛ばしながら去っていった。
残された私はというと、周囲の視線が痛かった事もあり、さっさと会計を終わらせて帰る事にする。
駐車場に置いてある愛車へ乗ろうとした私の視界に、荷物を手に一台の車へ駆け寄るあの少年が映る。
車のドアが開き、出て来たのはあのゆるいお兄さんだ。
「せんぱーい! 買ってきましたぁ!」
そんな声が微かに聞こえる。
お兄さんは何か答えたようだが、遠すぎて聞こえない。
とりあえず少年の笑顔を見届けてから車へ乗り込んでエンジンをかけ、そこら辺を歩く有閑マダムを轢かないように気をつけながら駐車場を後にするのだった。
私が去ろうとしている中、あの少年がゆるいお兄さんへ、
「あの人が……」
なんて説明しながら私の乗る車を指差してなんて知る事もなく。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^o^)反応いただけると嬉しいです(*^^*)
短編のみ、感想返信行ってます!主に私の筆力不足が原因ですm(_ _)m




