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残照の革命  作者: Nuhs
第9章ー軍神の修行編ー
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革命の胎動

 夜の稽古場。焚き火の赤が、老いた剣士の皺深い横顔を照らしていた。


 「他の者達の鍛錬は終わったようじゃの…..」


 平八郎の体に化身体の様な残像が数体重なり、眼を見開くと、低い声で静かに告げる。


 「悠真。今のお前は――《不屈》の炎を《変革》の水で抑え込んでいるに過ぎん。だが、それでは真の力にはならん」


 悠真は拳を膝に置き、無意識に強く握り締めた。

「じゃあ、どうすれば……」


 

山本平八郎の低い声が、夜の冷気に沈む稽古場を震わせた。


 「……悠真。お前が背負う《不屈》と《変革》。二つの力を持つ継承者を、儂はこれまで一度たりとも見聞した事はない」


 その声音には畏怖すら混じっていた。


 「一方を抑えるために一方を使っているだけでは、いずれ破綻する。恐らく真の力を手にするには――両方を百パーセントまで引き出し、融合させねばならん」


 悠真は黙したまま拳を握りしめる。

 不屈は常に暴走の危険を孕み、変革は世界の理を歪める。両立など不可能だと、彼自身も内心では思っていた。


 平八郎は片腕の義手を見下ろした。

 その鋼の指先に触れ、静かに言葉を紡ぐ。


 「……かつて儂は、【恐れ】の原初魔徒ノクス・ヴェルテと相対した。黒き仮面の男。あれは幻慄牢と呼ばれる牢獄で、戦う者に“最も恐れるもの”を現実として見せる化け物だった」


 悠真の背筋が強張る。


 「特級討魔士一個大隊をもってしても退けるのがやっと……その戦で儂は片腕を失い、多くの仲間を失った。あの恐怖に比べれば、今の討魔省の力ですら勝てるかどうか分からん」


 平八郎の瞳が鋭く悠真を射抜いた。


 「だからこそだ。このままでは間違いなく敗れる。お前が“新たな力”を手にしなければ、人類に未来はない」


 彼は杖を突き立て、重々しく告げた。


 「向かえ、悠真。《古戦場の社》へ」


 ――そこは、かつて数万の霊子がぶつかり合い、数千の魂が散った地。討魔士たちの血と怨念が渦巻き、慰霊のために社が建てられた聖域にして魔域。


 「古戦場には今も、戦死者の怨嗟と誓いが眠っておる。そこで怨霊の守護者とされる”羅刹の鬼”の試練を受けよ!お主の新たな力の解放のきっかけになるじゃろう。」




 ーー翌朝ーー



 霧深い山道を抜けると、そこに荒れ果てた社があった。

 風化した鳥居、苔むした石段。空気が血の匂いを孕み、肌を刺すように冷たい。

 ここでかつて無数の命が散ったことを、足を踏み入れるだけで悟らされた。


 (……息が詰まる。これが戦場の残滓か……)


 一歩、また一歩と社の奥へ進む。

 その瞬間、空気が変わった。


 古戦場の社の奥、結界を踏み込んだ瞬間――

静寂を切り裂く鎖の音とともに、般若の面を被った鎧武者が現れた。

黒鉄の甲冑は血に濡れたように赤黒く、ただ立っているだけで圧が空気を支配する。


悠真は即座に構えを取る。

「……これが、古戦場の守護者……!」


 鎧武者は名乗らず、ただ刀を抜いた。

その目の奥が燃えているように見えたが、面に隠されて決して真意は掴めない。

 ただ立っているだけ。だというのに――全身の毛穴から汗が噴き出し、背筋を氷柱で貫かれたような感覚に襲われた。

 殺気。圧倒的な「死の気配」。


 呼吸が浅くなる。喉が張りつく。

 (こいつ……ただの人間じゃない……!)


 刹那、空間そのものが裂けたような衝撃音が響く。


 悠真は反射的に《千子村正》を構えた。

 次の瞬間、甲冑武者の剛剣が振り下ろされ――


 轟音。

 石床が抉れ、破片が弾丸のように四散する。


 「っ……!」

 咄嗟に横へ飛んだ悠真の頬を、飛んできた石片が切り裂いた。血の匂いが鼻を刺す。


 般若の面の奥から、一切の感情を感じない。

 それはまるで、戦うためだけに存在する“死神”だった。


 甲冑武者の一閃が横殴りに迫る。

 悠真は身を屈め、地を滑るように避けた――が、その軌跡から生じた衝撃波だけで背中が裂かれ、熱い血が噴き出した。


 「ぐっ……!」

 視界が赤く滲む。


 振り返るより速く、武者はもう目の前にいた。

 重甲冑とは思えぬ速度。風そのものが殺意を帯びて迫る。


 剣を交える。

 ーーガキィィンッ!


 腕に激痛が走る。骨が軋む音がした。

 全身に伝わる衝撃で膝が沈み、肺の中の空気が押し出される。


 「くそっ……!」

 歯を食いしばり、青と紅の霊子を剣に纏わせる。

 不屈が血を沸かせ、変革が空間を歪める。


 渾身の一撃を放つ――だが。


 「……っ!?」

 振り抜いた刃を、武者は片手で受け止めた。

 氷のように冷たい沈黙の中、その甲冑の剣が悠真の腹を深々と抉った。


 「――ッあぁぁぁぁ!」

 身体が宙を舞い、石段に叩きつけられる。

 血が口から溢れ、喉を焼く。


 立ち上がろうとする。

 だが脚が言うことを聞かない。膝から崩れ落ち、地に手を突く。

 「っ……ぜぇ……はぁ……」


 武者は一切の情けを見せない。

 淡々と歩み寄り、剣を振り下ろす。


 瞬間、悠真の脳裏をよぎったのは仲間の顔だった。

 真琴の怯えた瞳。直人の無理に笑った顔。月夜の、あの真っ直ぐな眼差し。


 「まだ……ここで終わるわけには……ッ!」


 限界まで絞り出した力で地を蹴り、紙一重で剣閃をかわす。

 だがその代償は大きい。肩口が裂かれ、肉がめくれ、血飛沫が舞った。


 次の一撃。

 回避しきれず、胸鎧ごと斬り割られる。

 呼吸が乱れ、肺の奥まで血が流れ込んでくる。


 「がはっ……!」

 口から血反吐を吐き、視界が霞む。

 腕は震え、剣を握る感覚が遠のく。


 それでも、悠真は膝を地に付けながら立ち上がった。


 「俺は……絶対に……倒れねぇ……!」


 満身創痍。全身傷だらけ。

 それでも《不屈》が彼を立たせ、《変革》が現実の限界をねじ曲げていた。


 だが――その代償に、肉体は既にギリギリ。

 次の一撃で、命そのものが尽きるだろう。


 甲冑武者の面が、冷たく光を反射した。

 殺意が一層濃くなり、全身を刃で締め上げられるような圧迫感が迫る。


 悠真は唇を噛み切り、血を吐きながらも、目だけは逸らさなかった。


 胸から流れる血で衣が重く張り付く。

足元がふらつき、剣先さえも震えていた。


 甲冑武者は、一歩、また一歩と迫る。

 その無言の殺意に押され、悠真の心の奥でかすかな囁きが広がった。


 ――無理だ。

 ――もう立つな。

 ――お前は特別なんかじゃない。


 耳元で、誰かが冷たく囁いているようだった。

 それは他でもない、自分自身の声。


 「……やめろ……俺は……!」


 だが否応なく、過去の記憶が脳裏を焼く。


 幼い頃、両親を知らず、ただ祖父の背中だけを追っていた日々。

 村の子供たちに「親なし」と囁かれた屈辱。

 自分は何も持たず、何もできない存在だと、何度も自覚させられてきた。


 「俺は……俺は……ただの……!」


 剣を握る手から力が抜けていく。

 視界の端で、甲冑武者が剣を振り上げる。

 その刹那、心の闇はさらに深く沈み込んでいった。


 ――諦めろ。

 ――お前には、力なんてない。

 ――死ねば、両親に逢える。


 膝が落ち、地に額がついた。

 もう立てない。

 血に濡れた石畳の冷たさが、絶望の温度と同化していく。


 そのとき――。


 「悠真!」


 脳裏に、祖父隆正の声が響いた。

 「……死ぬその瞬間まで……諦めるな……!」


 直人の声も聞こえた。

 「お前が……俺たちの希望なんだよ。勝手に……諦めるな!」


 そして、月夜の姿が浮かぶ。

 静かで、それでいて揺るぎない瞳。

 「あなたが……立たなければ、誰が未来を変えるの?」


 胸の奥に熱が宿る。

 今にも消えかけていた火が、再び炎をあげる。


 「俺は……まだ……終わっちゃいねぇッ!」


 絶望の声を、叫びで掻き消す。

 その瞬間、青と紅の霊子が同時に爆発的に燃え上がった。

 不屈が心を叩き起こし、変革が現実の壁を押し広げる。


 限界を超えた二つの力が、互いに軋みをあげながら、ひとつに――。


 「うぉぉぉぉぉぉおおおおッ!!」


 悠真の体を中心に、紅と蒼が交わる光の奔流が渦を巻き始めた。


 紅と蒼――二色の霊子が互いを拒み、ぶつかり合い、爆ぜる。

 通常なら相殺して消えるはずの力が、悠真の叫びに応じるように絡み合い、やがて螺旋を描き始めた。


 その中心に立つ悠真の瞳は、光に灼かれながらも一瞬の迷いもなかった。


 「不屈……変革……! 俺は……二つとも捨てないッ!!」


 轟音と共に奔流が収束する。

 紅と蒼が溶け合い、やがて第三の輝き――黄金に近い白炎の光へと昇華した。

 それはただの融合ではない。

 時間すら震わせる、新たな力の胎動だった。


 「……これが……俺の……『革命』……!」


 瞬間、般若の面の男が迫る。

刀が振り下ろされる刹那、悠真の体がふっと霞のように揺らめいた。

 次の瞬間、男の背後に白炎の残光を残して悠真が立っていた。


 時間の概念さえも書換え数秒時を停止させ、背後に回り込んだ。


 「……な……に……?」


 無言だった武者の動きが初めて乱れる。

 その隙を逃さず、悠真は《千子村正》を振り抜いた。


 紅と蒼、そして白炎が重なり合った一閃――。

 それは現実を裂き、空間すら書き換える一撃となって、武者を斜めに断ち割った。


 轟音。

 衝撃波が古戦場の社を吹き飛ばし、砂塵が舞い上がる。


  「……はぁ、はぁ……っ」

 悠真は全身を血と汗に濡らし、剣を杖にして辛うじて立っていた。

 今の一撃で全身の筋肉は裂け、骨すら軋んでいる。だが、確かに勝った。


ーーーその瞬間だったー


 般若の面がひび割れ――カランと音を立てて砕け散る。


 「……っ……!?」


 そこに現れた顔を見て、悠真は息を呑んだ。


 「……平八郎、さん……!?」


 鎧の下から覗いたのは、血に濡れた伝説の討魔士の顔だった。

 悠真の思考が凍りつく。なぜ、どうして、彼が。


 「な、なんで……どうして、あんたが……!」


 血に濡れた平八郎は、それでもわずかに口元を歪め、笑みを浮かべた。


 「……よくぞ……ここまで辿り着いた……悠真……」

 「ふざけんなよ!! 俺は、俺はあんたを……!」


 悠真は駆け寄り、必死に身体を抱き止める。

 平八郎の胸甲の下では、既に致命傷が広がっていた。


 「これが……儂の役目よ……お前を、追い込み……新たな力を……目覚めさせる……」

 「だったら……死ぬことなかっただろ! 生きて、教えてくれりゃ……!」


 震える声に、平八郎は首を横に振る。


 「……軍神と呼ばれようとも……儂はその力には届かなんだ。だが……お前は違う……その刃は……未来を切り拓ける……」


 吐血し、残る力を振り絞り、悠真の手を強く握る。


 「忘れるな……その力は……導きにも……破滅にもなる……選ぶのは……お前だ……」


 次の瞬間、力が抜け、平八郎の手が地に落ちた。

 悠真は必死に揺さぶるが――返事はもうない。


 「……っ……そんなっ……平八郎さんっ……何で……!」


 喉を裂く叫びが夜の古戦場に響き渡る。


 涙を拭い、悠真は黄金に輝く《千子村正》を握り直した。

 その瞳には、もう迷いはなかった。


 「わかりました……あなたの死を、無駄にはしません……絶対に……!」


 血と涙に濡れた誓いとともに、革命の力を宿す新たな討魔士がそこに立っていた。



 「必ず……俺が変えてみせる。あなたが託したこの力で……!」


 その声は、古戦場の風に消え、やがて夜空へと響いていった。


 砂塵が晴れ、古戦場の社に静寂が訪れる。

 夜の冷気が肌を刺す中、悠真は重い呼吸を整えながら立っていた。

 全身に無数の傷、衣服は血で濡れ、髪もほつれ、しかし目はかつてないほど鋭く輝いていた。

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