新たな世界への旅立ち
その翌朝。
悠真は、小さなリュック一つを背負いつつ、その手には隆正との唯一のつながりである六文銭の鍔が固く握られていた。
月夜の隣に立ち、住んでいた家のある方角を眺める。
山の空気は澄んでいたが、胸の奥には不安と緊張が渦巻いていた。
「ほんとに……俺が“学校”に……?」
思わず漏らした呟きに、月夜は微笑を浮かべた。
「討魔高校よ。正式には“国立討魔育成高等機関”……私たちの世界では、偉人継承者やその候補生たちが学ぶ、特別な場所」
「……でも、俺、学校なんて行ったことないし……そもそも友達ってやつもいない。文字と計算はじいちゃんに習ったけど……」
そう言いながら、悠真はうつむく。
山の中で、木を切り、土を踏み、そんな生活に明け暮れてきた。
そんな自分が、突然“高校”と呼ばれる場所に放り込まれる――現実味がなかった。
「だからこそ、よ」
月夜の声が、いつになく真剣だった。
「あなたが“何者”なのか、どうしてこの力を継いだのか。それを知るためには、世界の裏側を知る必要がある。討魔高校は、その扉のひとつ」
「……扉、か」
悠真は遠く、山の向こうを見た。
今まで一度も出たことのなかった、自分の世界の境界線。
そこを越えるときが、ついに来たのだ。
「――準備はいい?」
月夜は携帯端末を取り出し。周囲の結界の構造を確かめ始めた。
「うん、大丈夫そうね。」
彼女は端末をポケットに直すと、今度は小さな切符の様な紙切れを取り出す。
「移動には転送陣を使うわ。」
「転送……って、?」
「空間を歪めて一瞬で移動する術式。心配しないで、初めてじゃないから。」
月夜はからかうような笑みを見せる
「……でも、昨日はヘリで来たんじゃ……?」
悠真の問いに、月夜は肩をすくめながら苦笑した。
「そうね。“この島”――護木島ーーこの場所は特別な場所なの、本州からも隔絶された“結界保護下の孤島”外部からの入島ルートは、結界の影響で物理的な移動手段しか使えないわ。」
悠真は戸惑いながらも、深く息を吸った。
「……わかった。行こう」
月夜が頷き、指先で転送符を掲げる
その直後、転送符の中心に描かれた術式が淡く発光し、足元に陣が浮かび上がった。淡い光は空間を撓ませ、まるで空気そのものが震えるような感覚が悠真の皮膚を刺す。
「――大丈夫。目を閉じて、力を抜いて」
その声を合図に、世界が一瞬、音を失った。
――次の瞬間、地面の感触が変わっていた。
「っ……ここは……」
目を開いた悠真の目の前に広がったのは、冷たい金属と無機質な岩盤が組み合わされた巨大な空間だった。
空気は澄んでいながらも、地上とは異なる重圧を孕んでいる。頭上には天井すら見えないほど高い人工空洞が広がり、壁面に沿って光源のような術具が淡く灯っていた。
「ここが……討魔高校……?」
言葉が自然と漏れる。
「ええ。ここは“表”の世界から完全に遮断された空間。位置は首都圏の地下だけど、探知も衛星監視もすべて無効化されてる。魔徒の侵入はもちろん、政府の一部にすら存在を知られていない、討魔省の秘匿拠点よ」
視線を上げれば、遠くに塔のようにそびえ立つ校舎が見えた。
巨大なドーム状の空間の中心に、静かに、しかし厳かに存在している。校舎というにはあまりに巨大すぎ、まるで要塞のようでもある。
「……あれが……学校……?」
「そう。正式名称は《討魔育成機関 第七号拠点》――だけど、現場の人間は皆、“討魔高校”って呼んでるわ。ここでは、あなたみたいな“継承者”や、その候補者、素質ある子たちが全国から集まって修練を積んでる」
人影はまばらだったが、遠くで訓練しているような制服姿の少年少女が見える。
皆、武具や特殊な道具を身につけており、その姿からは普通の高校とはかけ離れた“戦いの気配”が滲んでいた。
「こんな世界が、地上のすぐ下にあるなんて……」
思わず漏れた悠真の声に、月夜が安心した笑みを浮かべる。
「あなたにとっては、すべてが初めての経験になるでしょうね。学校も、同世代の仲間も」
悠真は小さく頷いた。
――そうだ。自分はこれまで、山の中で、祖父と二人で生きてきた。
学校というものに通ったことは一度もない。文字の読み書きや簡単な計算は、全部じいちゃんに教わった。
友達も、競い合う相手も、学び舎も――何一つ知らなかった。
だが今、そのすべてが目の前にある。
「ここで、俺は何を学ぶんだろう……」
「まずは、“自分を知ること”よ。力を制御し、理解し、鍛える。そして……この世界の“真実”に、少しずつ触れていくことになるわ」
その言葉に、悠真は静かに拳を握る。
不安はある。しかし、それ以上に――
(……俺は知りたい。じいちゃんが何を背負っていたのか。俺が何を継いだのか。そして……じいちゃんを見つけ出す!)
そのとき、月夜の通信端末が小さく鳴った。
「入学手続きの準備が整ったみたいね。先に案内所に行きましょう」
「……ああ、わかった」
こうして日向悠真は、誰よりも遅く、誰よりも異端の新入生として――“討魔高校”の門をくぐる。
それが、数多の運命を巻き込む“革命”の始まりとも知らずに。




