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残照の革命  作者: Nuhs
第9章ー軍神の修行編ー
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魂に懸ける一矢

 ────音無瀬奈


 討魔とはまったく無縁の、ごく普通の家庭に生まれた少女。


 幼い頃から、勉強が好きだった。

 予習も復習も完璧にこなし、学校の成績もいつもトップだった。


 けれど、小学六年の春。

 一人の“親友”を、彼女は事故で失った。


 横断歩道を渡ろうとして、トラックに跳ね飛ばされる友人──

 その瞬間、誰にも見えない“黒い手”が、友の体を地面へ引きずり込もうとしていた。


 その時、瀬奈の視界が“歪んだ”。


 無意識に叫び、手を伸ばした瞬間──彼女の中で“何か”が目覚めた。


 ──霊子覚醒。

 その事件を契機に、瀬奈は討魔省管轄の育成機関へと転入する。


 優秀な頭脳。

 緻密な構成力。

 射撃適正と霊子の緻密なコントロール。


 どれも非凡な水準だった。


 しかし彼女には、“欠けているもの”があった。


 ──心だ。

 ──感情だ。


 矢を放つ指先に、“自分の意思”がない。

 常に最適解。常に正論。それが“心からの矢”ではないことを、彼女自身が一番知っていた。


 やがて、彼女の霊子は、那須与一の力に共鳴する。


 だが──


 相性は最悪だった。――――――――




―――――――静寂の深山に、霊子の風が満ちていた。




 眼下には断崖。濃密な霊気の流れが、まるで弦のように張り詰めている。


 音無瀬奈は、一本の“霊矢”を指にかけていた。

 目の前には、平八郎が結界で作り出した“動く標的”。魔徒の幻影が幾重にも揺らめく。


 「射て。時間はないぞ」


 老将の声に、彼女は無言で弓を引いた。


 放たれた一矢は、風を裂き──幻影の影をかすめ、虚空へと消えた。


 「……遅い。狙いが生ぬるい。思考が矢を殺しておる」


 平八郎の指摘は鋭い。


 何度放っても、命中しない。

 読みも精度も悪くないはずなのに──決して“心臓”を射抜けない。


 (……なぜ、外れる? 理屈は合ってる……計算も合ってるのに……)


 瀬奈は無意識に歯を食いしばっていた。


 「……お前には、見えていないのだ。“当てるために撃つ矢”と、“魂で貫く矢”の違いがな」


 そう言い残すと、平八郎は後ろを向いた。


 「潜れ。“内”へだ。……己と、その力の核と、対話して来い。今のままでは──お前の矢は誰も救えん」


 瀬奈は静かに目を閉じた。


 霊子を深く吸い、呼吸と意識を重ねる。


 (私の“中”へ……那須与一、答えて……)


 霊子が流れを変え、心象が反転する。


 ──世界が、沈んでいった。


 蒼白い空。無限に広がる射場。

 霊子の地平に立ち尽くし、音無瀬奈は黙々と“矢”を放っていた。


 百本、二百本──千本──


 幻影の標的が何度も立ち上がり、風がその軌道をわずかにずらす。

 瀬奈は数ミリ単位で修正し続け、それでも“急所”を射抜けない。


 (……まだだ、まだ足りない……!)


 両腕は重く、視界は霞み、指先はすでに霊子の痛みで痺れていた。


 それでも、彼女はやめなかった。


 「もっと、正確に……もっと冷静に、もっと……」


 その時だった。


 「やぁやぁ、我が器たる巫女よ。今日も麗しゅうて何より。」


 聞き覚えのある、軽薄な男の声。


 気がつけば、隣に立っていた男。

 華やかな和装。気怠そうな笑み。霊子でできた弓を肩にかけた、どこか軽薄な男──


 那須 与一。


 「ちょっと、矢の量で勝負しすぎじゃない? そんなに連射しても心が抜けりゃ当たらんて」


 「……あなた……どうして……」


 「どうしてって。そりゃ、君が呼んだんだろ。魂がね。……まぁ、こんなに疲れてから呼ぶのもどうかと思うけど」


 瀬奈は、がくりと膝をついた。

 心身の限界だった。


 「……どれだけやっても、貫けない。……あなたと違い、私は天才じゃないもの………」


 与一は、目を細めて彼女を見下ろした。


 「君、弓って“命中率”で撃つものだと思ってるよね?」


 「……それの何がいけないの?」


 与一は、弓を引く動作をしながら嘆息して言う。


 「いいかい、瀬奈。

 僕はね、射る時“この一矢で、何千、何万の命が助かる”なら……僕は、この一矢に、魂を懸ける“──本当に、“世界を変えられる”って思いを込めて放つんだよ」

 

 “魂を懸ける”。

 それは、論理を超えた“信念の一矢”。


 「……それは……あなたが天才だからでしょ……」


 「違うさ」


 与一の目が、急に真剣になる。


 「僕だって最初は、ただの弓好きの小僧だった。

 だけど、“この矢で誰かを救いたい”って願いを、絶対に裏切りたくなかった。それだけなんだよ」


 「だからこそ……魂を懸けた一矢は、風をも裂くし、運命すらねじ曲げる」


 与一は、瀬奈の手にそっと手を添えた。


 「なあ、音無瀬奈。

 “誰を救いたいか”を、もう一度思い出すんだ。

 “なぜ撃つか”を、選び取って。

 その時、君の矢は“ただの霊子”じゃなくなる」


 その瞬間、心象世界の霊子が彼女の中で波打った。


 ──私も、そうなりたい。

 あの時、助けられなかった親友のような命を、

 これからは──救える矢になりたい。


 その時、輝きと共に瀬奈の霊核に新たな力が深く刻まれる


 《穿心弓・一矢霊決いっしれいけつ


 「その一矢は、理を超え、魂を穿つ。」


 音無瀬奈が覚醒した、那須与一の能力《一矢必滅》の進化形。

矢に込めるのは技術でも力でもない。「救いたい」という揺るぎなき想い、そして命を懸けた覚悟。


この弓は、“瀬奈自身の霊子”と“対象の霊的共鳴”をもって矢を形成し、

その射程内にある限り、物理法則も、魔術的防壁も、空間的遮断も一切意味を持たない。


霊矢が放たれた瞬間、標的の魂の“核”を穿ち、逃れ得ぬ【霊的必中】の法則が発動する。


 

 そして、瀬奈は静かに弓を引く。


 凛とした空気が張り詰める。


 “理屈”ではなく思いを込めて放つ。


 ──迷わぬ一矢。

 ──選び取る一矢。


 眼前に現れた魔徒の幻影を、躊躇なく撃ち抜いた。


 それは“未来を変える矢”だった。


 「私の矢は、“正しい”から当たるんじゃない……

この矢に、“魂”を懸けると決めたから──貫ける。」




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