不屈の継承
「….はぁ……..」
月夜は悠真の話をひと通り聞くとため息をついた。
「まずあなたが斬った異形のモノ、それは魔徒よ。」
- 月夜は静かに歴史を語る
「あれは……遥か昔から存在する、人の“負の感情”が形になったものよ。憎しみ、怨念、嫉妬……そういった感情の堆積が、ある閾値を超えたとき、生まれるの」
「時の権力者たちは、それをどうにか抑え込もうとして、特別な能力を持つ者たちを召集したわ。陰陽師や呪術師……呼び方は時代によって変わったけど」
「現代日本では、その流れを汲む組織が“討魔省”。魔徒の討滅と、それに伴う情報制御を担当しているの」
「そして――」
月夜の声が、わずかに沈んだ。
「その異形の中でも、知性と異能を持ち、人の域をはるかに超えた存在。私たちは、それを《超越体》と呼んでいるわ」
「通常の魔徒とは異なり、戦術、思考、言語……時には自然の摂理に干渉する者すらいる。隆正様が対峙したのは、まさにそのクラス」
悠真は息を呑み呟く
「……じいちゃんは、そんなヤツと……」
さきほど聞かされた“超越対”という存在。
それと自らの祖父が、互角に渡り合い、命を賭して封印しようとしていたという事実。
信じられない。しかし――その光景を、自分は確かにこの目で見た。
「んっ? だけど……」
ふと、記憶の奥で何かが引っかかった。
あの戦いの最中――
封印される直前、確かに聞こえた声があった。
『……詰めが甘い所は昔と変わらんな、”零”』
『流石です、”センセイ”…….人の身で、まだそれだけの力を……』
「……あの時、確かに……じいちゃん、あの魔徒と……“零”って奴と……まるで、昔からの知り合いみたいに話してた」
そう口にした瞬間、月夜の瞳が鋭く揺れた。
「今、なんて?」
『……詰めが甘い所は昔と変わらんな、”零”って』
「違うわ、その後。」
『流石です、”センセイ”人の身で……』
悠真の声を遮り月夜は声をあげる。
「それよっ!」
月夜は静かに目を伏せ、何かを思案するように黙った。
そして、しばらくしてから口を開いた。
「それが本当なら……隆正様と、あの“超越体”は…..」
月夜は腕を組み、目を伏せたまましばらく黙り込む。
その横顔には、焦りとも警戒ともつかない色が浮かんでいた。
苛立ち声を荒げる悠真
「なぁ、何なんだよっ!」
月夜の鋭い目が悠真の視線を受け止める
「……昔ね、隆正様は討魔省管轄の育成機関に席を置いていたのよ……」
「きっと、そこに行けば何かわかるかも。」
沈黙が落ちる。
「打つ手はあるわね。」
ポンと手を叩き、月夜はそう呟くと何やら探し始める。
「えーっと、お爺様との繋がりを証明できる物ってあるかしら?」
部屋の中を見渡しながら、月夜はなにやら物色し始める。
「繋がりを証明できるものって?」
悠真は尋ねながら彼女の視線を追う
「さっき話してた、討魔省管轄の育成機関なんだけどーっ…….」
「討魔省の育成機関では、関係者の親族に“推薦入学枠”があるの。あなたみたいな立場の人にね」
「ただ、最近は経歴を偽る人間もいて……書類の確認が厳しくなったの。だから本来なら、ご本人が直接出向くのが一番確実なんだけど」
「今の状況じゃ無理よね。だから……隆正様との“正式な繋がり”を示す何かが必要なの」
悠真は、月夜と共に家の中を探していた
月夜は迷いのない足取りで、居間から奥の部屋――かつて隆正の私室だった部屋へと向かった。
その部屋は質素そのものだった。
木の匂いとわずかな線香の香りが漂う中、几帳面に整えられた布団と、古い木机、そして壁に掛けられた山の地図。
どこにも、戦いの痕跡はない。まるで普通の老人の部屋だ。
「何も……」
悠真が呟いたその時――
「……ここ、引き出しの奥に空洞があるわ」
月夜が机の裏側に手を伸ばし、指で軽く板を押す。
カチリ。小さな音と共に、底板がずれ、中から小さな桐箱が現れた。
「これ……」
恐る恐る箱を開けた月夜の目に、奇妙な形の金属が飛び込んできた。
それは、六文銭を模した刀の鍔だった。
死出の旅路に必要な六枚の銭――それを意匠に刻んだ鍔は、“不屈の戦士”の象徴である。
「これはっ…..隆正様の!……」
掌に収まるその鍔は、使い込まれてはいるが、どこか荘厳な気配を纏っていた。
月夜はその鍔をそっと悠真の手のひらに預けた。
その鍔に触れた瞬間、悠真の身体に、何か熱のようなものが走った。
「っ……な、ん……だ……?」
ぐらりと視界が揺れる。
頭の奥で、誰かの声が響いた。
残響のように、どこか懐かしくも力強い、戦陣を駆ける男の声――。
――よいか、若き者よ。
たとえ万に囲まれようとも、心折るな。
誇りを胸に、義を背に、武を尽くせ。
――膝など、断じて地につけるな。
最後の一矢を放つその時まで、戦場に立ち続けよ。
それが、我が“真田”の矜持ぞ。
血が滾るような感覚。
脈打つ鼓動が、肉体を越えて何かを呼び覚ましていく。
「悠真くん! 大丈夫!?」
月夜が肩を支えると、悠真はハッと息を呑んだ。
「これ……なんだ……!? 体の奥から、力が……」
彼の瞳が、わずかに紅く光った。
傷ついた手の皮膚や体が、みるみるうちに再生していく。
「……まさか。継承……!?」
月夜が目を見開く。
この目の前の少年に、“あの方”の力が――そんなこと、あってはならないのに。
「でも、そんなはずはない……!」
彼女は鍔を見つめながら呟いた。
「その鍔は、隆正様が持っていたもの……。
つまり、あなたの祖父が“継承者”として扱っていた遺物の一部のはず……」
「じゃあ、今のこの力って……じいちゃんの……?」
悠真が呟く。
「でも、理屈が合わないわ。
本来この“力”は、ひとつの時代に、たったひとりしか継承されない。
前の継承者が死んだときにしか、新たな継承は起きないの……」
静かに言葉を区切った月夜が、真剣な目で悠真を見つめた。
「けど……隆正様は、“まだ生きている”。その証拠に、私の持つ護符は今も焼失していない」
「……なのに、俺に継承された」
沈黙が落ちた。
それは混乱と不安の空白――
しかしその中には、確かに、ひとつの“異常”が浮かび上がっていた。
悠真は再び鍔を見つめた。
六文銭――不屈の象徴。
“どれほど打ち砕かれようと、再び立ち上がる者”の力。
それが今、自分の中で確かに脈打っている。
「じいちゃん……俺は、何を……託されたんだ……?」
「これは……前例のない事態よ。継承が重なって起きるなんて……」
月夜の声には、驚きだけではなく、わずかな戦慄が混じっていた。
「もしこれが本当に“二重継承”なら……あなたの中には、隆正様と同じく”不屈”の力が存在している可能性があるわ」
「……不屈?」
悠真が顔を上げた。
「ええ。先日、あなたが目の当たりにした“隆正様の力”……異形を滅するまでその歩みを止めない。
燃え盛る焔のような闘志、そしてその姿….まさに“不屈”……真田幸村を象徴する力よ」
「……不屈……」
悠真が、その言葉を反芻するように呟いた。
真田幸村――戦陣を駆け抜けた、“不屈の赤備え”だ。その力が、なぜ自分に……?
「けど……どうして俺が……」
「わからないわ。今の時点では、何一つ」
月夜は静かに、だがきっぱりと断じた。
「でも、確かなのは――あなたは今、普通の人間じゃない。
それどころか、“史上初の存在”かもしれない」
悠真はしばらく沈黙したあと、ゆっくりと拳を握りしめた。
「……だったら、なおさらだ。じいちゃんが何を背負ってたのか……ちゃんと知りたい」
「そして……どこかでまだ生きてるなら、俺が、必ず……」
その眼差しには、迷いがなかった。
月夜はそれを見て、小さく微笑む。
「その覚悟、忘れないで。きっと、これから先……その意志が試されることになるわ」
その問いに、部屋の静寂が返事をすることはなかった。
だが、確かなことが2つだけあった。
悠真の掌に固く握られた六文銭の鍔と、彼の中に湧き上がる”不屈”の闘志。
そしてその矛盾と謎こそが、この世界の深淵と、祖父の行方に繋がっていることを――
彼はまだ知らなかった。




